決闘――1
「そう上手くいくものなのかね? いや、大尉の言葉を疑うわけではないのだが……。ふむ。とにかく了解した」
これが「貴方は王になる」と報告されたジェネラルの第一声だった。
俺だって半信半疑……ではなかったが、不思議な気持ちでの報告だ。
別にジェネラルを王にするべく奔走していた訳ではない。単なる成り行きの結果と言える。しかし、『RSS騎士団』はこの世界に君臨することになるし、その長であるジェネラルは王に等しい立場だろう。
王となるジェネラルは事態を理解していないようだし、王冠を授ける者――キングメーカーである俺も不思議な感慨しかない。……一言で言えば、現実感に欠ける。
俺達が目指したのは世界制覇ではない。もっと別のものが欲しくてがんばってきた。その成果として玉座を得るわけだが……そういうものなのだろうか?
現実の王様……大統領だとか、総理大臣なども似たような過程で――結果として成ってしまうものなのか?
リーダーに成りたがる奴の気持ちが理解できない。それなのに長の中の長、王様に成りたい奴の気持ちなんて……想像すら不可能だ。
ましてや、正しい王様の成り方なんて――
「タケル君の指摘する問題は把握したよ。でも……一筋縄でいく問題でもなさそうだね」
ジェネラルの横に控えるサトウさんが、俺を考え事から引き戻す。
その顔は苦々しい表情だった。
無理もない。ジェネラルやサトウさん、ハンバルテウスは古参――このゲームに移住する以前からの人間関係がある。俺は後からやって来た新参者に過ぎない。
仮に俺の懸念が全て的を射ていたとしても……嬉しい気持ちにはならないだろう。
それに場合によっては、幹部を粛清する結果にもなる。
いままでもやり過ぎていたり、心得違いの団員を粛清――説諭したり、ギルドを追放したりした例はあった。
これは『RSS騎士団』が、やや特殊な方向性のギルドだからではない。方向性の違いや、それによる摩擦が大きくなれば、どこのギルドでもやるべきことだ。一般的な――仲良しグループ程度の集まりでも、集団行動の枠組みは守ろうとする。
ただ、どんな集団でも主だった者に方向修正を求めると……厄介になりがちだ。
さすがの『RSS騎士団』でも、幹部粛清など未経験だった。その指針などあろうはずがない。
それに……俺一人が大事と捉えて、空回りしている不安もあった。
「まあ、そう怖い顔をするものでもない。あれは……まあ、至らないところも多いが、見所もある。なにより……やる気があるのは貴重だからな」
人の悪そうな顔でジェネラルが取り成す。
先ほど「そろそろ昇進するかね、大尉?」と言われたのを、即答で断った意趣返しなんだろう。昇進なんて御免こうむる。仕事が増えてしまう!
「出世欲がある……こんな集団でも出世欲があるというのは……まあ……団長が言うように、やる気の表れでもあるからね。それに軽く考えてもいない――いないと思うよ。このままじゃ第一小隊のメンバーに不公平だからね」
サトウさんもなだめる様に言う。
結局、問題の全てはそこにあるのかもしれない。
別に俺はハンバルテウスの人格形成に興味も責任もなかった。ウマが合わない奴だなとは思うものの……ただ、それだけだ。奴にしたって、俺あたりに教育されるのは御免だろう。お互いに礼儀正しくすれば、大抵の摩擦は回避できる。
「出世に拘るのは好ましくないが……そこに注意して導いてやれば……まあ、上手く成長すると、私も考えているよ」
ジェネラルが安心させるように言う。
これで大丈夫かな?
