パトロール――3
原色だ。そいつは赤、青、黄と、原色をふんだんに使った鎧を着ていた。
なぜかきびきびと、ポーズを決めまくるが……まるでラジオ体操の模範みたいだ。なんなんだ、こいつは?
「悪に倒されし魂の慟哭に導かれし男! 俺は貴様ら悪を許さない!」
などと口上を述べてくれた。
暢気な奴だが、解りやすい。そこだけは評価しよう。
「誰が呼んだか『闇の剣・シャイニングダーク』、ここに見ざ――」
そこまでしか続けられなかった。頭を押さえ、しゃがみこんでしまったからだ。
しかし……いまの抜き打ちは、我ながら見事に決まった。抜刀までの流れといい、踏み込みといい、全てが百点満点だ。
「た、隊長?」
なぜかグーカが信じられないものを見る表情をしている。
「……なにぼんやりしてる? サッサッと畳んじまおう。後がつかえてる」
そう言っても、口をあんぐりと開けたままだ。どうしたのだろう?
「ひでぇ……口上の最中に斬りかかりやがった……」
「ああいう時って……見てなきゃ駄目……なんだよな?」
『モホーク』の奴らは、そんな温いことを言っている。
誰なんだか知らないが、俺達を「悪」と呼び、「許さない」とも言うんだから、こいつは敵で決まりだ。
「なにしてんの? ほら……いまがチャンスだ。全員で取り囲んで、ボコボコにするぞ」
なおも促すと、ようやくメンバーが動き出してくれたが……それをグーカが押し止めてしまう。
「隊長……それはいけません。そいつはやっちゃいけないことなんでさぁ」
「いや……でも……どう考えても……こいつ敵だよ?」
「仰る通り! 仰る通りでさぁ! でも、ここはあっしの顔を立てると思って!」
あまりに奇妙なグーカの振る舞いに、思わずリンクスを見やる。
リンクスは俺の視線に気がつくと肩を竦め――
「グーカはこういうの好きなんだよ。前の時も、最後まで口上を聞いてから対処してた。ああ、もちろん規律に則って倒したよ?」
と説明してくれた。
「ささ、続けておくんなせえ、ヒーローの方!」
グーカの妙なとりなしを受け、『闇の剣・シャイニングダーク』はよろよろと立ち上がった。……意外とガッツのある奴だな。
「ヒーロー? 違うな……俺は正義じゃない。俺もまた悪! 悪を倒す悪! PKを殺すP――」
また、そこまでしか言えなかった。腹を押さえて呻いているからだ。
……いまの突きはいまいちだった気がする。踏み込みが甘かったような。まあいい。そのまま腹に突き刺した剣を捻る。
「よし、いまだ! みんな殺っちまえ!」
なぜか情報部のメンバーは、俺とグーカを交互に見比べていた。
「隊長! いけません! ここは我慢を!」
グーカに至っては体を使って、俺を押し止めようとする。
「いや、いま完全にPKKを名乗ろうとしただろ? 処理対象だぞ、こいつは!」
「そこを! そこを何とか堪えてつかぁさい!」
まるで聞き耳を持ってくれない。
PKKとはPKのK――プレイヤーキラーのキルまたはキラーの略で、プレイヤーキラーキラーだ。この追加のKは、存在する限りPKKK、PKKKK、PKKKKK……と何個でも続けられる。
そして『RSS騎士団』はPKKに大人気だ。
俺達がPKギルドに分類されるのは認めよう。しかし、気楽にPKKの相手として選ばれるのには、我慢ならなかった。
俺に言わせればPKKやPKKKも、さらにいくつKが付こうが、全てPKでしかない。むしろ「PKだから殺しても良い」という区別に偽善を感じる。
PKする楽しみだけが目的で、その責任までは負いたくない。だからPKを狙う。そんな風にしか思えない。単純な利害関係による動機の方が、よっぽど納得できる。
「あー……隊長はPKKが嫌いなんだっけ? でも、グーカも……相手に口上があれば、全て聞いてから倒す主義なんだよ。これは困ったな……」
リンクスはそんなことを言ったが……理解できなくもない。
俺達『RSS騎士団』のメンバーは全員、どこか歪だ。真っ当じゃない。
