『アキバ堂』見聞録――4
「ところで『指輪』は? 剣ばかりじゃない、この辺」
カエデはショーケースへ注意を戻し、俺達に問いかけてくる。
それを聞いたリルフィーは、我が意を得たりとばかりの満面の笑みとなった。
「違いますよ。『ゆびわ』と言ってもアクセサリーの方じゃなくて――」
「カエデは『指輪』が見たいのですか? それなら、あちらですよ」
ネリウムがカエデを誘って、連れて行ってしまう。
わざわざ剣を抜き、顔の前で掲げたリルフィーには、ほとんど注意を払われなかった。リルフィーは言葉を続けられず……そのポーズのまま固まってしまう。
「あ、あの……か、かっこよいと思います! ……よく解らないですけど」
気を使うようにアリサも言い残してから、カエデとネリウムに合流しに行った。
優しさが……気配りが痛い。
細かな武器の違いとか、女はまるで興味を持たないもんなぁ。さすがに哀れに感じたので、剣を持った手を下ろしてやる。
「……ほら。とりあえず、剣を収めろよ」
「……はい」
「俺はいいと思うぜ? 武器に拘り持つの」
リルフィーは何ともいえない情けない顔をしていた。
装備の自慢も、MMOの楽しみの一つだ。だから女性陣の振る舞いは、少し人情味に欠けるといえた。お義理でも称えてやるべきだろう。
だが、三人とも――
「色んな指輪があるんだね!」
「凄い……こんな大きな石が……これルビーですよね? しかも綺麗な赤……」
「この日の為に仕入れていたのでしょう。使い道の無い宝石類を、このように使ってくるとは……」
と、指輪に夢中になってしまっている。
相手が悪かった。あれじゃ『おニューの剣』なんて、単なる鉄の棒でしかない。
「しかし、なんでこのゲームは『指輪』の装備カテゴリーが無いんですかね? いや『指輪』に限らず、何もかもがアクセサリー扱い。それに一種類だけって……変じゃないですか?」
リルフィーは早くも立ち直った。意外とタフなところを見せる。
それに奴の言うように、装備の少なさはプレイヤー達の不満の種だった。鎧とアクセサリーだけなのは、相当に少ない部類だろう。
「これは狙った戦略らしいぞ? そのうち……例えば『指輪』カテゴリー追加とかに、仕様変更するらしい。それだけでゲームバランスをかき回せるし、イベントになるからな」
「ありがちなのでも……『ヘルメット』や『グローブ』、『ブーツ』、『マント』……しばらくネタ切れの心配ないですね!」
無邪気にリルフィーは喜んでいるが……運営の目論見通りだろう。
常に目先を変えて客を喜ばせる。その為に先々を見据えた計画だ。
ゲームとしての観点でも、常にバランスを変化させるのは重要らしい。
理詰めなら最強の手法が、必ず発見される。しかし、最善手が確定すれば、ゲームは徐々に死んでいく。それを最も簡単に防ぐ方法は、定期的に大前提を覆すこと……新仕様の導入だ。
逆説的にゲームは――MMOは未完成であるのが望ましい。
……すべて『教授』の受け売りだ。
「まあ、しばらくはアクセサリー一つで我慢だ。どのみち、入れる『タレント』もないしな」
「そうだ! こんど『オーガ』か『トロル』を狩りに行きません? レアを当ててがっぽり一攫千金を――」
「まだ無理だろ? 少なくとも俺とお前の防具強化が終わらなきゃ」
「じゃあ、『魔』の『エッセンス』狙いします? なにが手頃かな……」
「いやいや……レアを狙うより、レアを買えるだけ稼ぐ方が早いだろうが。『出ないからレア』ってよく言うだろ?」
これは昔からMMOプレイヤーに伝わる格言だ。レア狙いを戒める言葉でもある。レア狙いで成功した奴を、俺も見たことが無い。
「うぇ……でも、『スライム』狩りは飽きましたよ……」
それに、こんな会話も定番でしかない。
運営やシステムの悪口で盛り上がり、今後の計画に頭を悩ませる。それは標準的なMMOプレイヤーの姿だろう。
「うーっ……この指輪……ちょっと欲しいかも」
「私はこっちのが……石は小さいですけど……誕生石ですし……」
「こちらの『一つの指輪』には、興味がそそられますね……」
三人の切なげな会話が聞こえてきた。
物欲を刺激され、欲しい物に焦がれる。これもMMOプレイヤーの正しい姿だ。
それにしても微笑ましい。欲しい物が完全なファッションアイテムとは。
「が、我慢! 我慢する! まだローンあるし」
「……カエデは何を愚かなことを言っているのです」
「へっ?」
「古来より、指輪だけは買っていただくものです」
「私も聞いたことが……誕生石の指輪を贈っていただくと……幸運が訪れると……」
「そもそも指輪を贈るというのは、『俺の全財産は貴女のもの』という誓いなのです。これは必ず、買っていただかなければ――」
……まずい話の流れだな。
貴金属や宝石とはいえ、ゲームの中での話だ。高いことは高いが、買えなくもない値段に違いない。しかし……。
「おい、リルフィー……お前、どうすんだよ!」
「へっ? 何がです?」
「このままだと……三人に指輪を買ってやる流れになるぞ」
「そうなんですか? ……お、俺はべ、別に……ネ、ネリーに贈り物をするくらい……」
この野郎、裏切るつもりか? 恥ずかしそうだが、満更でもない顔をしやがって!
それにお前は良いかもしれないけどな、俺は困るんだよ!
「お前、剣を買って素寒貧って言ってただろうが。……俺は貸さないからな」
「あっ……そうだった! ど、どうしましょう?」
やっと誤魔化すのに成功した。最近、余計な知恵ばかりつけやがって。
「決まってんだろ! 逃げるんだよ! ぐずぐずしてると、置いていくからな!」
「ま、待ってくださいよ!」
俺達男二人は、仲良くその場を逃げ出すことにした。
今日の目的は買い物ではなく、挨拶にきただけだ。
だから行列に並ぶ必要は無いだろうが、無視して入っていけるほど肝は太くない。
それに『北東西南社』の奴らも出張ってきていて、行列風景を撮影してやがる。今日中には奴らのホームページに流されることだろう。
……レポーター役は亜梨子だ。テレビでタレントがやるような妙なハイテンションで、なにか捲くし立ててる。お前は女子アナか! ……いや、一応はそうだった。
俺を見つけたのか、なぜか亜梨子は手を振ってくる。やめろ! 目立つだろうが!
とにかく、絡むと目立ってしまうし、何かしらのドジにも巻き込まれそうだ。どうしたものか……。
「タケルさん、あっちの入り口は人がいませんよ?」
リルフィーが指し示す方には、確かに誰も居ない。
「あっちから入らせてもらうか」
それで俺達は脇の方から入ることにした。女性陣とはぐれてしまうが、そのうち追いついてくるだろう。




