パトロール――5
「まず、俺が話す。俺が良いというまで、お前らは指一本たりとも動かすな。それを守れない場合は……お前ら二人を的に掛ける。……意味は解るな?」
俺の言葉に、二人の顔色が変わった。
『的に掛ける』とは、ゲームを引退するまで標的にするという意味だ。
『RSS騎士団』クラスの大手ギルドに狙われたら、個人では逃げようがない。かといって、対立覚悟で保護してくれるギルドの伝も無いだろう。つまり、引退するしかない。
「いまから喋るのは独り言だ。意味は勝手に考えろ。これから俺は、お前らを懲戒する。まあ、平たく言い直せば、ぶっ殺す」
二人は驚いて何か言い返そうとするが、それは好ましくない。議論をするつもりは無いからだ。
「まだ独り言の最中だぞ? べつに始めても構わんが……最後まで聞いてからの方が良いかもな」
それで二人は大人しくなった。赤子の手を捻るようだが……まあ、踏んだ場数が違いすぎるか。
「別にリア充だからといって、二人とも殺さなくても……一人は『翼の護符』を使用して経済的損失。もう一人は懲罰で死亡。以後、ふしだらな行いをしそうもないほど反省した。それが達成できれば……俺的には及第点だな」
二人はきょとんとした顔をしてやがる。
これは……駄目かもしれない。だが、譲歩案は提示したのだし、それを生かすも殺すも二人の問題だろう。
「ど、どっちが殺られるか選べってのか!」
「おい、おい……他人の独り言に質問するなよ。まあ、特別に答えてやる。俺は二人が相手でも構わない」
それでジョニーは状況を理解したようだった。
「俺が戦う。さやタンは逃げろ」
「ジョ、ジョニー! あ、アタシが戦うよ! アタシの方がレベル高いんだし――」
「……さや、男に恥をかかすなよ。お前のことは俺が守る。どんな時もだ。ほら、早く『翼の護符』を使え!」
「えっ? そんなのやだよ……それに『帰還石』しか持ってない……」
「くっ……おい、確か……タケルって言ったな。『帰還石』じゃ駄目か?」
とんでもないことを要求しやがった。世話の焼ける奴らだな!
「駄目だな。だがまあ……他人の使った『帰還石』と『翼の護符』は区別がつかないな。しかし、『帰還石』は戦闘中に使えないんだから、誰かがテレポートしたら……それは『翼の護符』だろう。……言っておくが、これは最後の独り言だぜ?」
「ど、どうしよう……ジョニー、こうなったら一か八か二人掛りで――」
うん、さやなんとかは全く理解してないな。駄目かもな、こりゃ。
「いいから、この『翼の護符』を使え!」
そう言って、ジョニーは手に持ったものを、さやなんとかの手へ無理やり持たせる。
うん、明らかに『石』だな。こう……もう少し、俺に見えないようにするとか……その……配慮はできないものか。
「えっ……でも……これって……」
「良いから! これは『翼の護符』だから!」
「でも、それじゃあ、ジョニーは独りで――」
「さや……おめえは俺の女なのに、俺が任せろっと言ったのを――俺の勝利を信じられねえのか?」
「……ごめん、ジョニー。アタシが間違ってた。勝つよね?」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってんだ? 早撃ちジョニー様だぜ? ……ほら、良い子だから――」
「うん。街で待ってる…………発動、『帰還石』」
……そうハッキリと発声されると困るんだよ。もう少し小声にするとか……なんというか……ぼかせないものか。
かなり不満の残ったが――さやなんとかも、俺もだ――さやなんとかの身体は光に包まれて消えた。
「手間ぁ掛けさせちまったな」
「こっちも『禁珠』を使わないで済んだからな。値段もあれだが……色々と面倒なんだ」
ジョニーの謝罪を適当にいなす。……感謝されることなど、何一つ起きてないはずだ。また、そうでなくてはいけない。
それに高価なのも、面倒なのも事実だ。
『禁珠』は欲しければ好きなだけNPCから購入できるが、使うたびに死亡ペナルティを科せられる。死亡ペナルティを解消するまで『禁珠』を使えなくなるのも厄介だ。
それでも『護符』を使用禁止にしたり、『回復薬』を無効にしたりは強力だし、他に代替手段も無い。対人戦では肝になりがちだ。
