決闘――3
それで俺達は団長の執務室から、ギルドホールの練兵場へ場所を移した。
練兵場といっても屋上を、戦闘可能に設定したに過ぎない。シドウさんにねだられたトレーニングルームの代わりだ。……VR空間で筋肉トレーニングもないだろう。
しかし、その練兵場には先客がいた。
シドウさんと数人の第二小隊のメンバーが居たのは理解できたが、なぜかカイまで一緒だ。『魔法使い』に接近戦は必要ない……という訳ではないが、他のクラスより重要度は低い。それなのに、なぜかシドウさんにコーチしてもらっているようだった。
「うーん……なんか違うな。もっと体重を乗せるというか……こうだ! 解るか?」
「……えっとこうですか?」
シドウさんのレクチャーに、自分なりにやってみせるカイ。だが的代わりに立たせてある巻き藁は、僅かにゆれる程度だ。シドウさんのお手本とまるで違う。
「……やっぱり違うな。『腕力』の差なのか? もっとグッといって、ダーっと振るんだ」
「……グッといって……ダーっ?」
生徒であるカイは、先生の教えを理解できていない。
それに『腕力』の違いと誤解しているようだが、俺の見立てでは違う。カイが根本的に勘違いしているのが原因だ。
またシドウさんやリルフィーなんかは、ある意味で天才といえる。最初から必要な極意ができてしまっているから、一般人が躓くようなことは解らない。
「あれだ、カイ……表面を斬ろうとしたり、表面を突くから駄目なんだ。最初はぶかっこうでも、打ち抜いたほうがいいぜ?」
つい口を出してしまった。それで先客だった面々も、俺達三人に気がついたようだった。
「ッイース!」
第二小隊のメンバーが一斉にそんな挨拶をしてくる。……まるで体育会系……いや、完全に体育会系なのか。俺やカイの標準的な挨拶は、ほとんどかき消されてしまう。
「皆、励んでいるようだな。私達も少し場所を使わせてもらう」
「空いてるところ使うから」
ジェネラルやサトウさんも挨拶を返すが……なんだかしっくりきていた。二人も体育会系の人なんだろうか?
その間、カイは問いかけるようにシドウさんを見ていた。「隊長の言ったことは本当ですか?」といったニュアンスだ。……信用ねぇなぁ!
そのシドウさんも首を傾げながら、俺に練習用の短剣を渡してくる。
やや憮然とした気分で受け取り……念のために一、二度素振りをしておく。というのも、少し風変わりな短剣だったからだ。
パッと見でキドニーダガー――ほとんど突くための短剣で、甲冑の隙間から刺すための武器――に思えたが違う。『ダガー』をゲーム的に許される限界ぎりぎりまで長くしたものか? ただ、その分だけ刀身が細くなってしまっている。名づけるとするならば、『魔法使い用の剣』だろうか?
「凄く単純な理屈だ。渾身の力を込めても、表面で止めたら力は伝わらない」
そう言いながら解りやすくゆっくりと剣を振るう。ちょうど表面に触る程度で止める。
「そうじゃなくて、ここからさらに押すように……気持ち的には突き抜けるぐらいまで力を込める。基本的に攻撃は止めない。止まってしまうだけだ」
そう言いながら、そのまま巻き藁を剣で押す。
この単純な理屈は、喧嘩慣れしているものならば誰でも知っている――少なくとも体得しているらしい。鍛えぬいたスポーツマンが容易く不良に負けるのは、これが原因だ。ジャブだけで戦っても、ストレートのパンチを使わなければ相手を倒すことはできない。
「カイがやっていたのは……極端に表現するとこうだ」
そう言いながら剣を素早く振るうが、巻き藁の表面を触る程度で止める。それを数回繰り返した。巻き藁はほとんど揺れもしない。
「シドウさんのやっていたのはこっち」
そう言いながらわざとゆっくり剣を振り、巻き藁を押すようにして曲げてから、渾身の力で振りぬいておく。シドウさんと同じように巻き藁は揺れた。
「同じことをして初めて、『腕力』よる差が影響されるんだ。まあ、最初にカイがやっていたのでも良いんだけど……極限のところで差が出る。この基本を理解してから色んなこと覚えないと、無駄も多いしな」
そう言いながらシドウさんへ風変わりな短剣を返した。
……なぜかシドウさんは巻き藁めがけて何度も打ち込みをする。そして――
「タケルの言う通りだな! 俺はよく考えないでやってたけど……言葉にするとその通りだ! タケル……教えるの上手いな!」
と褒め称えてくれた。……悪気は無いと思う。
「隊長は……意外と基本ができてたんですね」
カイの奴はそんなことを言ったが……悪気はあると思う。なんなんだよ、それ!