……いや、俺あたりを重用しちゃう人だから、多少はまずいかもしれない。
ただ、俺が事に当たるより、ずっとマイルドに収めてくれるだろう。それだけは間違いないはずだ。
「ところで……大尉に言われてステータス?を変更したが……なにか変なのだ。なぜだろう?」
これで話はお終いとばかりに、ジェネラルは話題を変えてきた。
「変? 団長にお願いしたのは……いわゆる大将型ですから……戦闘力が削られるのは……」
「ふむ……しかし、思ったより弱くなっていないような……予想以上に弱体化しているような……能力値というのは微妙なものなのだな?」
よく判らない感想を言われた。
ジェネラルに要請したステータス割り振りは、いわゆる大将型と言われるものだ。
『体力』へ初期最高値まで注ぎ込み、余りを全て『魔力』に振る。こうすれば物理的な攻撃に最も強く、魔法攻撃に対しても耐性がつく。有事の際に最も狙われる立場なのだから、死なないことに主眼を置くのがセオリーだ。
「団長は大将なんですから、攻撃力に拘らなくても……それこそ、必要なときは暇な団員でも連れて歩いてもらえれば」
「いや、その理屈は理解できる。結局は個人の戦闘力などより……集団の力を頼るべきというのは……それでも単独での力も把握しておくべきであるし……」
ジェネラルはどう伝えれば良いのか悩んでいるようだった。
その隣ではサトウさんが興味深そうに聞いている。
「とりあえず戦争を視野に入れているわけではありませんから……あまりに違和感があるなら、ステータスを振り直すのも手ですよ? ……課金の必要がありますが」
厳しく制限されてはいるが、変更できなくもない。選択肢の一つではある。
「そこまでの不都合は感じてない。なにより大尉の主張も納得できる。敵勢力から見て私は、最重要攻撃目標なのは間違いない。それに……そう、違和感だな。大尉の言った違和感を覚えているんだ。なんと言うか……気持ち悪い感じの」
なぜかジェネラルは納得のいった顔をする。その横ではサトウさんも肯いていた。
「VRズレでも起きているんですか? それならアバターの微調整をした方が――」
「そうじゃないな。そういう違和感じゃないと思う。この世界は不思議なことが多いが……たまに現実と間違うくらいリアルだ。そうじゃなくて……」
説明に苦しむジェネラルに、サトウさんが助け舟を出した。
「VRとかそういうんじゃないよ、タケル君。僕は団長とは逆の……リアルの身体能力に近くなるようにアドバイスしてもらっただろ? それで現実感は増したんだけど……それでも違和感はあるからね」
どうも二人ともに、同じ悩みを抱えているようだ。
「もう少し具体的にお願いできますか?」
「例えば僕に言わせれば……タケル君なんかは奇妙すぎるね。見た目から受ける印象と、実際が変で……奇妙に感じる。……これはタケル君が顕著なだけで、ほとんど全員から受ける感想かな」
悪口を言われているかのようだが、そんなつもりはないと思う。ただ、何を言っているのか全く解らなかった。
「うーん……何と言えば良いのか。僕の目から見ると……タケル君は感性型の構えなんだよね。悪く言うと出鱈目。……ごめんね、どうも武術なんてものをやっていると、そういう目で人を見ちゃうんだ」
古武術を修めているサトウさんが見れば、俺なんぞは評価にも値しない……という訳でもなさそうだ。どういう意味だろう?
「でも、実際のタケル君は理論を踏まえた動きをしている。考えて動くタイプの人なんだ。違う言い方をすれば、訓練した動きをしている。なのに構えとかは奇妙におかしい」
何となく言いたいことが理解できた。俺の動きは一通り訓練……といったら大げさだが、ある理屈に則ったものだ。
「なんとなく解りました。いまから構えます。それが答えになると思いますよ」
記憶を頼りに普段とは全く違う構えをしてみた。
剣は片手で保持し、全身を剣で隠すように配置する。普段より半身を心がけ、使わない方の手は完全に背中に回して隠す。足も金的を簡単に狙われないように、軽く交差する感じだ。
「……まあまあだ。叱るべきところはあるが……基本は理解している」
感心した声でジェネラルは評価してくれた。
サトウさんはサトウさんで――
「普段の構えはわざとやっているのかい?」
などと不思議そうに聞いてくる。
それで二人の違和感の原因が理解できた。




