収穫――4
とりあえず受け取った品物は、『RSS騎士団』のギルドホールまで運んだ。
しかし、そこでゆっくりする時間は無い。二つ目の約束に遅れそうになっている。なんだって今日に限って忙しいんだ?
二件目の約束は、ギルド『ヴァルハラ』との会合だ。
話があるというなら、聞きにいかねばなるまい。あの廃人集団が改まって話など……なにか協定でも持ち掛けたいのか?
そんなことを思いながら指定された場所へ急いでいると……先ほど会ったばかりの『聖喪』の女性――やはり背中を丸めながら歩いている――が目の前に見えた。進む先は同じようだ。
どうしたものか。
知り合いとして挨拶をしてもいいし、『聖喪』が求めている無関心を提供してもいい。
気が付かなかったフリは簡単だし……ようするにギルド単位で匿名希望なのだから、むしろ希望に沿ってもいる。ここは見なかったことにしよう。
「ふぎゃっ!」
が、こけた。俺が気を遣うことに決めたとたん、目の前で転ばれてしまった。
しかし、酷いずっこけ方だ。顔面から地面に飛び込んでいた。ベールの裾から綺麗な金髪が見えてしまっているし、修道服の裾も捲れ上がってて……目に毒なほど白い生足まで見えてしまっている。
……ぶかぶかの服で俯いて歩くから、裾を踏んづける羽目になるのだ。
目の前まで滑ってきたサンダルを拾い、助け起こすべく近寄る。これを無視できるほど、俺の精神は強靭じゃない。
「はい、サンダル。……あと、その……スカートが捲れてますよ」
「ひゃっ……って……タ、タケル? どうしてここに?」
慌てて裾を直しながら、女性は驚いている。俺に気がついてなかったみたいだ。
……驚かれても困る。俺だって用があれば街を歩く。再会は単なる偶然なのだ。
「……見た?」
相変わらず顔はほとんど見えないが、非難している印象を受けた。
……街を歩いていたら、突然に絶体絶命のピンチだ。このクソゲー仕様はどこへ文句を言えばいいんだ?
正直に言えば、見た。太ももの辺りまでバッチリだ。
ただそれだけで男の目を釘付けにする、それはもう立派な造形でございました。残念ながら重要機密は拝見できなかったが……「ありがとうございました!」と叫びたかったほどだ。
いや、一瞬……チラリと見えた……肌色でないナニか……。あれはひょっとして?
……とにかく、それを見なかったなんて説得力に欠ける。
かといって、見たと正直に言う訳にもいくまい!
「たまたま、こっちの方に用がありまして――」
「見たんだぁー……」
地べたに座り込んだまま、頭を抱えてしまった。誤魔化すのは失敗か?
その後、片足で立ち上がろうと、無謀な試みを始める。素足で地面を踏むのが嫌なのだろうが……ちょっと無理があるだろう。
諦めるよう促すのに、差し出した手をさらに伸ばす。
癪に感じたのかそっぽを向いて……それでも大人しく俺の手につかまって立ち上がる。こっちが助けたというのに腹を立ててるのか、その顔――といっても口元しか見えないが――は真っ赤だ。
この人は会うたびに座り込んでる。俺も毎度のように助け起こす。習慣になってしまいそうだ。お互いの巡り会わせでも悪いのか?
「あ、ありがとう。……タケルも、こっちの方へ用事なの?」
一応は感謝されているようだ。サンダルを履き直した途端、慌てたように俺の手を離したが……まあ、他意はないと思う。
「ええ、まあ……ちょっと『食料品店』の前で人と会う約束が……」
「えっ? もしかして……タケルも――」
後半がよく聞き取れなかったが、なぜか驚いている。そして――
「あ、ありがとうね! あの……私……急用を思いついたから!」
などと言って……先ほどとは逆の方向へ走り出した。どうかしたのか?
引き止める筋合いでもないし、そのまま黙って見送ることにしたら……またこけた。
こんどは独りで、驚くべき早さで立ち上がる。相当に慌ててるようだが、どうしたのだろう?
