決闘――4
先手を譲る形になったのは、余裕の表れなどではない。
槍を相手に剣では絶対に先手が取れないからだ。どう考えても相手のほうが間合いが広い。
剣を持つ側の俺としては、いかにして槍を掻い潜って自分の間合いまで辿り着くか。それが最初の問題となる。
勝負が始まってすぐに、牽制として何度も突きが放たれていた。
先ほどカイに教えたセオリーとは違い、突ききらない抑えた攻撃。
単純に突ききってしまうような相手なら、工夫は要らない。攻撃に合わせて懐に飛び込んでしまえばいいだけだ。飛び込んだときには相手は突ききってしまっているから、一方的に蹂躙できる。
だが、サトウさんはそんな甘いことはしてこなかった。
それに牽制といっても丁寧に回避や受け流しをしなければならない。このルールでは間違っても喰らうわけには行かなかった。出血が酷くなれば、審判であるジェネラルが止めるだろう。
……開始したばかりなのに、いきなりジリ貧だ。
相手が嫌がることを、自分は安全圏において繰り返す。勝負事の鉄則ともいえる。
また、ここまで堅実に立ち回られたら技量差がモロに出てしまう。なんとか対応できているのは、システムアシストの恩恵に過ぎない。
どこかで勝負にいかなければ……多少、甘くなった……牽制としては突き過ぎた程度の攻撃に合わせて飛び込むか?
そう考えた矢先に、僅かに重い突きが飛んできた。
なんとか受け流してかわす。当たっていれば、それで終了だっただろう。
だが、チャンスだ! この好機に飛び込んで――
そこまで考え、飛び込みかけた瞬間に気がついた。
これは罠に決まっている!
相手は少なくとも百年以上は考え続けられた武術で、その継承者のサトウさんだ。それがこんな簡単なミスをするだろうか? そんな訳がない!
だが止まるわけにもいかなかった。そんなことをしたら単なる的になってしまう。
もう賭けるしかなかった。
……どうする?
頭にしよう! 相手は返しで頭を狙ってくる! それに一点賭けだ!
首を竦めるように体勢を低くしながら踏み込む。
……その頭上を凄い風きり音が通過した。賭けには勝ったが、肝が冷える。武術家の一番恐ろしいところ……攻撃が外れた場合の連携が考えられていた。
まずは、やや重い突きだ。それが当たっても勝負は着く。問題ない。
外れても戻すのと同時に……おそらく相手の頭部を殴るような形だったんだろう。それでも勝負は着くし……倒せなくても圧倒的な有利が取れる。
だが、賭けに勝った以上、間合いに入ってこちらからの攻撃を――
そう思ったところでサトウさんの表情が気になった。
必殺の連携が破られた悔しさではなく、感心するような顔……まずい、まだ相手の手の内の中だ。
三手目の動きは知っていた。予め警戒していた動き。この瞬間に繰り出されるとは思っていなかったが、警戒だけはしていた。
俺の頭を刈り取る動きを殺さず、サトウさんは槍を回す動きへと変化させる。
下からだ!
槍の穂先が飛ぶように遠ざかる代わりに、下からもの凄い速度で槍の反対側――石突が跳ね上がってくる。
狙いは顎か?
低くした姿勢から、精一杯伸び上がるようにしてかわす。目の前を凄い勢いで石突が通り過ぎていく。なんとか生き延びた!
