女性用品店――3
覚えていたのより、声は幼く感じる。
特徴的な赤い髪で、長いツインテールは変わりない。
気の強そうな、わがままな印象は変わらないが、涙目になっていた。
純粋な感情の爆発……そんな印象を与えたし、保護欲を刺激される者もいるだろう。
違和感も覚える。どことは指摘できない。だが、全体を見ると、そう感じる。
……これが『教授』の言っていたことなのか。知識として知っているのと、実体験するのは大違いだ。
灯だった。いや、俺にとっては灯だったというべきか。
「あー……お前ら、その辺で――いや、先に確認しておくか。詐欺かなんかで騙された訳じゃないんだろ?」
そう言いながら近寄って……最後の謎も回収しておく。
予想通りプレイヤーネームは変更されていた。頭上に浮かび上がらせてみれば、『カガチ』とある。
どうりで個別メッセージが通じなかったわけだ。キャラクター再作成で名前まで変えられたら、こちらからの連絡は難しくなる。
「なんだよ、事情も知らないで口を挟むものじゃないぜ――」
そう言いながら、振り返った男は途中で止まった。吃驚してやがる。
怒りや面倒臭さ、期待とが入り混じっていた表情だったのに、俺を――俺の鎧を確認するなり驚愕だ。失礼な奴だな! 『RSS騎士団』は無差別殺人鬼集団じゃないんだぞ!
「まだ騙されていない。まだ、な。信じられないかもしれないがな、こいつはネカマなんだよ! 確かな筋からの情報だ。間違いない!」
別の男が俺に説明してくれる。
あー……うん。確かな筋ってそりゃ……俺のことだろうな。
それに男の目に宿る暗い光には見覚えがあった。ずっと昔、鏡でだ。
こいつはおそらく、どこかでネカマに手酷く騙されて……全てのネカマに復讐を誓ってしまったに違いない。俺もそうだったことがある。だから、自分のことのように理解できた。
「助けて、お兄ちゃん! この人達がカガチをいじめるの!」
そう言いながら灯は――いや、カガチは俺の背後へ走り込んできた。そのまま盾にするように、腰の辺りにしがみ付かれる。
……助けられる気、満々だな!
それに初対面ではないのだが、俺のことを憶えていないようだった。
「お、お兄ちゃんだと? き、貴様はいま、妹キャラをも汚した! 謝れ! 全ての妹萌え達に謝罪しろ!」
別の男が怒声をあげる。……微妙にピントがずれている気がしなくもない。
面倒臭さが最高潮になってきた。俺は今日……というか、しばらくは凄く忙しいんだけどなぁ。とはいえ、見なかったことにもできんし……。
「みんな落ち着けよ。その人はまあ、『RSS』だけど……別の顔もある。俺達の信頼する特殊能力者だぜ。なあ、『鑑定士』さん?」
男達の一人が、そんな風に仲間を宥める。
『鑑定士』の名前で呼ばれるのは久しぶりだが、こいつはそれを知っていたらしい。もしかしたら、βテスト初日の事件を目撃していたのか?
俺の腰にしがみ付いていたカガチの力が緩む。それはそれで鬱陶しくなくて良いし、いい加減に離して欲しいが……自分をいじめる主犯格と思われたら心外だ。
「あー……うん。まあ、そう呼ばれていたこともある」
……なんだろう? 今日に限って過去の行いが、俺を追いかけてくる。
いや、一つひとつは正しい……とまでは言えないまでも、自分なりに全力を尽くした結果だ。だから後悔などない。だが――
なんだって最悪の形で返ってこようとすんだ?
