収穫――1
「これ……どうしたんだ?」
書類棚を楽しげに整理するカイに問い質した。
「……むしろ説明を聞きたいのはこっちですね。グーカが提出してきたんですが……誰です、そいつ?」
俺の机の上には、ある男の『アヘ顔ダブルピース』のSSが置かれていた。全部で三枚だ。背景――つまり横たわる地面が全て違うから、別々の場所や時間に撮影されたものだろう。名前は確か……『闇の剣・なんとか』というPKKか。
「なるほど。グーカはかなり頭にきてたからなぁ……。適当なところで切り上げさせればいいだろ。PKを仕掛けてきたのは、事実だしな」
これはグーカ流の、俺に対する『オトシマエ』だろう。
こんな写真でも三枚並べると面白い。モデルの内面がハッキリと写し出されている。時系列順にタイトルを付けるのであれば……『驚愕』『苦渋』『諦め』といったところか?
「SSといえば……隊長がソロで処分したリア充……女の方はどうしたんです?」
「そ、それはだな……その……逃げられたんだよ」
カイの疑わしそうな視線に晒された。
「そうなんですか? 私はまた……知り合いか何かで……女の方へは手心を加えたかと」
鋭い。顔を立ててやったのはジョニーの方だが――恋人と仲良く討ち死にするくらいなら、恋人を守って果てるほうがましだろう――そうとも受け取れる。
「う、うるせえな! 男の方は証拠SS撮ったんだし、最低限の面目は保てただろうが。まあ……団長か副団長に、カイから報告しとけ。俺に任務怠慢の疑いあるってな。……それは必要だ」
「はい、はい……上手く誤魔化しておきますよ」
カイは肩を竦めて答える。嫌味で勝てる気がしない。
「それにしても……その書類棚……大きすぎないか?」
「これでも必要最低限なんです。我慢してください。重要書類だけでも、保管場所を作らないと……」
ムッとした顔で言い返された。その背後では、カイを手伝っていた別のメンバーが曖昧に笑っている。
『詰め所』の一角は、カイが段取りした書類棚に占拠されてしまった。そこへ嬉々として書類を詰め込んでいる。まあ、それはいい。俺にも嬉しい気持ちは良く解る。
これまで重要書類は、常に誰かが所持していた。
だが、それでは何かを知ろうとするたびに、いま誰が持っているのかを調べることになる。保管用の目録を作ろうとも……その目録の所持者探しになるだけだ。
仕方がないので、一部は占拠している宿屋に置いておくのだが……これもまた、頭痛の種だった。
臨時メンテがアナウンスされると、上を下への大騒ぎになる。運良く――もしくは運悪く――ログインしているメンバーで、片っ端から回収しなくてはならない。放置したままだと消えてなくなってしまうからだ。もちろん、臨時メンテ明けには、いくつもの書類が迷子になっている。
「……カイ、『手引書』が足りないぜ?」
「僕もさっきから探しているんですけど……」
「『手引書』は数が合わなかったらまずい。もう少し探しましょう」
「そうなのか? いくつか処分するって聞いてたぜ?」
不安になりそうなことをメンバーが囁きあっている。案の定、早くも『いままで発覚してなかった』迷子の発覚だ。
「すいません、騒がしい感じで……」
「いや、かまわんよ。僕も同じ仲間だったんだ。書類には苦労させられた……早くも懐かしいが」
コーヒーを啜りながら、遊びに来ていた『教授』が答える。
結局、『教授』は正式サービス開始後、『RSS騎士団』には参加してくれなかった。
仕方がないとも言える。元々、『教授』は大義に関心がない。どころか、実は少し否定的だったりする。システム解析も一段落付いた今、参加する意義を感じてくれなかったのだろう。
その姿を見て、不思議な思いに囚われた。『教授』に、ではない。MMOというゲームの不思議さにだ。
例えば『教授』はレベリングには全く興味がない。レベル上げは必要に迫られた時だけやる。その辺はヴァルさんやディクさんも、似たようなスタンスだ。
ラーメン屋へ行って、ラーメンを食べないようなものだが……そんなのはMMOでは珍しくもない。よくあることだ。
『教授』はシステム解析を楽しみたいのだし、しばらくは変化もなさそうな現状では……遊ぶ価値すら無いらしい。もはや引退も同然、ログインも極端に少なくなっている。
様々な人が、思い思いの方法で楽しむ。
冒険や強さの体感、新しい交友、創作や商売……実に様々だ。完全に同じ目的で遊んでいる者など、ほとんどいないのではないだろうか。そう考えると、MMOとは実に不思議で、奇妙なゲームだ。
「しかし……独特な感じの部屋だね」
辺りを見回しながら、『教授』が面白そうに言った。
もはや部屋の風景は混沌と化していて、赤面する気すら起きない。
俺の背後の頭上には、横長の大きな額縁が飾られている。そこへ墨痕鮮やかに書かれた文字は『世界を清浄化してやる』だ。
……世界の前に、この部屋を掃除するべきだろう。
かと思えば、俺の机の上にはいくつもの『ぬいぐるみ』が鎮座している。これは俺やリルフィー、アリサ、ネリウム、カエデなどがデフォルメされたものだ。最近、カイが追加されたから……まだまだ増える予定だと思う。
で、その隣りには木彫りの熊と大きな『王将』の駒。壁には提燈とペナントまで飾ってある。これはリルフィーが持ち込んだのか? 絶対に勘違いしてやがる。
貼り付けてある写真も順調に増殖中で、いまや壁にまで進出中だ。
もちろん出窓には、ピンクの花柄でレースがヒラヒラのカーテン。花瓶に花なんかも生けられちゃってたりして、そこだけ見れば完璧だ。……そこだけなら。
よく理解できない物もあちこちにあるし、まだ発見していない物もあることだろう。
なぜメンテナンス毎にありとあらゆるものを消去処分するのか、身に染みて理解できた。そうでもしなければ、これが世界中に溢れかえる!