「お見事。あの知識だけではまずいけど……最初の一歩としては大事だよね。それも『道場』の教えなのかい?」
興味深そうにしながら、サトウさんも褒め称えてくれた。カイは少し見習うべきだ!
「ええ……正しいフォームだとか、腰を入れるだとか以前に知っておかなきゃいけないことらしいです。……特に喧嘩なんてしたことのない俺みたいなモヤシは」
現実で最後に喧嘩らしきものをしたのなんて、小学生低学年の頃だったと思う。他のプレイヤーも似たようなもののはずだ。人を殴るための大前提――傷つけるための鉄則なんて知っているはずがない。
「で……どうします? 決闘するなら大雑把でもルール決めてかな? ルールは細かく説明したほうが良いですよね?」
「うーん……どうなんだろう? 細かなルールは良いから……そうだね、タケル君がその『道場』の先生で……僕が生徒で教える形で良いんじゃないかな? ……実戦形式で」
首を捻りながらサトウさんは言うが……口頭の説明だけでは駄目と釘を刺されてしまった。なぜかえらくやる気満々だなぁ。
それに俺達三人の様子を伺っていた第二小隊とカイの面々も、ドヤドヤと集まってきてしまった。
「タケル、サトウさんと決闘するのか? 見学させてもらうぞ」
「また無謀なことを……勝負になるんですか?」
「中佐と大尉か……どっちが強いのかな? 団長もおやりになるんですか?」
「私は中佐の後だな。よい勝負になると思うんだが……大尉次第だろう」
などと無責任なことを言い合っている。
こうなったら腹を括って見世物になるしかないだろう。それにレクチャー役が相手より弱くても良いはずだ。
「そうですね……サトウさんみたいに専門にやっている方は、ある欠点があります――あるそうです。まず、それを知って……矯正したほうがゲームでは良いそうです」
「欠点? それの説明から? 実戦形式でするのかい?」
すでに愛用の槍を取り出し、ぶんぶん振り回しちゃっている。なんというか……意外な感じだ。
「あー……じゃあ、まあ……武術ルール?現実的なルール?でやってみましょう。えーと……サトウさんが普段やっているような……うーん……一本?取ったら勝ちみたいな? 伝わります?」
「なんとなく……解るかな?」
説明する俺も自信がないが、サトウさんも微妙な感じだった。
「まあ、それでやってみれば良かろう。問題があればまた考えればいいのだ。審判?が必要なら私がやろう」
とジェネラルが裁定を下したので、とりあえずやってみることになった。
お互いに適当な距離を取る。
……細かい理屈までは判らないが、サトウさんの構えは隙の無さそうな構えだった。やはり苦戦のイメージは正しい。
とりあえず待ってくれている様なので、ありがたく剣を抜かしてもらう。俺の主武器は西洋剣であるから、得意じゃない抜刀術――居合いに頼る意義が薄い。だが――
「タケル君……居合いもやるんだ? 居合いでも良いよ?」
などとサトウさんは言う。
ただ剣を抜く動作だけで見抜いてくるなんて尋常じゃない――訳でもなかった。知っている人なら簡単に判別するだろう。
腰に剣を佩く場合、その刀身の長さは単純な理由で限界がある。肩の高さで利き手を伸ばし、そこから逆側の腰までの長さ。これが限界だ。それ以上に長いと抜けなくなってしまう。
たまに両手剣を腰に佩いているプレイヤーがいるが……剣を抜くたびに鞘ごと取り出していて、ある意味でギャグにしか思えない。
ただ、その限界を超える技術が抜刀術にはある。
理屈は実に簡単で……抜くときに剣を吊っている方の腰を、背中の方へ捻るだけだ。……口で言うだけなら簡単だが、実際に腰を回しながらの抜刀は難しかったりする。
その抜刀術式で抜いただけで見抜かれるんだから……やり難い相手だ。
また、トリックとして予想外の長さの抜刀――間合いで騙すことがあるが……サトウさんは引っ掛からないだろう。
「居合いは下手糞なんで……抜いて相手させもらいます」
そう言いながらルールに合わせた構え――現実的な構えを取る。
「もういいかい?」
「もういいですよ……というか、どうぞ」
「ん? ああ……そりゃそうか。じゃあ始めるね」
それで勝負は始まった。




