キャラクター再作成
モニターを眺めながらも、心は作戦のことを考えてしまっていた。
大丈夫だ。俺の……俺達の考えた作戦は上手くいく。俺やカイで大筋を煮詰め、解析チームと分析チームの総力を挙げて検討したのだ。上手くいかないはずがない。
確かに仕様の大変更があったらと思うと不安だ。だが、それもあと十分もすれば――正午になれば判明する。じたばたしたって仕方がない。もはや、まな板の上の鯉というやつだ。
頭を切り替えて目の前のモニターへ集中する。
モニターにはキャラクターメイキング画面が映しだされていた。
オープンβテストの時と変わらない能力値振り分け、ゲーム内アバター……変更しないプレイヤーならこのまま完成をクリックすれば良いはずだ。
予定通り『腕力』と『体力』を一ずつ下げ、浮いた二ポイントを『魔力』に入れる。
これは『RSS騎士団』式の……名付けるならば火力型『戦士』対人戦仕様だ。
以前と比べれば長期的なダメージ効率は悪くなるし、HPも僅かに低下する。だが、魔法に対する抵抗力が『戦士』としては高い。
解析チームの努力のなくして辿り着けない、かなりとがったスタイルだ。
素人のマグレ以外でこのスタイルにした奴はいないと断言もできる。明らかにいくつかのセオリーに反しているからだ。特に火力型なのに『腕力』を初期最高値にしないのがありえない。
ほとんどのプレイヤーが十レベル毎の能力値成長を知ったはずだ。しかし、それは一ポイントのジレンマに陥る原因となる。
一ポイントのジレンマとは非常に簡単な理屈だ。
仮に九十九レベルまでレベルアップできるとする。十レベル毎に能力値を一ポイント伸ばすことができるのだから、あとから成長できる分は全部で九ポイントだ。
ここで作成時に長所が初期最高値だったのと、初期最高値より一少ないキャラクターを比べてみる。
成長分の九ポイントを長所に全て使うと、それぞれ初期最高値プラス九と初期最高値プラス八だ。以後、どちらのキャラクターも成長はできなくなる。
そうなると作成時に初期最高値より一少なくした者は、初期最高値とした者に一ポイント及ばない。最初から最後まで、そして未来永劫だ。
長所で負けたら、それは単なる劣化コピーとしか言えない。
そんな惨めな結果になった理由はただ一つ。作成時に長所を初期最大値にしなかったからだ。
システムが違えど似たようなパターンは多く見受けられ、それは二つのセオリーを生む。
一つは『長所とする能力値には最初に全部振れ』であり、もう一つは『成長ポイントがあるなら全部長所に入れろ』だ。
そしてゲームの世界観をも決定する。長所となる能力値の数しか、キャラクターのバリエーションが無くなるのだ。「能力値を自由に伸ばしてもよい。ただし、選択の余地は無い」という寒い結果でもある。
だが、俺達は情報を入手していた。
『セクロスのできるVRMMO』では初期最大値より二ポイント伸ばすのが限界だ。果てしなく長所だけを伸ばすことはできない。言い換えると「長所を初期最高値にするのは、絶対厳守のセオリーとは言えない」となる。
三回目の能力値成長を経験してなければ――無理に無理を重ねて成功させた『三十レベル到達計画』がなければ、この結論には至らなかっただろう。
まあ、その結果として分析チームは、終了間際に手引書の全面改訂の大仕事にはなった。
『教授』が得意げに解説してくれたが、このゲームデザイナーの意図は『キャラクターの多様性』なんだそうだ。「能力値の成長限界が低いことによる弊害も云々」などと難しいことも説明してくれたが……それよりも、確かに『教授』の言う通りに多彩な選択があったのには驚きだ。
これしかないと確信をもって決定した俺ですら、実際には多数派から外れているだろう。それぐらい多くの選択肢があった。
迷いを振り切るようにして、『クラス』と能力値ボーナス割り振りを決定した。
名前しか引き継げないのであるから、実は他の全ても変更可能だ。『戦士』をやめて、これからは『魔法使い』をプレイしたって良いし……『戦士』だとしても火力型に拘る必要は無い。
それでも自分のスタイルに愛着はあったし、ほとんどの知り合いは『クラス』の変更まではしない予定だ。下手にバランスを変化させるより、現状維持がベストだろう。
