『アキバ堂』見聞録――6
そこは注文通りの部屋だった。
八畳ほどの狭い部屋だ。出払ってしまっているのか、あいにくと誰も居ない。
俺の注文は『貧乏な探偵事務所みたいな感じ』だったが……二人掛けのソファーが一つ、一人掛けのソファーが二つ、小さなテーブル、そして大きめの机が、部屋の隅に寄せてあった。まだ家具は足りないが、残りは後で揃えれば良いだろう。
「ここは?」
カエデに聞かれて気がついた。そういえば、この部屋の名前を決めてない。
「あー……『詰め所』でいいや。いま決めた。ここは『詰め所』だ」
「……『番長連合』の部屋なの?」
そう聞かれると悩む。
名義的には『妖精郷』ギルドの所有だ。
しかし、資金は情報部から出ている。だから情報部所有でも間違いじゃない。
ただ、投下した資金も、いずれは家賃収入で回収される。
また、『RSS騎士団』にも秘密の場所だ。団長と情報部の限られたメンバーしか知らない。反対者の目から隠すには、そうするしかなかった。
店舗を確保した目的は、ギルドホールに代わる施設を『HT部隊』へ提供だ。
『HT部隊』だけがギルドホールで割を食う。部屋すら割り当てられない。そんなのは同じ仲間として看過できなかった。
つまり、なぜかネリウムが入っていった部屋は、『HT部隊』の所有物といえる。というよりも、二階の大部分はそうだ。
この部屋は有っても無くても、どちらでも良かった。
ただ、情報部が全く利益を得ないのも問題が残る。それで形式的に一部屋だけ貰った。それがこの部屋だ。
「そう聞かれると違う気がする。色んな事情が重なって生まれた隙間。それを俺が管理している感じだな」
「じゃあ、タケルの部屋なの?」
それは言い過ぎだと思う。
将来的に情報部独自のギルド外協力者へ提供したり、密会場所なんかに利用するとは思っている。だから俺の部屋ではない。
この部屋はなんなのか?
その単純な質問は難しかった。なぜか凄く大事な質問に感じたからだ。
「俺の仲間の部屋……だな。この部屋には、俺の仲間しか入れない。だから、ここは俺の仲間の部屋だ」
しばらくカエデは俺の返事を考えていた。
「あれっ? それじゃ……ボクもこの部屋を使っていいの?」
「もちろんだぜ? だから連れて来たんじゃないか」
「タケルさん!」
リルフィーだけが大喜びをしている。
ネリウムはともかく、カエデとアリサは『正式な本拠地』の価値にピンとこないのだろう。喜んではいるが、リルフィーほどじゃなかった。
「抱きつくな!」
「で、でも……俺達……もう根無し草じゃないんすよ!」
気持ちは解らないでもない。『最終幻想VRオンライン』にいた頃、俺達二人に帰る場所なんて無かった。
「喜びすぎだ。ここは仮住まいみたいなもんだからな。本拠地が欲しかったら、自分で買え」
どこまで行っても偶然に出来た隙間だ。偶然に消えてしまってもおかしくない。
「……小さくとも一国一城の主でありましょう。おめでとうございます」
ネリウムが厳かに祝福してくれる。やはり価値の判る人だ。
「リーくんもタケルさんを見習って、小さくとも自らの城を持つ。そのような男であって欲しいと思います」
そんな風に力説して締めた。
しかし、無茶を言う。ギルドホールや店舗を確保できるプレイヤーなんて、全体の一パーセントにも満たない。言葉は美しくても、完全に無理難題だ。
「いや、でも、ネリー……さすがに個人でギルドホールの所有は……」
「小さくとも良いのです! 小さくとも!」
なおもネリウムは、へどもどしているリルフィーに詰め寄っていた。
……小さい、小さいと連呼しないでもらえないものか。たった八畳ほどだが、この部屋は大量の資金と膨大なコネの賜物だ。
それに愛の巣を得ようなどと……その時は全力で阻むことになる。二人とも、俺が『RSS騎士団』と理解しているのか?
