収穫――3
女性が入り口の鉄柵を閉じる光景――これでメンバー以外は入れなくなるのだろう――を見ながら、奇妙な感覚に囚われていた。
誰かを強く連想させられる。
猫背で俯いていて、縮こまった感じ。目元まで隠したベール。誰だったかな……そう思い返していたら、唐突に解った。
秋桜だ!
この目の前の女性は、ちょっと前の秋桜によく似ている。卑屈……は言い過ぎとしても、もっとオドオドさせれば、出会った頃の秋桜そっくりだ。
もったいないところまで同じだから、なおさら瓜二つに感じたのだろう。
ぶかぶかの修道服――その辺もあの頃の秋桜と同じだ――で判り難いが……かなり『大人な女性』の身体つきだ。もっと背筋を伸ばし、胸を張れば良いのにと思わせる。
いや、『聖喪』のメンバー的には、そうしない方が目的に沿うのか。
声に聞き覚えがあると思った理由も解った。
無意識に似ていると思ったから、脳内で声も似ていると修正してしまったのだ。人は見たいと思うものを見るという。思い込みなどの典型例だ。
もの凄く近い印象を与えるが、この人が秋桜の訳がない。
あれで『不落の砦』のギルドマスターだ。その地位にあるのに別のギルドに所属するなんて、聞いたことがない。
しかし、そうすると……この女性は誰なんだろう? どうやら、どこかで会ったことがあるらしいのだが……。
「えっと……こ、こっちだよ。こっちに品物を保管してるの」
いつのまにか女性は、目立たない庭の隅にあった小道の方へ移動していた。
考え事をしてしまうのは悪い癖だ。これは直さないと。そんなことを考えながら、小走りにそちらへ行くと――
何かに思いっきりぶつかった!
まるで小道の入り口に、恐ろしく透明なガラスでもあるかのようだが……それが一番近いかもしれない。少し痛い……というより驚かさせられた。
「……走るべきじゃなかったですね。その……進入許可を頂けますか?」
ギルドホールの敷地内では、細かく進入条件が設定できる。おそらく、この小道の先は許可がないと入れないのだろう。
「えっ? でも……ここは禁止区域じゃないよ?」
不思議そうな顔で教えてくれた。
それを聞いてもう一度、ゆっくりと手を伸ばすが……やはり透明な壁に阻まれたようになる。
「あっ……もしかして……タケルが……」
俺の様子を見ていた女性は、そう言ったきり……なぜかまた顔を赤くし、もじもじとしだした。
「……なにか問題あるんですか?」
「その……きっと……タケルが……パッ…………パ、パン………………」
もごもごと言うから、うまく聞き取れない。
「すいません、もう一度お願いします」
「えっ……? そ、そんな……い、いじわるだよ! パ、パン……ッを」
要領を得ない。
「あの、もう一度お願いできますか? できれば大きな声で」
なぜか絶句し、黙り込んでしまった。どうすりゃいいんだ?
「タ、タケルがパ………………パンツはいてないからだよ!」
拗ねてるような、怒っているような声で教えてくれる。だが、今度ははっきりと聞き取れた。しかし……突拍子もないことを言い出す人だな。
断っておくが、俺はノーパンではない。ちゃんと鎧の下に下着はつけている。
「………………『貞操帯』のこと?」
しばらく考えた俺の答えに、そっぽを向いたままの肯きで返された。
なぜか拗ねてるみたいだが……俺のせいなのか?
確かに『貞操帯』のスイッチは切っている。
……女性には判らない微妙な不具合があるのだ。スイッチが入っているとその……物理的にナニが無い状態になる。女性は違和感を覚えないらしいが、男はそうじゃない。
尻尾のようにバランスを取るのに必要とまで言わないが、あのブラブラしているのが通常状態であり……そうでない状態はモヤっとするものなのだ。
だが、それを事細かに説明する訳にもいかない。微妙な空気の中、黙ってメニューウィンドウを捜査する。
無言で非難されてる気がするが……俺のせいなのか?
案内された小道――茨でアーチ状なっていた――の先に、小さな離れがあった。
もしかしたら、こちらが真の客間なのか?
まず来訪者は庭で対応し、客として認められればこちらへ案内される。そんなシステムなのかもしれなかった。
中へ入れば予想通り、来客用のテーブルが用意されている。その上にはサーコートとマントが綺麗にたたまれて積み重ねられていた。
八畳ほどの狭さだが、小ざっぱりしていて悪くない感じだ。リシアさんの趣味だろう。これなら来客者も寛げるに違いない。
……そこまで考えて、ここが『詰め所』と似たような広さであることに気が付いた。
天と地の差だ。似たような広さなのに、ここは快適な客間。『詰め所』は……混沌たる別の異世界だ。どこで差がついたんだろう?
「あっ……こんなに持てないよね。ど、どうしよう……」
依頼品の山を見て、そんな心配をしだす。小動物じみた落ち着きの無さが、こちらへも伝染してきそうだ。
その心配は必要ない。俺の方で用意はしてある。ただ――
猛烈にイライラしてきた!
いや、それは言い過ぎか。しかし、ムラムラとなんというか……叱りつけたい気持ちで一杯にさせられた。天性のいじめられっ子気質とでも言うべきか? ……お節介を焼きたくなる何かオーラのようなものを垂れ流している。
「アイテムボックスを持参したので、大丈夫ですよ」
努めて冷静を装って返事をする。
相手は秋桜とは違う。ここで説教じみたことを言い出したら変だし……失礼にも当たる。ここは我慢だ。
「あ、そっか……そ、そうだよね。無ければ持って帰れないよね」
「そんな心配より、まずは俯くのを止めましょう」と言いかけて、ぐっと堪える。曖昧な笑いで返事に代えておく。
アイテムボックスは使い捨ての収納用のアイテムだ。かなりの重量を詰め込むことができるが、制限が多すぎて使い勝手は悪い。ただ、今回のような時には必須だ。
とにかくアイテムボックスに放り込んでしまおうと思ったところで、止められた。
「ま、まって……さ、先に……し、試着したほうが良いよ」
なぜかまた顔を赤くし、モジモジしている。……やりにくいな。
まあ、それも道理ではあるし、大人しく試着をしてみることにした。
……特に変わらない。βテストの時と全く同じだ。
「はい、ちょうど良いみたいですね。見事なできばえです」
お世辞でもないが、褒め称えておくと……なぜか顔をあげて、まじまじと見つめられた。いや、目元は全く見えないから想像だが、間違いないだろう。
「やっぱりタケルは……その格好が似合ってる。か、かっこ……ぃぃょ」
よく聞き取れなかったが、どうやら褒められたようだ。
……懇々と説教をしたい気分で一杯になったが、ここは堪えるべきだ。
秋桜が相手だったら、遠慮する間柄でもない。まずは正座をさせて、小一時間ほど説教をしているところだが……我慢だ。それに――
「それに……今日はなんだか……や、優しいし……いつもそうしていれば良いのに……」
などと続けた。
「やっぱり、どこかでお会いしてますよね?」
「そんなことないよ! 今日が初対面だよ!」
例のわざとらしい裏声で即答された。絶対に違う。賭けてもいい。