続いてスキルを選択する。
残念ながら『防具破壊』は廃止されてしまったので習得できない。その分のスキル枠は空欄のまま開いている。
これは失敗した結果だ。この超強力なスキルを調子に乗って使いすぎたから、オープンβテストの時点で廃止の憂き目となってしまった。
そりゃ、オープンβテストの段階で引退者が続出すれば、運営だって考え直す。
オープンβテスターはほとんどがゲーマーで、多少のことで引退など考えたりしないのだが……街から出るたびに防具を壊され続け、仕舞いには防具無しでのプレイを強要されれば引退したくもなるだろう。俺達『RSS騎士団』の場合は、相手の武器までも奪い取っていたからなおさらだ。
……さすがに『RSS騎士団』といえど、そこまで念入りに――確実に引退に追い込むつもりで対処した相手は数人しかいない。
残酷だとか、やり過ぎだとか非難する者はいるだろうが……俺は全く後悔していない。それどころか、今もなお、そいつらは監視対象としてログインの確認を取り続けている。万が一にでも戻ってくれば、全力で引退に追い込み直すつもりだ。……どんなことにでも許せないことはある。
そんなわけで『防具破壊』の廃止、相手の装備を強奪できない仕様実装などは『RSS騎士団』が……特に衛兵の仕様変更は俺が原因だ。
最も許せない奴を相手にしたとき……街中へ逃げ隠れて出てこないそいつを、公然と街中でPKしてやったのが大きかったんだろう。
それ以来、俺は凄腕と警戒されているらしいが……本当に凄いのは別の場所で衛兵と渡り合っていたリルフィーとシドウさんだ。二人が衛兵を釘付けにしていたから、俺がPKをする時間が取れた。あの二人の本気は、はっきり言っておかしい。
まあ、『防具破壊』廃止は困るが……不埒な考えの奴が減ると思えばトントンか。『無理やり』だとか『力ずく』だとかは想像の中で、それこそ非実在何とか相手だから許されるのであって……実際に知り合いの誰かが標的となれば胸糞悪いだけだ。
それにその一件で、ずっとギクシャクしたままだったカエデとも仲直りができたのだから、少しは見返りもあったと言ってもいいだろう。
残念ながら『調薬』スキルも不採用だ。スキル枠に余裕は全く無い。
予定通りに『剣』と『危険感知』のスキルを選択する。
『セクロスのできるVRMMO』では数多くの武器種類が実装されているが、解析の結果、どれを選んでも有利にはならないと判明していた。ちょっとした特徴程度の違いと実際の使用方法――剣なら振り回す、槍なら突くだ――で選択するしかない。
例えば俺の様な火力型なら、最大ダメージの高い『斧』がベストだろう。
『斧』は最大ダメージが高い分だけ最低ダメージも低く、ダメージにばらつきが出るのが特徴といえる。平均すれば他の武器と変わらないが……火力型が持つ最大の脅威は一撃のでかさだ。最大ダメージの恐怖を相手に与えられれば、最大限に長所を活用したといえる。
『剣』は全てにおいて次点といえた。満遍なくどの要素も悪くは無いが、どの要素でもトップではない。優等生的というか、欠点が無いのが長所といった感じか。
だが、ベストとは言えないが常にベターでもある。
また、俺は斧を使ったときに重心が持っていかれて、姿勢が崩される感じが苦手だ。それが良い、それが体重や勢いを乗せるイメージ把握に有益だとする意見もあるが……どうしても好きになれない。このような相性とでもいうべき要素も、VRゲームでは意外と重要ではある。
『危険感知』の方は普通のプレイングならまあまあ優秀、損はしないが必須ではない程度なのだが……対人戦を視野に入れると必須に近い重要度だ。
こちらが奇襲、待ち伏せ、狙撃と作戦を遠慮しない以上、自分もその対象になるのは想定しておかねばならない。スキルで完全回避とは到底いかないが……所持しなければやられたい放題になるのは目に見えている。
他にも初期段階で欲しいスキルがあったが、選択の余地はほとんど無い。これ以外の選択は逆に不利にすら思える。
最後はゲーム内アバターだ。
モニターには金髪碧眼のちゃらい姿が映し出されていた。
改めて思う。これは無い。
これを作ったとき、一体全体……俺はどうしちゃってたんだ?
