女性用品店――2
まずピンクだ。
トレードマークとでも言うべき目を刺激する真っピンクの髪は、全体メッセージ用のウィンドウ越しでも健在だった。メチメチと視神経が死滅していく幻痛も感じる。
「えっとぉ……さやタン……かれしぃとぉ……『ゴブリンの森』でペアハン……してたんだぁー」
間違いない。さやタ……さやなんとかだ。
最後のインタビュー相手は、標準的な『RSS騎士団』の犠牲者――リア充から選んだのだろう。公平に俺達を評価するつもりなら、そこは避けるべきではない。俺達も悪名は覚悟の上だ。かまいやしない。
ただ、よりによってというか……不幸にもというか……なんで、さやなんとかが選ばれちまったんだ?
「私達ぃーふつうにぃー真面目にぃー遊んでただけなのにぃ――」
しかも、この時点で嘘だらけだ!
俺が発見した時点で、お前ら二人はけしからん行いを――あの時はありがとうございます、勉強になりました! ――してたじゃないか!
それに亜梨子も亜梨子だ。先ほどおばちゃんと見事に渡り合った逞しさは影を潜め、完全にさやなんとかに気圧されている。
がんばれ、亜梨子! お前だけが頼り――いや、変に応援すると『ドジッ娘』の本領発揮されちまうか? とにかく、変なことを口走らせないようにするんだ!
そんな俺の思いとは裏腹に、インタビューは続く。
「それで『RSS騎士団』の主張する『粛清』を、お二人は受けることになったので?」
「んーちがうのっ! そこでジョニーが……あ、ジョニーが私のダーリンね! ジョニーが――ここは俺が食い止めるから、お前は逃げるんだって。かっこよかったー……思わず惚れ直しちゃった! あ、これはジョニーに内緒だお!」
かなり記憶が改竄されているらしい。
実際は……ジョニーのことを可哀想に思った俺が、少しだけ顔を立ててやっただけだ。
それに、なんで奴はなんで止めない!
ちょっとした裏取引だったのだから……沈黙を守るべきだろう。
嗚呼、リア充に情けなどかけるべきじゃなかった!
不正がばれるのはいい。俺がやったことなんだから、責任は俺にある。処分が下されるなら、それに甘んじよう。だが――
このように全体メッセージで喧伝されるのは、勘弁して欲しい!
泣く子も黙る『RSS騎士団』のタケル大尉が、リア充に同情して手心を加えたなどと知られてしまったら……恥ずかしさで顔から火が出てきそうだ。
ハラハラしながらインタビューの続きを見守る。
……そうだ、マスコミ対策は急いで着手しよう。そんなことも、頭の片隅で考えてしまった。また、『天罰』だとか『自業自得』なんて言葉が、頭の中をぐるぐると回る。
だが、少しずつ話は雲行きが怪しく――俺にとっては都合が良くなってきた。
段々とさやなんとかの話は、辻褄が合わなくなってきたのだ。
先に逃げたはずのさやなんとかは、なぜか街へ帰還した後にも話へ登場する。何度もだ。街にいたかと思ったら、次の瞬間には果し合いの場で声援を掛けていたり……そんな物語じゃ、読者から総ツッコミされるぞ?
どんどん話は前後し、捻じ曲がり、脚色されていく。
最終的には――
二人を粛清せんとやってた『RSS騎士団』は、男らしく決闘を持ちかけたジョニーの申し出を渋々だが了承。二人の男は正々堂々の果し合いを始める。
最初は優勢だったジョニーだが、相手のズルで徐々に追い込まれていく。
もちろん、先に街へ逃げたはずのさやなんとかも、黙って見てはいない。応援にアドバイスと大活躍だ。
しかし、奮戦むなしく最後には、さやなんとかに膝枕されながらジョニーは息を引き取ってしまう。
と、話は創作されていく。
……凄いな。感動巨編だ。
その果し合いとかいうのは、是非とも観戦させて欲しいし……ご教授を願いたいことばかりだ。とりあえず、当たり前のようにジョニーが繰り出した『必殺剣』と、相手の『RSS騎士団』が使った『手からビーム』のやり方は外せないな。
防戦一方だった亜梨子が、なんとか締めてインタビューは終わった。
……ぎりぎりセーフか?
とにかく、いまのインタビューに俺の名前は出てない。
それに要約すると「『RSS騎士団』に粛清されたリア充の被害報告」だ。それそのものは、こちらも宣伝して欲しいぐらいだからマイナスではない。
気になるのは当の本人達が懲りてなさそうなことだが……まあ、相手はリア充だ。頭の中がお花畑になっているのは、奴等の常でしかない。さやなんとかとジョニーを『的にかける』ほどのことはないだろう。
次の全体メッセージ――内容はどこかのギルドのメンバー募集だ――をぼんやりと見ながら、俺はそう考えをまとめた。
いっそのこと情報部でも番組制作を始めちまうか?
やるとするなら……『今日のリア充ざまぁー』とかどうだろう。俺達の成果をコンパクトにまとめ、次々と獲物のSSを見せていくのだ。
……悪くないかもしれない。少なくとも『RSS騎士団』の隠れシンパが楽しみとする娯楽番組に仕上がるだろう。
馬鹿なことを考えていた俺を、突然の『大声』が注意を惹いた。
「皆さーん! ここに詐欺師がいまーす! 注意してくださーい!」
もちろん、俺を詐欺師呼ばわりしたわけじゃない。
少し離れたところで何人かのプレイヤーが集まり、なにやら揉めているようだ。
「お前なに考えてんの? っていうか、何で引退しないの? 消えろよ、マジで」
「ほんと、マジでうざい。さっさとキャラデリして、二度とログインすんなよ」
などと、誰かが責め立てられている。
MMOに慣れていない人には大事件に思えるだろうが……このような『迷惑プレイヤーの告発』はありふれた出来事だ。街中で『大声』という方法論は考えものだが、珍しくはない。
その証拠に、止めに入る者は誰もいなかった。
実際に『詐欺師』を吊るし上げているのなら、それは貴重な情報だ。
次の被害者が自分にならない保証はない。詐欺をしたプレイヤー、詐欺の手口……知っておくべきことは沢山ある。さりげなく聞き耳でも立てておくのが、MMOプレイヤーの知恵というものだろう。
逆に全くの嘘で……冤罪なのかもしれない。
誰かを引退まで追い込むのに、相手の評判を地に落とすのは常套手段だ。
俺などは『RSS騎士団』の圧倒的な武力を背景に脅せば済むが、普通はそうはいかない。普通のプレイヤー同士での抗争になると粘着PKに始まり、中傷誹謗や嫌がらせ……なんでもありの戦いになることもある。
最低でもどちらかは真剣だ。
ほとんどのプレイヤーは引退などしたくない。ゲームの世界には友達がいて、仲間がいて、これまでの思い出があって……それを守るための戦いであり、負けたら引退もありえるのなら必死にもなる。例え勝利が相手の引退を意味しようともだ。
そこへ口を挟むのなんて……巻き添えになって大火傷もありえる。
俺も周りの人間と同じように傍観していた。
新しい詐欺が開発されたのなら知っておきたかったし……俺が介入したら、それだけで物事が決定されてしまうかもしれない。それぐらい『大手ギルド幹部』の発言力はある。だが――
「なんで皆して私をいじめるの? 嘘吐きだとか……詐欺師だとか……私そんなことしてないもん!」
と言い返す声で、すでに巻き込まれていたのを悟った。