「……一つ借りにしておくぜ」
そう言いながら、ジョニーは剣を抜いた。
「社会人は大変みたいだな。それより……剣でいいのか? 早撃ちジョニー様なんだろ? べつに飛び道具を使っても構わないぜ?」
親切で言ってやったのだが、なぜかジョニーは顔を真っ赤にした。
「お、俺が早かろうと、遅かろうと、お前に迷惑は掛けないだろうが!」
「………………もしかして、あっちの早撃ち?」
「お、男は回数勝負だ!」
……恥ずかしいなら言わなきゃ良いものを。
「まあ、そっちはリアルで励んでくれ。……遠くて大変みたいだが。まあ、狩場で盛っちゃまずい。それは理解できるだろ?」
「……お前達が『宿屋』を占拠しているからだろうが!」
肩をすくめて返事に代える。
「大事なことを聞き忘れたんだが……べつに勝ってもいいんだよな?」
不敵に笑いながら、ジョニーが確認してきた。
これは自信過剰などではなく……反骨精神とか、その類の気持ちの表れだろう。
その言葉で、少しやる気が出てきた。負けるつもりで戦う奴は、相手にしても面白くない。下手をすると、弱いものイジメにもなる。
ただ、意気込みは買うが、やる気や根性ではどうにもならない差があった。
ジョニーは間違いなく週末プレイヤーだろう。
平日はほとんどログインできず、遊べるのは週末だけ。その週末も仕事によっては一日しかなかったり、潰れて無くなってしまったりのはずだ。
おそらく、俺はジョニーの十倍ログインしているし、レベルに至っては倍近くの差だろう。装備も天と地の差がある。これで苦戦するようでは……クソゲー以前のバランスだ。
「……もう一つだけオマケしてやる。お互いに『回復薬』なしでも良いぜ? アンタが同意するのなら」
「なにがオマケなんだよ! そんなの不利になるだけだろうが!」
「そうか? 『回復薬』があった方が有利なのは、俺だぞ? それに……『回復薬』ありだと……手持ちの『回復薬』を全部使い果たすことになる。ジョニー、そんな出費に耐え切れんのか?」
ジョニーは隠れていた代償に思い当たったようだった。図星を突かれた顔をしている。
『戦士』同士が戦うということは、結局はお互いの『回復薬』の削りあいだ。つまり、負けた方は手持ちの全てを使い果たすか……途中で負けを受け入れるしかない。
「……そこまでしてもらう義理が無い」
「俺も『回復薬』代をケチりたいんだ」
「それじゃあ、お前……いや、タケルが困るだろ」
「そうでもない。死亡ペナルティを噛み締めさせて、反省させられれば十分だ」
ジョニーは複雑な顔をしていた。
実はジョニーにとって、死亡ペナルティは重いものではない。
死亡すればレベルに応じたペナルティとなるが、その単位は『秒』だ。その科せられた時間の間、色々な制限――例えばレベルアップができなかったり、一部アイテムが使用不可などの罰が下される。
俺みたいな毎日ログインしているプレイヤーには不都合すぎるので、経験点や金貨を支払ってペナルティを解消させるのが一般的だ。
だが、ジョニーはそんなことをする必要がない。何もしないでも来週になれば、死亡ペナルティの時間は終了している。
地味にライトプレイヤー保護のルールなのだが、それが引っ掛かっているのだろう。敵の事情を思いやってしまうとは……人の良い奴だ。
「ところで……俺も大事なことを聞き忘れていた。ジョニー……『アヘ顔ダブルピース』と『安来節』のどっちがいい?」
「な、なんなんだよ、いきなり!」
「いや、もちろん……死体SSとして『RSS騎士団』のHPに載せるときの話だよ。ただSSを撮るだけじゃ芸が無いし……『教訓』にならないだろう? それで色々と化粧してから撮ってんだ。心配するな。俺は上手い方だぞ?」
自分の未来を説明されて、ジョニーは事態の深刻さに気がついたようだった。相当に焦った顔をしている。
「な、なんなんだ、そりゃ! いや、説明しなくてもいい! なんだか解らねえが、俺は絶対にそんなSSを撮られねえからな!」
「やる気でたか? まあ、勝てば撮られないで済む。……勝てばな」
「こ、この野郎っ……!」
「さっ……そろそろお喋りは止めて……力でケリをつけよう」
俺も剣を構える。それを合図に、俺達は戦いを始めた。




