決闘――7
「見事だ。いまのは確立された戦術なのかね?」
ジェネラルはそう俺に問いかけながら、懐から取り出した『回復薬』をぐびぐびとあおる。
……『回復薬』なしの決闘中で『回復薬』を使ったら、それだけで負けとなるのだが……まあ、指摘するのも野暮というものか。
「確立というほどでは。選択肢の一つ程度で。やはり盾で軽減される分、効果は薄いですし。前哨戦程度のローリスクローリターンな選択ですね。あのまま相手が倒れるまで続けるか、起死回生の攻撃に出てくる時を狙います」
ギャラリーも俺の説明に聞き入っている。忘れそうだったが……あくまでもレクチャー役立ったのを思い出した。
「……考えてみると盾や武器で受けてもHPが減るってのは、理不尽だな」
それまで考えたことが無かったのか、シドウさんはそんなことを言い出す。
「必要なことらしいです。ずっと昔、VRMMOが初めて作られた頃に『達人事件』というのがあったそうで。それの影響ですね」
『達人事件』の概略とは以下の通りだ。
まだVRMMOが生まれたばかりの頃、一人の『古武術の達人』がゲームを始めた。
アバターのリアルさは今と比べ物にもならないらしいが……不幸なことに、そのシステムはリアル路線のルールを模索していたらしい。
武器で受ければ無傷、盾で受けても無傷、鎧でもきちんと受ければ無傷。反面、しょぼい武器でも急所に当たれば一撃必殺。
つまり、技術介入する余地の大きいものだ。
そのシステムで、VRMMO初心者だった『古武術の達人』が……その世界のトップランカー全員をなぎ倒してしまった。
完膚なきまでに負けたらしい。コツコツとレベリングをして高レベルになり、強い武装で身を固め、それなりに研究をしていた廃人が、である。
それで全プレイヤーが気がついてしまった。
このゲームではレベリング、苦労して手に入れたアイテム、自分なりの研究……全ての努力は無意味だと。
いや、この言い方は公平ではないかもしれない。『古武術の達人』だって努力をしたのだろう。だが、それは古武術の鍛錬をだ。
どちらにせよ『古武術の達人』には誰も勝てなかった。リアルを追求しすぎて、リアルでの強さが全てになってしまったのだ。
プレイヤー達の熱意は薄れ、引退者が続出し……最初のVRMMOは潰えた。
「――ということで、ある程度のレベル差は絶対に覆せないように、色々と調整されているんです。現時点の仕様だと……十レベル差ぐらい開いていたら、格上に勝つのは難しいですね」
俺の説明にみんな聞き入っている。ほとんど『教授』からの受け売りなんだけどな。
「うーん……公平ではあるのかな。レベルは誰でも高くできるんだし?」
「それでも……いわば必要悪でもある仕様を、利用するというのは……」
シドウさんやカイは、なんとなく納得いっていないようだ。
「ルール……世界の法則に文句を言うのは、愚か者のすることだぞ? それに……全員に同じルールが適用されてる限り、悪いルールというものはないのだ」
ジェネラルの考え方は面白く思えた。
確かに「なんで東から太陽が昇るんだ」といっても話は始まらない。それに全員にとって太陽は東から昇るのだから、これ以上に公平なこともないだろう。
「それに、このゲームでは……盾は実際よりかなり弱体化されている――らしいです。使わないのはありえないほど有効になってしまうと……盾を使えるクラスは全員が盾装備になりますし、盾を使えないクラスは圧倒的に不利になりますからね」
全プレイヤーが判で押したように同じ装備なんていうのも、MMOではよくある話ではある。
「しかし、この様な一対一では、盾の有利は無くなってしまうのかね? 大尉は盾を愛用していないようだし?」
「いえ、盾を持っているほうが有利だと思います。このゲームの王道は、おそらく剣と盾の組み合わせでしょう。ただ、盾で受けてもHPは減るのだから……頼り切らずに、回避できる攻撃はかわす。盾を使うにしても積極的に――攻撃的に使うべきです」
これは常々思っていたことだ。
おそらく、このゲームでの最適解は、片手武器と盾の組み合わせだろう。色々な検証からそう思うし……なによりもリルフィーが剣と盾の組み合わせから変更していない。
……あいつは理屈をすっ飛ばして、最初から正解に辿り着く不思議なところがある。
「攻撃的? 盾で殴るということでは無さそうだな……よし、再開するとしよう!」
簡単なアドバイスだったが、ジェネラルは何か閃いたらしい。
再開しても同じ戦術にしておいた。
ここで意地悪く違う選択だってあるだろうが……それでは今回の趣旨に反する。それにジェネラルの答えに興味もあった。
しかし、盾狙いの攻撃は回避されだした。たまに仕方なく受ける程度だ。技の掛け逃げのような戦術は……付き合わなければ解決できる。
どうしたものか? これでやっと駆け引きが始まるのだが……相手がバランスでも崩すまで続けるか、諦めてもう半歩ほど踏み込むか?
考えていたせいか甘くなってしまった攻撃に、ジェネラルが合わせてきた。……意外とせっかちな人だ。
盾を確りと構えながらの踏み込み。俺の攻撃は受け止められる。そして――
同時に剣で斬りかかってきた。
想定内ではあったので、なんとか身体を捻って避ける。
相手が盾を使ってた時の、一番嫌な戦術だ。ジェネラルはいきなり正解を答えてきた。……もしかしたら、最初から知っていたんじゃないだろうか?
これだと剣一本しかない俺は苦しくなる。こちらはきちんと武器の長さを生かして、相手を封じ込めるように対処しなければ。
だが、間合いの取り直しを許してくれない。効果的に盾を前面に押し出して、ずかずかと踏み込み続けてくる。
諦めて一撃をまともに食らうのと引き換えに、無理やり間合いを取り直す。
……俺のHPは大きく減った。
なんとか振り出しに戻したが……展開的には、こちらが不利か? 少なくとも真っ当な腕比べでは分が悪そうだ。
「……なるほど。覚悟して被弾するのも選択肢なのか」
「ええ、一撃は一撃です。引き換えに間合いを取り直せましたから。バランスを崩しでもしないなら、この選択もありです。転びでもすれば、連続して何度も攻撃されますからね」
問いかけに答えながら、細かくフェイントを入れる。
……あちらからもフェイントが返されるし、危うく引っ掛かりかけた。これは話している余裕なんてないし、色々とやらなきゃ駄目だな。
「いまのは……凄かったですね! うん、かっこいい!」
珍しく興奮したカイが叫ぶ。どうも奴は決闘に何か思い入れがあるようだ。……なら、なんで『魔法使い』を選んだんだ?
「なんというか……どうも武術よりは、格闘技的な考え方が正しいみたいだね。ヘビー級のボクシングを見ている気分だよ、それもポイント制の」
サトウさんも感想を漏らす。そんなものなんだろうか?
まあ、レッスン向けの戦術はもういいだろう。
基本的なレクチャーは十分にできたはずだ。ここからは勝ちを拾いにいこう。いつかはジェネラルに追いつかれてしまうかもしれないが……それが今日でなくてもいいはずだ。
それにこのような模擬試合でも、負けるのは楽しくない。