あの時は自信満々、得意げにこの設定にしたが……今ではどうかしていたとしか思えない。このままログインするのも勘弁して欲しいところだ。
それにかなり早い時期に『調髪・理容』のスキルで髪を黒くしてもらっていた。俺が金髪だったのを知っている奴はかなり限られている。……金髪のときに撮られた屈辱的なスクリーンムービーだって、ネット上に出回ったままだ。
キャラクター再作成は良い機会なので、少し手を入れることに決めていた。
まずは瞳だが、碧からいきなり黒ではイメージが変わりすぎだろう。仕方が無いので中間的な色合いに………………思ったより良くできた気がする。碧眼でちゃらちゃらした感じから、落ち着いた青系統ぐらいまで変化したはずだ。
肌の色も普通に……白っぽい肌色から、普通の肌色へ近づける。やり過ぎは良くない。今回で一気に変化はさせず、じわじわとゆっくり……気がついたら変わっていたぐらいがベストだ。いや、気づかれもしないのが大成功か。
まだ色白い部類ではあるが、だいぶ改善できた気がする。
最後は髪だ。これは既に黒髪のイメージなので遠慮はいらない。一気に黒へ変更する。
……なんだか上手くいかなかった。なんとなく変なのだが……何がおかしいんだ?
しばし考えてたら、原因に思い当たった。髪型のせいかもしれない。
髪型は『RSS騎士団』の鎧やサーコート、マントに合わせてくれていたから、この頃の髪型に違和感を覚えるのだろう。
しかし、それにしても変か? もう少しなんとか普通にならないものか。
粘って作業をしてみるが……一向に良い感じにならない。どうしたものかと唸っていたら――
すでに正午を三分も過ぎていた!
髪の色や髪型はゲーム内部でも変更できる。今日中には難しいかもしれないが、数日もすれば確実に可能になるだろう。
しかし、正午から開始される作戦は待った無しだ。というか、既に集合を開始しているだろう。それなのに作戦の立案者が不在なんて許されることじゃない!
俺は急いでキャラクターメイキングの最終確認をした。焦ってはいても、これは重要だ。間違えていたら、容易には取り返しがつかない。
よし、髪以外は予定通りで完璧だ。髪については後日何とかしよう。
登録作業が終わるのも焦れったく感じながら、急いでログイン作業へ移る。
だが、いつもならすぐなのに、一向に始まらない!
モニターを良く見てみれば「ただいまログイン作業が大変混雑しております。お待たせして大変申し訳ありません」などと暢気なアナウンスが表示されていた。
まさかのログイン戦争!
想定外の人数が一気にログイン作業を要求したため、システムが飽和状態になってしまったのだ。知識としては知っていたが、そんな前時代の遺物を体験する羽目になるとは……。
ログイン戦争でユーザー側からの対処法は二つしかない。
一つは諦めて待つことだ。よほどのことが無い限り、待っていれば混雑は解消される。
もう一つはいま俺がしているように……涙目になりながらログイン要求を続けることだ。必ずとはいえないが、運が良ければログインできる。
……俺は祈りながらカチカチとクリックし続けた。