だが、いつまでも相手の目の前で仰け反っている訳にはいかない。
防戦一方なのが良くないのだ。ここは反撃して相手にも防御をさせなければ――
そう思ったところでサトウさんが槍を確りと構えなおしているのが目に入った。あれは……突くつもりだろう。……四手目まである連携だったのか。
避けるのは無理だ。身体が伸び上がってしまっている。避けるためには、重心を戻す時間が必要だ。しかし、その僅かな時間は貰えそうもない。
勘でサトウさんの突きを横殴りするように剣を振るう。
だが、折込済みとばかりにそれを槍で跳ね上げながら、サトウさんは突いてきた。
狙いは上半身……それも頭部か? 顔だったら良いな……そんな希望を抱きながら顔を捻る。
やはり甘くない。サトウさんの突きは顔のすぐ下、喉を狙っていた。顔を捻る程度では駄目だ。身体ごと動かねば喉への狙いは外せない。
穂先が俺の喉へ突き刺さる。
「それまで!」
ジェネラルが終了を告げた。
負けたのは悔しいが、それよりもやるべきことがある。
槍に突かれたままサトウさんに話しかけた。
「そのままで……えいっ!」
左手で槍を押さえながら、右手に持った剣でサトウさんに殴りかかる。念のために剣の平でだ。
「えっ? ……あっ!」
一瞬、何が起こったか判らなかったサトウさんは驚いていた。……その状態でも剣を避けたのは凄い。
「タケル……勝負が終わってからの攻撃は感心しないぞ?」
それにシドウさんに怒られてしまった。
「いや、いまのは悔しいからとかじゃなくてですね……その……勝負の前から指摘する約束だったので……」
「でも、明らかに隊長の負けでしたよね?」
カイの奴にも怒られた。先に説明させて欲しいんだがなぁ。
「いや、いまのはタケル君の言う通りだ。何を教えたかったのか解ったよ。うん……うちの流派、この後は全く考えてないね」
納得顔のサトウさんが助け舟を出してくれた。
「……どういうことです? 勝負は明らかに勝ちだったでしょう?」
「あれですか? その捨て身の攻撃というか……一か八かというか……外れたら負けるような技だったんですか?」
納得できないシドウさんとカイは疑問を口にする。
「違う、違う。一か八かの技も知っているけど、いまのは基本技を連携しただけ。どうやってか最後の突きをタケル君が避けても、その後の動きはあるよ。そうじゃなくて……殺した相手からの反撃とか、殺してからの追撃とか……そんな不思議なことは全く考えたことがないってこと」
サトウさんの説明に――
「いや、そりゃそうでしょう。殺す――勝てばそこで終わりなんですから。残心?とかそういう心構えの話ですか?」
納得できないシドウさんはなおも言葉を重ねる。何か引っ掛かるのか、その隣のカイは考える風だった。
残心とは簡単に言うと、『倒れた相手でも無力化できたか判明しないのだから、油断しない心構え』のことだ。
「残心ではないですよ。これだけ見事に喉を突かれたら……どんな人間でも死にますよね?」
俺の確認に――
「そうだな。喉を突かれたら呼吸ができなくなるし……仮に呼吸ができたとしても、それだけの出血では反撃どころではないな。正直、それで話をしている大尉はホラー映画のようだ」
ジェネラルが請合ってくれた。
「でも、事実として俺は死んでないですからね。派手に出血していても、ただそれだけの話ですし……別に話をするのも困りませんし……ちょっと多くHP減っただけです」
「それは……ゲームだからでしょう?」
カイが呆れた顔で指摘する。
「そうだぜ? 今回のテーマはゲーム的に勝つ方法だからな」
なぜかジェネラルとサトウさん以外は納得してくれなかった。
「タケル君の言う通りだね。その辺はちゃんと理解して無いと……例えば一か八かの技を成功させても、ただそれだけってこともあるだろうし」
「そうですね……その手の奥義?とでもいうのは止めに使うべきですけど……基本的に相手のHPは判らないですからね。使えば圧倒的有利にでもならないなら、一か八かは避けるべきです」
なおも納得のいっていないカイに、ジェネラルが取り成すように言う。
「カイ少尉……現実での闘争も似たようなものなのだ。現実での戦いはいかに相手より早く、戦闘力を殺ぐ攻撃を加えるか――加えられないかに過ぎない。相手の生死は結果だ。世界が違うのだから、そのルールが違ってもおかしくなかろう」
「お二人みたいな実践派の人は……『相手は何度も殺さないと止まらない』だとか考えると良いそうですよ」
伝聞なので自信の持てないアドバイスだった。
また気楽に実践派とか分類しちゃったが、この平和な日本で実践派にしか思えないジェネラル……プライベートは知りたくないな。このアドバイスに感銘を受けちゃったみたいだし。
「それにしても……凄かったな、タケル! よくあの頭を狙った返しをかわせたもんだ。あれは知らないと……知ってたのか?」
「あれは偶々です。それに一太刀も浴びせれませんでしたし――」
素直な感想だったが、肯くカイには少し腹が立った。……どうしてくれよう? だが――
「謙遜することは無いよ。僕も四手目まで使ったのは久しぶりだよ。それに僕側のルールだったしね。ゲーム的なルールだと……全く違うんじゃない? タケル君、手心加えてたでしょ?」
なんてことを、サトウさんは言い出した。