何者かの陰謀を疑いたくなるくらいの不運を感じる。しかし、まずは目の前の厄介ごとの処理が先だ。俺にも思うところはあるし、依頼もされている。
「あれだ……『鑑定士』の名に懸けても良いが……こいつは女だぞ? ネカマじゃない」
「う、嘘だろ? か、『鑑定士』さん?」
裏切られた者の表情で言われた。暗い目をした……全てのネカマに復讐を誓った男からだ。
だが、間違いない。全ての情報を考慮すれば、その結論になる。
「嘘じゃない。信じるかどうか知らんが……俺は『鑑定士』の名に懸けたときに、嘘を言ったことがないぜ?」
これも本当だ。
『問われなかったから、答えなかった』ことはある。しかし、虚偽の鑑定をしたことはない。
それに目の前の男は、俺と同じ過ちを犯そうとしていた。『詐欺師ネカマ』を憎むあまり、見境無く断罪してしまっているのだ。
確かに『詐欺師ネカマ』は憎むべき存在だ。許すべきではない。
だが、似ているようで全く違う人もいる。そんな人達には、普通の無関心をするべきなのだ。関心を持つとしたら、ただの人間関係の延長から。それが正しいと最近では思う。
……こんなのも、過去の罪が追いかけてきていると言うのだろうか?
「あ、あんたがそいつを鑑定したんだぜ? ネカマだって! 俺はあの時に現場に居たし、あんたの鑑定は信頼できるものだった!」
俺を『鑑定士』と呼んだ男が言う。なるほど。やはり見ていた奴か。
「その通りだ。それに俺も、あの鑑定を覆すつもりはない。『灯』がネカマだった。それも性質の悪そうな部類だったのも認める」
その言葉で男達は困惑してしまったし、聞き耳を立てていた周りもざわざわしだした。
「ど、どうことなんだ? 結局、ネカマなのか?」
「いや、女って言ってたぜ、さっき?」
「やっぱり『二刀流』の噂は正しかったんだよ……どっちでも気にしないタイプなんだろ……」
「いや、でも……あいつ『RSS』だぜ? あそこって……清く正しい……その……純潔を守っている男達の巣窟なんだろ? 俺は信じないぜ?」
いくつか真意を問い質したい発言もあるが……これでは全員が納得しないだろう。説明が必要なようだ。
「俺はこうも言ったはずだ。『年の近い女のきょうだいのベースアバターに無理やり乗っているんじゃないか?』と」
全員が飲み込めていないようだった。
「つまり、こいつは……お前らと同じだ。同じく被害者なんだよ。灯が使っていたベースアバターの本来の持ち主……つまり年の近い女のきょうだい……おそらくは灯の中の人の妹だろうな」
そう考えれば、いくつものことに辻褄が合う。
走ったときに『正常』な動きだったベースアバター、俺のことを全く知らない態度、灯とは違うと覚えた違和感……まだいくつかはあるが、全ての説明がつく。
「う、嘘だ! お、俺は信じないぞ!」
「……俺はお前の怒りが解る。囚われ続けるのはどうかと思うが……否定はしない。だけど、間違いは認めるんだ。じゃなきゃ……一緒になっちまうぞ?」
優しく、諭すように言ってやった。昔の……荒れていた『ネカマハンター』時代の俺に言っている気分だ。
それで男達は、もごもごと謝罪らしきものを口にした。一件落着か?
だが、その内の一人が――
「となると……そこにいる娘は……本物?」
なんて言い出しやがった。
「……どういう意味だ?」
「本物の妹キャラで……違法に若い?」
説明を付け加えてくれたが、その目は爛々と輝いている。こいつ……『本物』か?
……男達の名誉の為に言うが、興味津々なのは一人だけだ。それにガイアさんが何を心配していたのかも、良く理解できてしまった。そういうことか!
「よし、『ここまで』のことは見逃してやる。『ここから』は駄目だ。もう二度と関わるな。十を数えるうちに、俺の視界からいなくなれ。でなきゃ『RSS騎士団』で『的に掛ける』ぞ?」
そういってカウントを始めると、男達は興味津々の『本物』を引きずる様にして逃げだした。権力の乱用も甚だしいが……なにか感謝の言葉らしきものも口にしていたから、禍根は残らないだろう。
カガチにしていたことも、その後のことも……真剣に追求されたら、立つ瀬がないどころじゃない。
ただ……物事は何一つ片付いていない。それが理解できてしまった。
……面倒だなぁ。用事が沢山あるというのに。