『食料品店』の前にいくつもあるテーブルの一つで、待ち合わせ相手だった『ヴァルハラ』のギルドマスター――ウリクセスは待機していた。
「おう、こっちこっち!」
陽気に笑いながら、俺へ手を振って誘う。
身に着けている実用一点張りの鎧は、趣が無かったが……立場が違えば俺も似たような選択をしたかもしれない。それにまだ珍しい『鋼』グレードなのも一目瞭然だ。
そこまでは予想通りだった。だが、もう一人の人物は完全に想定外だ。
つまらなそうな顔をしているリリーが、同席していた。
黒い皮鎧を着ている。なかなか良いデザインだ。カエデが着る先生方の力作には一歩及ばないが、悪くない。似合っている。というより、黒のゴシック調『レザーアーマー』なんて着こなせる女は、そうそういないだろう。
「なんだ……リリーもこの話に噛んでいるのか?」
「……いきなりのご挨拶ですわね、タケル様。私も……呼び出された方です」
とりあえず席に着く俺へ、不機嫌を隠そうともせずリリーは答えてくれた。
それで周囲がざわつく。……無理もない。
意味不明な『ヴァルハラ』のギルドマスターと『不落の砦』ナンバーツーの会席に、『RSS騎士団』の参謀格が登場だ。何かあると思わない方が不自然だろう。
予め想定しておいた内容は、全て見当外れになったか。取り越し苦労に終わってしまったわけだが……面白くなってきた。
それに秋桜とリリーを呼び出した時に酷似している。……わざとだろう。俺にできる方法は、他の誰かにもできる。ゲームの鉄則だ。
ウリクセスの口から何が飛び出すのか、楽しみになってきた。
「いいのか、こんなところで油を売ってて? 俺と遊んでいても経験点は入らないぞ?」
挨拶代わりの揶揄に、ウリクセスは笑う。
……態度に余裕がある。切羽詰った用件ではないのか?
「俺達だって、狩りばかりしている訳じゃないさ。それ以外のことも、たまにはな」
「お二方は、お暇のようですが……私はそれほど。それに……こうも気軽に呼び出されるなんて……愉快と思ってはいませんのよ?」
嘘を吐け。気のない素振りだが……その目は爛々と輝いていた。好物の陰謀を前に、舌なめずりせんばかりにしている。やはり、この世界でトップクラスに危険な女だ。油断すると足元をすくわれる。
「で? 用件は?」とばかりに、ウリクセスを見ると……なぜか奴は「いいのか?」とばかりにリリーに視線を投げかけた。……すでに前哨戦が始まっているのか?
「その……お姉さまが……そろそろいらっしゃるはずなのですが……」
恥ずかしそうに言うリリー。それを見計らっていた訳でもないだろうが――
「待たせたか? ちょ、ちょっと急が用事だったんだ!」
と、意味不明なことを言いながら秋桜がやってきた。
真紅の『プレートメイル』を着ている。この前の会見で見たドレスと同じ色だ。その赤は、秋桜によく似合っていた。
秋桜に色々と言いたいことは多いが……とにかく背筋を伸ばし、顔をあげている。それだけは満足だ。秋桜はこの方がいい。
「うん、今日も元気だな」
「な、なんだよ、いきなり!」
馬鹿にされたと思ったのか、秋桜が噛み付いてくる。
「いや、褒めているんだぜ? その鎧の赤も……まあ、悪くないしな」
褒めたら俯いてしまった。俯かなくなったと褒めたのに、なんで元に戻るんだ? 照れるようなことを言ったわけでもないのに、なぜか顔も赤くしているし!
それに……その俯いてる感じは、今日『聖喪』で会った女性そっくりだ。どういうことだ?
「な、なんだよ!」
訝しげに見る俺を、秋桜は不審そうに見た。……少し裏返った声は、どこかで聞いたような気がする。
「なあ……秋桜? お前……姉妹とかいるか?」
「……へっ?」
「いや、だから姉妹。実は今日、お前によく似た人と――」
「いるぞ! 超いるぞ!」
なぜか必死の形相で秋桜が力説する。……変な地雷でも踏んでしまったか?
「……えっ? お姉さまは確か……一人っ――」
不思議そうに何かを言うリリーの肩を、なぜか秋桜は抱き寄せ――
「馬鹿だな、リリー……私には姉妹が沢山いるだろ? お姉様も沢山いるし……リリーのことだって、妹みたいに思っているんだぞ?」
「お、お姉様ったら……私だって、お姉様のことを、本当の姉妹のように――」
などと意味不明の会話を始めやがった。リリーも嬉しそうだし……なんなんだ、こいつらは!
しかし、それで色々な謎が解けた。
あの『聖喪』の女性は、秋桜の姉妹なのだろう。どうりで似ていると感じるわけだ。また、それで会ったことがないのに、どこかで会った感じが拭えなかったのだろう。
「あー……そろそろ始めてもいいか? 『不落』の……あんたも良ければ座ってくれ」
呆れ顔のウリクセスが話を脱線から引き戻した。




