パトロール――4
案の定、一組の男女が茂みに隠れている。俺達の斥候役か『モホーク』の奴らを先に発見し、隠れることにした……大方、そんなところだろう。
ただ、俺がまだ残っていることには、気づいていないようだ。バレないように、そーっと覗いてみると――
男の方が女に伸し掛かるようにして、その豊満な胸を揉みしだいていた!
これは……なかなか……勉強になりそうな……。
どうしよう?
こいつらがリア充のカップルなら、出てくるように言ってもいい。問答無用で斬りかかるのも手だ。
だが、間違っていたら、悪かったでは済まない。ここは慎重を期して、もう少し観察してから判断するべきだろう。……それが合理的な判断というものだ。
「もう、なんでいつも、おっぱいばかり揉むの?」
やや機嫌の悪そうな声で、女が問い質している。多少抗っているようだが、本気ではない。胸を触る男の手を抓る程度だ。
……この声、聞き覚えがあるような?
「なに言ってんだよ、おっぱいは男のロマン! おっぱい・イズ・ゴッドだぜ?」
けだし名言だ。
俺の爺さんや曾爺さんも、同じようなことを言っていた。生々しくて聞いてないが、親父だって似たようなもんだろう。俺も直接触る秘蹟に与れば、こんなことを言い出すのかもしれない。
その星の住人でなくても、喧嘩することはないのだ。皆がおっぱいを好きなのだから。
……しかし、この声も聞き覚えがあるような?
「もうっ! 話の途中だったじゃん! それにアタシとおっぱい、どっちが好きなの!」
「な、なに言ってんだよ! お、お前のおっぱいだから好きなんだ! さやタンのだからに決まってるだろ!」
……俺はこの二人と会ったことがある。βテスト初日のことだ。忘れようも無いインパクトがあった。
男の方はジョニー。下膨れのニキビ後が目立つ、虎の獣人だ。
女の方はいまジョニーが言ったように、さやタ………………さやなんとか。
いまだに珍しい小太りのエルフで……真っピンクの視神経を刺激する髪も健在だ。
胸にばっかり視線が行ってて、まるで二人のことに気が付かなかった。あれ以来、会ってなかったとはいえ、見知った相手に気が付かないとは。……やはり、おっぱいの吸引力は侮れない。
そして、とても苦い気分になった。
いや、さやなんとかやジョニーに落ち度は無い。これは多分、俺の問題だろう。
人によると思うのだが……俺は知人の……なんというか……性的な関係を見たり聞いたりするのが苦手だ。二人が全く知らない相手だったら、遠慮なくリア充の生態調査に役立てたに違いない。
研究はこの程度に切り上げて、サッサッと対処してしまおう。そう決断したところで――
「話が終わるまで、おっぱいは御預け! ……なんで週末、来てくれなかったの? もう、さやタンのこと愛してないの?」
と、さやなんとかはジョニーの手を、やや強引に払いのけた。
……風向きが変わってきた。どうやら痴話喧嘩が始まるらしい。もう少し様子を見るか?
「悪かったよ……でも、さやタン……あの日は残業が長引いて……終わった時にはリニア新幹線の終電が過ぎてたんだよ……」
「また仕事なの? 仕事、仕事って……仕事とさやタンの、どっちが大事なの!」
「もちろん、おっぱ――さやタンだぜ? 決まってるじゃないか、ハニー?」
危ういところで、ジョニーは模範解答を答える。
しかし、『私と仕事、どっちが大事?』なんて、実際に聞けるとは思わなかった。少し、ジョニーに同情してしまう。
全く違うものを比べるなんてナンセンスだ。
「犬と猫、どっちが好き?」と聞くのと変わらない。犬には犬の、猫には猫の良さがある。本当は「犬も猫も好きだ」と答えても良いのだ。そう、犬と猫の両方を独占してしまっても、俺が幸せにさえすればそれで――
「そうだ! ジョニー! 車を買おうよ! そしたら残業で遅くなっても、アタシに会いに来れるよ! やったね!」
「へっ? いや……車で行ったら……明け方までドライブすることに……徹夜で運転はちょっと……帰りも同じだけかかるし……」
「左ハンドルが良い! 左ハンドルの車! この前、エミの彼氏が乗せてくれたんだけど……ちょー腹立つ! エミの彼氏に負けない車! じゃないとアタシ、別れるから!」
「いや……エミさんの彼氏って金持ちのボンボンじゃないか……あれ、親に買ってもらったんだろ? ちょっと俺は……まだ車なんて無理だよ……。機嫌直してくれよー。来週は必ず、来週は必ず会いに行くから!」
「やだ! だいたい、今日はレベル上げするって言ってたじゃん! それなのにおっぱいばっかり揉んで! ジョニーのレベルが上がらないと、いつまで経っても『ゴブリンの森』なんだよ? この前、アタシがジョニーに会いにいった時だってそうじゃん! あの時に見つけた名刺のこと――」
まずい。俺がちょっと考えごとをしている間に、ジョニーが絶体絶命のピンチだ。
「よーし、そこまでだ。その茂みに隠れている二人、大人しく出てこい。俺は『RSS騎士団』所属、タケル大尉だ」
そう命令して、無理やり痴話喧嘩を止めさせた。……甘いか?
「ジョニー……どうしよう……『RSS』だよ……」
「し、心配するな! 『RSS』と言ったって……相手は一人みたいだ。とにかく、俺の後ろに隠れろ」
腐ってもMMOプレイヤーらしく、二人は茂みから飛び出てきた。
ジョニーに助け舟のつもりで、思わず声を掛けてしまったが……どうしたものか。
実際、あのまま放置して、決定的な結末になるのを傍観していても良かった。ただ、なんというか……。
それに二人は意外にも、『正しいカップル』なのだろう。
リアルで恋人同士、ゲームでも固定ペアを組んでいるだけ。そんな関係は珍しくもない。さらに遠距離恋愛らしいから、逢瀬の場所としても利用しているののか?
普通に考えたら、この後、二人は俺に殺される。これは確定事項に近い。
『翼の護符』を持っていようとも、使用を封じる手立てはある。二対一でも、俺の方がレベルは高いだろうし、経験だって豊富だ。万が一にでも遅れは取らないだろう。
しかし、溜息が出てきそうだ。
多少の説教じみたことをして解放。それで済ますこともある。
だが、俺しかいない以上、そうはいかない。なにより、先生方の言葉を思い出してしまった。
「ズルをするなとは言わない。でも、ズルをする時は、隠れてやるな。堂々とやれ」
この言葉は正しい。隠れてやらないのであれば、どんなにあくどいことをしようとも……胸を張っていられる。誰よりも自分自身に対してだ。
ジョニーに同情して手心を加えてしまえば、俺は俺に対して後ろ暗くなる。誰か他の団員がいるなら、見逃すこともできた。「うるせえ、可哀想だと思ったんだ」で済む。
結果、批判もされるだろうし、処分だってありえる。でも、堂々と行うのであれば、俯かなくてもいい。
しかし、誰も見ていないからと、それを行ってしまったら……。
規律に則った対処するしかないだろう。形ある戦果を……少なくとも二人のうち一人には、死んでもらわなければならない。
意を決して、俺は二人に話しかけた。




