決闘――2
「いまのは前に、違うVRゲーム――MMOじゃなくて対戦格闘ゲームです――をしていた頃に覚えたやつで……アバターのリアリティはこのゲームに負けますけど、戦闘シミュレーターとしては上でした――上だったそうです」
本物を知らない俺が、この二人にリアリティを論じるのは噴飯ものだろう。……たぶん。
「対戦相手の手足を斬り落とすこともできましたし、出血が酷ければ倒れたりもしましたし……急所が非常に有効でしたから、とにかく守らなきゃいけませんでした。……真っ先に狙われますから」
サービス開始直後は熱中したし、それなりに盛り上がったゲームだと思う。
「まあ、シミュレーターとしてリアルになれば、テクニックやセオリーも現実に即したものになるので……俺が辿り着いた構えも、それなりに現実的だと思います」
「なるほどね。逆に考えれば……金的を蹴られてもびっくりする程度で済むなら、その心配はしないでいい訳だ。タケル君、ちょっと普段の構えをしてくれる?」
言われるがままに構えを変えた。それを見てサトウさんは「ああ、そうか!」だとか、「なるほどなー」だとかしきりに感心している。
「ところで大尉……そのゲームは止めてしまったのかね?」
何の気なしにジェネラルが聞いてきた。
「止めました。サービスは……まだ続いているのかな? 末期が酷かったですから」
「末期?」
「何度かプレイヤー間での技術革新があったんですけど……最後には相手の首を斬り落とすのが、最も有効となってしまって。以降、いかに素早く首をはねるかを競う感じに」
笑い話のつもりで言ったのに、二人とも納得して頷いちゃっている。
「その構えは大尉が考えた研究の成果という訳だな。……この世界では私達より大尉の方が強いんじゃないか?」
「止してくださいよ。それに俺一人で考えたという訳でも……『道場』と呼ばれているのが――元ネタがあるんです」
褒められてもこそばゆい感じだ。
「道場? VRゲーム用の武術を教える流派でもあるのかい? 例えば護身術みたいに?」
……サトウさんはサトウさんで、どうやら興味津々のようだし。
「いや、そんな立派なものでは! インターネット掲示板にあるんですよ。なんて言うのかな……強くなる方法を模索する人の集まりが。VRゲームで、ですよ? 俺はそこで構築されたセオリーなんかを参考にしているだけです」
変人の集まりに思えるだろうが、探すのに苦労するほどではない。まあMMOではやや珍しいが、対戦ゲームの分野では当たり前に行われている。
それになぜかゲーマーという人種は教えたがりが多いし……自説を曲げない者だらけだ。また常に最新の戦略や考え方が検討されている。もし議論がぶつかっても、実地調査は簡単に可能だ。
ゲーム史やインターネットの歴史に詳しい者に言わせると、インターネットの雛形が出来上がった頃にはゲーマーのコミュニティは生まれていたらしい。やはり議論の中心は「いかに強くなるか」だ。ゲーマーとは業が深い生き物というべきか……俺たち男は本質的に変わっていないというべきか。
「面白いね! そうだなぁ……なんだか武術の原点みたいな感じがするよ。それに……タケル君の方が、この世界では僕より強いんじゃないかな?」
どんな武術も誰かが考えた強くなる方法ではある。そう言えなくもないのだろうが……真面目な武術と遊びを比べて良いものなのだろうか?
それに俺がサトウさんより強いなんて予想も、ちょっと考えにくいことだった。
「いやいや……どう考えてもサトウさんの方が――」
「判らないよ? そりゃ、リアルの身体を使ってなら……それも『比べてみなければ』判るわけがないか……。例えばタケル君? タケル君だったら、この世界で僕とどう戦う?」
面白そうに、それでいて真面目な顔でサトウさんはそんなことを言い出した。
突拍子もないことだが、思考実験としては面白い話に思える。
武術の達人をいかに倒すか?
「……そうですね、とりあえず情報部の奴らを総動員して取り囲んで――」
「いや、違う! そうじゃないよ? えっと……そういう集団での話はしていないよ? その……一対一での場合の話」
俺が最も確実だと思う戦術は封印されてしまった。
「それでは……行動パターンを調べて、どこか暗がりで待ち伏せ――」
「違うよ? そうじゃないよ? いや、そういうのを否定する気はないけど、いま話しているのはそういうことじゃないよ?」
憮然とした顔のサトウさんに遮られてしまった。
「それでは遠くから狙撃――は駄目なんですね。毒的な物だとか、罠的な物も――無しと……」
サトウさんの表情を見て、いくつかのプランは自分から取り下げた。なかなか難しい。
なぜかジェネラルはゲラゲラと笑い出すし……からかわれている気分になってくる。
「いやいや……我等が参謀長は頼もしい限りだな! サトウ中佐の言いたいのは、正々堂々とした果し合いのようなものだろう」
笑いを収めながら――涙が出てきたのか、それを軽く拭っていた――ジェネラルが助け舟を出してくれる。
それに、それで言わんとすることが理解もできた。
「ああっ! 決闘の話をしていたんですね! そうならそう言ってくだされば――」
「決闘?」
だが二人とも異口同音に声を揃え、首を捻ってしまった。
「あれ? 見たことありません? 『砦』の辺りでよくやっているじゃないですか。あいつ等は一対一の決闘をしているんですよ」
「あー……あれは喧嘩しているんじゃなくて、腕試しをしていたんだ?」
サトウさんは見たことがあるのか納得してくれた。
それに腕試し……それが一番に決闘を言い表しているものだろう。強さはMMOで大きな関心ごとの一つだし、一対一での強さに拘る者は多い。街から近く戦うのに便利な『砦』周辺は、決闘者の聖地になっていた。
「ちょっと私は見覚えがないが……大尉などは興味ありそうだな。よくやるのかね?」
「いえ……その……決闘は嫌いな方じゃないんですけど……なぜか決闘者に嫌われるんですよね。それに『RSS騎士団』に入ってからは、そうそう負けるわけにもいかないんで……全くしてませんね、最近は」
なぜか二人とも「あー……」とばかりに納得して頷く。……ちょっと失礼じゃなかろうか?
決闘は事前に細かなルールを話し合いで決める。
例えば『回復薬』などは使用しても良いのか。『回復薬』アリだとして、その数量や種類はどうなのか。マナーとして相手が死亡する寸前で止めるのが普通なのだが……間違って殺した場合の勝敗はどうするのか。
俺なんかはお互いに納得いくまで話し合っておくべきだと思うのだが……それがどうも少数派に属するらしい。実際に戦うまでに相手が飽きてしまうことがよくあった。
また、なぜかよく卑怯だと言われてしまう。
事前に話し合ったルールを、厳密に遵守しているにもかかわらずだ。まあ、決闘者なんてのは負けず嫌いだから、多少は仕方がないか。
「その決闘! 決闘を僕とするなら、タケル君はどう戦うかい?ってことなんだよ」
サトウさんが命題をはっきりさせてくれた。
武術の達人と一対一で対峙した時、いかに戦うべきか?
多少は手の内を知っているが、それはお互い様だ。決闘ならサトウさんは槍を使ってくるだろう。俺の剣が長い部類とはいえ、槍相手では勝負にならない。それにサトウさんは対剣の戦術も確りしたものを持っているはずだ。
苦戦の想像しかできない。良い勝負に持ち込むのが精一杯か? それでも戦うとするなら――
「考えて答えが出るものでもあるまい。そんなものは……実際にやってみれば判ることだろう?」
考え込んだ俺を止めるように、ジェネラルはとんでもないことを言い出した。