それなのに主義やスタイル……そういったものまで曲げてしまえば、無茶苦茶になってしまいそうな予感がある。
諦めて剣を引き抜き、地面に突き立てた。
「グーカに任せる」
PKKの処理手順ぐらい、譲ることはできる。グーカの中にある大切な何かを、曲げさせてまで主張する価値は無い。
「隊長!」
それだけでグーカは大喜びだった。まあ、帳尻さえあえば問題ないだろう。
「……いい話……なのか?」
「誰だよ……アイツは比較的話ができるって言った奴……ただの殺人狂じゃねえか……」
「凄いな……本域の攻撃でツッコミ……それも天丼だぜ? ハンパねぇ……」
完全に外野状態の『モホーク』の奴らは、そんなことを言い合っている。……自由だなんだと言う割には、気の小さい奴らだ。
だが、そんな話をしている隙に、『闇の剣・シャイニングダーク』は手に持った玉のような物を地面に叩きつけた。
地面に当たった玉は割れ、煙が立ち込める。忍者漫画などでお馴染みの、煙玉だ。
そんなアイテムは実装されていない。実装されていないが、何かを流用してでっち上げることはできる。また、意外とシステムにない戦術は盲点となり、相手の意表を突きやすい。
事実、目眩ましとしては有効とは言えなかったが、何が起きたか咄嗟に判断できなかった俺達は十分に驚いた。
その隙に『闇の剣・シャイニングダーク』は脱兎の如く走り出している。
「あっ! この野郎、卑怯だぞ!」
慌ててグーカが追いかける。
まあ、『口上は聞く』という筋は通したのに、この振る舞いは勘弁ならない……そんなところだろうが……。
「何人かグーカについて行け!」
素早くリンクスがメンバーに指示を下した。
妥当だ。この状況で単独行動はまずい。反応した何人かが走り出す。
それはいい。それはいいが、しかし……残された俺達の微妙な空気といったら。
「チッ……なんだか白けちまったな。おう、お前ら、帰ろうぜ」
モヒカンの奴も、そんなことを言い出す。
「へーい……」
『モホーク』の奴らも返事をして、立ち去ろうとする。それに便乗したのか、カップル――灯と男も走り出した。
……あれ? 灯の走り方……おかしいぞ? いや、おかしくない。完全に『正常』だ。しかし、そんなはずはないのに。
「……えっと……いいの、隊長?」
おずおずとリンクスに話しかけられ、引き戻された。
「良いわけないだろ! 追いかけるんだよ!」
「えっと……誰を? グーカを? それともリア充? それともモヒカンの奴ら?」
「全部だよ!」
「りょ、了解! 全員、俺について来い!」
リンクスの号令に情報部のメンバーも走り出す。
「ヒャッハー! 楽しい鬼ごっこの始まりだぜぇ!」
だらだら歩いていた『モホーク』の奴らも、走って逃げ始めた。……あいつら、心の奥底から楽しんでやがんな。
そして、俺だけがその場に残された。
多少、八つ当たりだったのは認める。しかし、だからといって……指揮官を置いてきぼりは、ないんじゃないだろうか?
なんだかガックリと疲れた。
完全自由を謳う奇妙なギルドに、頭のおかしいPKK野郎……事後処理を考えたら、頭痛がしてきそうだ。
しかし、こんなところで落ち込んでいる訳にもいかなかった。
完全にバラバラになってしまっているから、とりあえず再集結させなきゃならない。単独行動になったグーカも心配だし、まずはメンバーの状況確認からか。そんな風に考え出していたら――
「……大丈夫だ。奴ら行っちまったみたいだぞ」
「マジぃ? っていうか、ここ狭いー」
「ちょ、ちょうど良いじゃんか。ここで、このまま……」
「あ、まだ話の続き……手つきがエロぃ……まだ、駄目ぇ……」
という会話が、茂みの中から聞こえてきた。
なんて羨ま……もとい、けしからん! こいつらは『RSS騎士団』が敵対するリア充に間違いない! すぐに対処せねば!
……だが、敵の状況を把握しないで攻撃は愚策だろう。まずは偵察するべきだ。
俺はコッソリと茂みの様子を覗いて見ることにした。