「これでもアリサが頑張って片付けてくれてるんです。ただ、もう……俺は諦めました。……らしくて良いんじゃないですかね」
アリサは我慢強く戦いを継続している。しかし、完全敗北する日も遠くないだろう。
俺の答えに『教授』は人の悪そうな笑いを漏らした。そして――
「やはり、君達は面白い。このゲームは、僕にとっても特別だったけど……それを抜きにしても、顔を見せに来た価値があったよ」
鬱屈した何かを振り払うように言った。
「いまは……なんだかっていうゲームの、βテストに参加中でしたっけ?」
「二番煎じだよ。新型アバター対応の国産二号というわけだね。ありふれた和物の……まあ、それは別に良いんだが……」
和物というと、日本を題材としたMMOということか? それよりも、『教授』が不満そうなのが気になる。
「……面白くないんですか? 俺達の立場では……新しいゲームにプレイヤーを取られるのは、好ましくないですが……」
「いや。システムは面白い……というか、かなり独創的で興味を惹かれたよ。……ここでとは違って一人で調査だから、なかなか解析は進まんがね。そんなことより――荒れているんだよ」
『教授』は溜息を付くように漏らした。
「荒れてる? でも、βテストなんて……多かれ少なかれ――」
「いや、ゲームとして荒れるのは良いんだ。君達も暴れまわっていたが……ゲームの範疇だろう? あちらでは誰も真面目にプレイしてないんだよ。その……君達が目の敵にするようなことに熱中していて。……意外と君達は、いわば必要悪のような存在なのかもしれないね」
考え込むように説明してくれた。
しかし、『必要悪』などといわれても……褒められてんだか、批判されてんだか判りやしない。だが、これはチャンスだ。
「どうです? 戻ってきてくれませんか? 『教授』ならいつでも歓迎しますよ。ギルド所属に抵抗がおありでしたら……この部屋を研究室にしてもらっても良いですし」
だが、俺の腹を読んだ『教授』は苦笑いをした。
「まあ、考えておくよ。それに……このゲームは大型アップデートをする頃まで生き残りそうだからね。その時は微力ながら手伝わせてもらうよ。アカウントも残しておくし……浦島太郎にならん程度には、様子も見に来るつもりだったしね」
そう言って『教授』は、先ほどまで目を通していた報告書を取り上げてみせる。
やはり、侮れない。ゲームが死ぬ――MMOのサービス終了までが、視野に入っているなんて……俺には到達できない境地だ。
「それより、いいのかい? 約束があるとか言ってなかったかい?」
「あっ! そうだ! なぜか今日に限って約束があるんですよ、それも二件。すいません、せっかく来ていただいたのに」
「気にしないで……僕はもう少し書類に目を通させてもらうよ。構わないよね?」
「それはもちろん! カイ、後のこと――」
カイの注意を書類棚から引き戻す。
「了解です。それと隊長、『モホーク』への対応はどうするんです?」
「あー……奴らは監視リスト入り。でも、直接行動は控えて。情報収集に重点を置く」
「……意外に慎重ですね」
「あいつら……こちらが反応したら、それを喜びそうだ。遊び相手にされたら癪だしな」
カイは何度か肯くようにして、考え込んでいる。
これで直接接触していないカイにも、多少は伝わっただろう。奴らは愉快犯に近い感じがする。抗争に発展させたところで……愉快なイベントと考えるかもしれない。
「やべっ! もう時間が! それじゃ、俺はこれで行くから! 『教授』! また来てくださいよ!」
そう言い残し、俺は『詰め所』を後にした。




