女性用品店――4
「ありがとうね、えーと………………タケルお兄ちゃん!」
カガチがお礼を言う。その途中、必死になって俺のキャラクターネームを調べていたが……俺の腰を離せば楽なのに。
カガチも灯と同じように、わがままで気が強そうに感じる。しかし、同じではない。
なんというか……もっと無邪気というか……天真爛漫というか……違う意味で手がかかりそうなイメージがする。
灯とカガチは同じベースアバターのはずだ。正確には灯の中の人が、勝手にカガチのベースアバターを使っていたというべきか。
だが、外見は同じ――若干、カガチのほうが背が低いか? ――はずなのに、別人にしか思えない。聞いてはいたが、驚きの現象だ。
その昔、ベースアバターを採用していなかった頃にはあったことらしい。
旧世代のMMOでは誰でも、他人のアカウントを利用できる。VRズレなどの不具合は発生しない。
だから、勝手に他人のアカウントを利用する犯罪があったり、同じキャラクターを複数人で使用したり……アカウントごとキャラクターを譲渡などがあったそうだ。
もちろん、どれもこれも規約違反でマナー違反である。
これの最大の被害者は……中の人が変わったキャラクターの友人達だろう。
ある日、友人が全くの別人になってしまうのだ。想像しかできないが……かなり衝撃的な出来事だと思う。マナー違反とされるのも無理はない。
カガチは広い意味で、それと同じだ。まあ、どう考えても被害者側の立場だが。
「……とりあえず、いい加減に離れろ!」
「いーやーだー!」
無理やり引っぺがそうと、頭をつかんで引っ張ったのだが……全力でしがみ付きやがった。これ以上に力ずくにすると、痛くなるか?
仕方がないので諦めたら、「えへへっ」などと笑う。遊んでもらえてると勘違いしてやがる。
「もー……みんなカガチを見たら、いじめてくるんだよ? 反省しろだとか、引退しろだとか……カガチ、何も悪いことしてないのに!」
親切にされたのがよほど嬉しいのか、そんなことまで訴えかけてくる。
……これは誰が悪いんだろう?
灯排斥に動いていた奴らは、基本的には悪くない……のか?
となると、やはり灯が悪いのか?
しかし、厳密に考えると、カガチも無実とは言えなさそうだ。
どんな話の流れで今に至ったのか解らないが、他人の――兄のアカウントを使っているのだろう。立派な規約違反だ。……登録されていたベースアバターが自分のものだったとしても。
「だいたいがだな、そのアカウント……お前のじゃなくて、灯――お前の兄貴のだろう?」
「ちがうよ? もう、このアカウントは私の――カガチのなのだ! えっとね……借金の形に、差し押さえたの!」
そう自慢げに言うが、アカウントの譲渡も立派な規約違反だ。
しかし、灯の奴は妹に借金など……いや、長い人生、兄妹で助け合うこともあるか! 妹に借金程度なら、兄失格とはいえないはずだ。
「あれだ。お前の兄貴が、βテストのときにやらかしてだな。それでお前――カガチが……あー……いじめられてんだ」
詳しく説明するのも憚れたが、まるで説明しないわけにもいかない。
しかし、説明していて嫌な気持ちになってきた。
俺は弟として割を食った経験もあるし、兄として割を食わせたこともある。きょうだいなんて、そんなお互い様の部分があるものだが……だからといって、カガチに納得しろというのも。
かといって、実際に妹を持つ兄としては、カガチを見捨てる気にもなれない。
「そうなの? もーっ! うちのお兄ちゃんは……。でも、もう大丈夫だよ!」
「……なんでだ?」
「タケルお兄ちゃんが守ってくれるもん! ……守ってくれるよね?」
唖然とさせられる答えが返ってきた。こいつ……頼る気満々じゃねぇか!
「そうだ! カガチ、タケルお兄ちゃんのギルドに入ってあげるよ! へへ、嬉しいでしょ? 可愛い子が増えるんだよ?」
ギルド加入は『入れてもらう』、『入ってもらう』と言うのがマナーというものだが、そんな細かなことはどうでも良い。
カガチが『RSS騎士団』に入団?
冗談じゃない、そんなことができるものか! そんなことをしたら粛清どころか、即追放処分になってしまう。それに――
「いや、ランドセルを背負っているような子供に、そんなこと言われてもなぁ」
「こ、今年からはランドセルじゃないもん!」
反射的になのか、カガチは言い返してくる。
うん、これで言質が取れた。
灯とカガチがきょうだいなのは間違いないだろうが、その関係が兄と妹とは特定できない。ただ、カガチに幼さを感じたので、年下のきょうだい――妹だと思っていただけだ。まあ、勘レベルであれば、もう一つの理由もある。
しかし、良くない予想が的中した。
カガチは中学一年生、下手したらランドセルを止めただけの小学校高学年で決まりだろう。ガイアさんの心配は正しかった。この世界に相応しい年齢じゃない。
「……知ってるか、カガチ? このゲームは大人用――十八歳未満禁止のゲームなんだぞ?」
「や、やだなぁ……タ、タケルお兄ちゃん……こ、このゲームで遊んでいる女の子は、みんな十八歳以上なんだよ?」
なんて逃げ口上を言い出しやがる。
ある意味、カガチの言い訳は正しい。このゲームを遊べる段階で、どこかで年齢認証をしてあるということだ。それが何らかの誤魔化しであっても。
仮に自分は十八歳未満だとか……小学生だとか言いふらしたところで、「ああ、そういうロールプレイしているんだな」と受け取られるのが精々だ。
また、プレイヤー間でも多少の違反には目をつぶる習慣にもなっていた。
言い出したら限がないくらい、十八歳未満が潜り込んでしまっている。厳しく摘発してしまったら、知り合いの何割かが世界からいなくなることだろう。そもそも俺からがして、まだ十八歳未満だ。
しかし、小学生――か中学一年生――が、この『セクロスのできるVRMMO』で遊んでいるのを見逃すのは……。
「嘘を吐け。それに俺は、中学一年生は守備範囲外だ。小学生なら尚更だ。子供は大人しく、子供向けのゲームで遊べ」
リアル妹がいると色々なことがあるが……守備範囲の下限なんてのも決まる。
俺は中学生同士や中学生と高校生の性愛程度なら、ぎりぎり許容する人間ではあるが……妹より年下は無理だ。それは子供にしか思えないし……もの凄く背徳的に感じる。
「なるほど。ある意味、男らしい宣言ですね。しかし、それは……『俺は少ししか上級者ではない』という意味なのでは?」
いつのまにか俺の背後に立っていたネリウムが、珍しく批判的なことを言った。その隣にはアリサもいたが……何か様子がおかしい。
「増えてる……ちょっと買い物に行って……帰ってきたら……また増えた」
またどこか……独りの世界へ行っちまってる。大丈夫か、アリサ?