見ちゃいられないので、カエデとアリサに注意を向けることにした。
カエデは無邪気に二人掛けソファーで跳ねて遊んでいる。
それは別に問題なかった。壊れる心配などもない。しかし、アリサの方が――
「素敵……出窓が……。そうだ……カーテン! カーテンを付けなきゃ……綺麗なカーテンを付けて………………お父様とお母様も……お父様がお若い頃は、小さなアパートで暮らしていたって……」
うん、だいぶ変だ。
いつもの自分の世界に入るスイッチが押されたらしい。
「それで新居祝いを持ってまいりました」
いつの間にかネリウムはリルフィーとの会話を終わらせ、そんなことを言い出した。
そして抱えていた画板のような板を見せる。表面にはコルクが貼られていた。何だろう?
「あー……わざわざどうも……」
とりあえず受け取ろうとしたが、渡してはくれなかった。
「この辺がよろしいでしょう」
勝手に壁へ取り付け始める。危なっかしい手つきだが釘と金槌を使っていて、かなり念入りだ。……さきほど隣へ行っていたのは、これか?
「ねえ、なんなの、それ?」
相変わらずソファーで跳ねながら、カエデが質問した。
……あまり揺れていない。これを魅力とするか、育てるべき課題とするかは意見が分かれる。
「これは写真を貼り付けるものです。なんと呼ぶのか知りませんが……皆も見たことがあるはずです」
「あー……映画で外人がよくやってるやつ!」
リルフィーが納得の声を上げるが……冗談じゃない! そんなチャラいインテリアはごめんだ!
「ああ……こういうこと?」
カエデが問題のクリップボードへ近寄る。そしてメニューウィンドウからなにやら取り出し、ぺたぺたと貼り付けていく。
……ネリウムも満面の笑みで、せっせっと画鋲をカエデに渡す。
「……なにをしてるんだ?」
「うん? 写真を――スクリーンショットを貼っているんだよ? こっちはこの前、みんなで狩りに行った時のやつ。こっちはβテストの時に、みんなでお誕生日パーティした時の。いいね、こういうの! みんなの思い出がいつでも見れるし!」
カエデは上機嫌だが……良いものか、これ?
渋い男の隠れ家が、一瞬にしてチャラい外人かぶれの部屋に早変わりだ。
「大丈夫なんですか? アイテムを放置したら……メンテ毎に撤去ですよね?」
微妙にずれた心配をリルフィーはするが……問題はそこじゃないよな?
「あー……その心配はない。ここはギルドホールと同じ仕様だ。メンテでも、置いといたものは無くならないぞ。だから、むしろ掃除の心配が要る。散らかすなよ?」
「そ、掃除は任せてください! がんばりますから! ……それで……その……カーテンなんですけど……新居祝い! 私からの新居祝いで! ……いいですよね?」
やっと自分の世界から帰ってきてくれたアリサが、やたらとカーテンを主張する。
「うん……ああ……アリサに任せるよ。ありがとうな」
正直、カーテンなど有っても無くても構わないと思う。しかし、それでも注文を付けようと思い……結局は考え直した。
もの凄く嬉しそうなアリサに、水を差すのは殺生な気がする。
……例えカーテンがピンクの花柄で、レースのひらひらになっても……男だったら文句を言うべきじゃない……はずだ。
「新居祝いっすか……悩みますね」
「ボクも……タケル、何か欲しい物ある?」
「リルフィーは自分用の『りんご箱』でも段取りしろ。カエデ……祝う気持ちが大事なんだぞ? それさえあれば、なんだって構わないさ」
「ひ、贔屓だ!」
「馬鹿なことを言ってないで、模様替えを手伝え! その為に連れてきたんだ」
それでリルフィーはぶつぶつと文句を言いつつも、大人しく作業を手伝い始めた。みんなも協力してくれている。
いきなり想定と違う方向へ舵をきってしまったが……これで良いのかもしれない。
ここは俺の部屋じゃない。俺の仲間の部屋だ。
多少、ちぐはぐだったり、変てこになったところで……みんなの個性が反映した結果だろう。相当に変な部屋になる予感しかしないが、そうなってから悩めばいい。
なぜか楽しい気持ちで、そんなことを思った。




