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ログインすると馴染み深い噴水広場の近くだった。
辺りをキョロキョロと見渡している大勢の人――おそらく、本日から初めるプレイヤーなのだろう――がいるし、どこかでは『大声』を使って「正式サービス開始おめでとー!」などと叫んでいるお調子者などもいた。
珍しいことに大勢のGMがあちこちにいて、何名かのプレイヤーを追い掛け回している。……追いかけられているのはエビタク達だ。あいつら、まだ懲りてなかったのか?
「ま、窓にぃ! 窓にぃ!」
「じ、GMさーん! こっちに『真祖』が! 君、大丈夫か? 深呼吸だ、深呼吸をするんだ。……アレは君が想像しているようなモノじゃない。いや、アレのことを考えようとするのはよせ! ……もっていかれるぞ!」
……新規プレイヤーがうっかりとナニかを直視したのだろう。親切なβプレイヤーが極度の混乱に陥っている被害者を介抱する光景が目に入った。
オープンβテストでエビタク達は追放し切れなかったし……どうやら正式サービス開始にともない、新たなる眷属達も顕現しているように思える。考えられることだ。
大勢のGM達が走り回っているのは――時には建物をすり抜け、空すら飛んで――不正アバター利用者の増加を水際で食い止めるつもりなのだろう。ただ――
「あ、あれは? あんな存在が……あんなモノがいるはずが……」
などと、ブツブツと呟きながら立ち尽くすGMが目に入ったから……意外とエビタク達は善戦しているのかもしれなかった。
早くも滅茶苦茶だし、エビタク達は本来の目的を見失っているとしか思えないが……なんだか嬉しくなってきた。
これが『セクロスのできるVRMMO』の世界だ。
この大騒ぎの最中でも、βから移行したプレイヤー達は平然とギルド勧誘なんぞをしている。チュートリアル担当のNPCに話しかけるべく、行列を作って順番待ちをしている奴もいた。実に自由気ままだ。
たった一週間ぶりのご無沙汰だが、帰ってきた気分になったし……『大声』で何かを叫びだす気持ちも解らなくもなかった。
とはいえ、そんな感傷に浸って大騒ぎに混ざる暇は無い。一刻も早く集合場所へ向かわねば。
そう思って走り出した瞬間、視界の隅に「プレイヤー『リルフィー』より個別メッセージが要求されています」とアナウンスが表示された。
メニューウィンドウを呼び出し、個別メッセージだけでも設定変更する。カタログで用意されているイメージアイテムの一覧からインカム型通信機を選択、そのままメニューウィンドウへ手を突っ込んで取り出す。
世界観を損なうことこの上ないが、これなら両手が塞がっていても――例えば戦闘の真っ最中だ――メッセージを受けることもできる。別にイメージアイテム無しでも良いのだが、道具を使うほうがやり易い動作というものもあるし……独り言を喋っている変な奴に見られるくらいなら、イメージアイテムを使ったほうがマシに思える。
自動着信条件や音声設定を変更し、通話用モニターを可視、非公開とセッティングしていく。あとは出現位置と大きさの変更を――
駄目だ! そんな暢気なことをしている場合じゃない! すでに集合に遅れているのだ、急がなければ!
気がついたときには、リルフィーからの個別メッセージ要求は途切れていた。
……せっかちな奴だ。まあ、急用ならばもう一度要求してくるだろう。だいたい、誰もが忙しいこの瞬間に個別メッセージ要求なんて失礼だ!
と、思ったところで「プレイヤー『アリサエマ』より個別メッセージが要求されています」とアナウンスの表示がされた。
目の前にでかでかと出現した通信用モニターをタッチして、要求を受け入れる。
正式サービス開始の楽しい雰囲気に酔っているのだろう、モニターには嬉しそうなアリサが映っていた。
「どうした? 問題発生か?」
そう言いながら、通信用モニターを脇の方へ移動させる。ついでに大きさも変更だ。
「い、いえッ! 特に急ぎの連絡は……そ、その……これからもよろしくと思って……。あっ! ……例の登録、本日からです」
照れくさそうにアリサは答えた。こういう細かい気配りが大切なのだろう。なんだか、ほのぼとした優しい気分になる。
「こちらこそ……よろしくな! それに今日からか……これは期待……できそうだな。っと……ギルドの方……あれだから……また今度に……なりそうだな」
「私もギルドの加盟手続きやらなんやらで……えっと、走っているんですか?」
「うん。……ログイン戦争に……巻き込まれたんだ。まだ……集合場所に……着いてい……ない」
VRゲームであるから、走ったところで別に息切れはしない。しかし、着地するたびに身体にかかる力みのせいで、アリサへの受け答えは途切れ途切れになっていた。
「あ、それじゃあ! と、とりあえず、切りますね。えっと、その……これからもよろしくお願いします!」
「うん……また連絡する……というか……今日は……どうなるか……解らんから……連絡して……くれ」
そう答えると、一瞬、嬉しそうにアリサはしたが……慌てて通信を終了した。走りながら話すのは大変と気を使ってくれたのだろう。
何も映し出さなくなった通信用モニターやコントロールパネルは放置し――放置していれば一定時間で消滅する仕様だ――本格的に走り出そうと思ったところで、またリルフィーから個別メッセージ要求だ。仕方が無いので通信を開始する。
「今日……俺は……ログインして……ないぞ。……なんの……用だ?」
「あ、タケルさん! 個別メッセージくらい、すぐに出てくださいよー。特に用と言うわけじゃ……まあ、これからよろしくってとこです」
なにが「これからよろしく」だ。大方、楽しそうに浮かれている連中を見て、こいつは寂しくなってしまったのに違いない。……街でクリスマスツリーを見て悲しくなるのと同じ理屈のアレだ。
「そうか……じゃあ……もう……切るぞ」
「ちょっ! まだ、なんにも話していないじゃないっすか! ……ところでタケルさん、なんでハアハアいってんすか?」
俺のそっけない態度にリルフィーは慌てたが、少し嬉しそうでもあるのが癪に障る。俺はただ単に通達しただけなのだが、奴はちょっとしたツッコミがもらえたと思っているのだろう。
「……いま……走って……んだよ! それで……なんの……用だ!」
「……走って? 急いで狩場に来ても無駄っすよ。荒野で『あかスライム』狩りしてるんですけど……凄い人の数で話にならないっす。タケルさんはどんな予定ですか? 少しレベル上げたらネリー……ウムさんと狩り行くんですけど?」
ネリウムの呼び方がおかしいのはたまにあることだ。大方、二人っきりのときは「ネリー」と愛称で呼んでいるんだろう。
前々からだが、リルフィーの奴には問い質したいことがある。自分が話している相手は、泣く子も黙る『RSS騎士団』の一員と理解しているのだろうか?
ああ、死ねばいいのに……手元が狂ったネリウムにうっかりと殺されればいいのに。
「あー……俺は……ギルドの……用事が……あるから無理だな。それより、狩りに行くなら『ゴブリンの森』はやめろ。理由は言えないが駄目だ。俺でも庇いきれん。もう少ししたらアリサの手が空くはずだから、誘ってやってくれ」
思ったより早く身体が重くなった。理由は走った疲れの再現だ。『体力』を一つ下げたからか? しばらくは歩くしかない。
「またギルドっすかぁ? 『ゴブリンの森』より、荒野の奥へ行って『コボルト』狩ろうかと……上手い人集めたいんですよね。アリサさんにはネリウムさんから連絡いくんじゃないかな? でも、俺からも誘っときますね。カエデさんは?」
さらっと「『コボルト』狩り」などといっているが……さすが廃人ではある。俺だったら初期装備では挑みたくない難易度だ。
「カエデは初日がどうしても無理だって言ってたな。なんでも普通と夏休みの開始が違うとかなんとか」
まん丸にふくれてるカエデの顔が思い出された。……とても可愛い!
せっかくの初日にログインできないのは残念だが、リアルの都合では仕方が無い。リアルよりゲームを優先するのはリルフィーだけで十分だ。
「ありゃ……そりゃ残念ですね。あっ! やっと『あかスライム』発見! それじゃ、また連絡します!」
リルフィーはそう言うと、一方的に通信を終えた。失礼な奴だ!
ついでに通信用モニターに表示された一覧を確認する。そこには登録したプレイヤー名が並んでいるし、いまログインしているかどうかも一目瞭然だ。アリサエマやネリウム、リルフィーの名前は明るく、ログインしていないカエデの名前は暗く表示されている。
まずい! 『RSS騎士団』のめぼしい奴らはほとんどログインしている! 急がないと大遅刻だ!
……もちろん、監視対象のプレイヤー名も暗く表示――ログインしていないことが確認できた。陰湿な行為と自覚はしているが……必要なことだ。