『アキバ堂』見聞録――3
「すげー! かっけー! あちー!」
リルフィーの叫びが、俺を現実へ引き戻した。
もの凄くやりきれない思いで一杯になる。しかし、こんな時こそ冷静になるべきだ。
イメージアイテムの手袋を脱いで、剣帯へ挟み込む。
手袋に設定してあるのは、『格闘術』スキルのオンオフだ。装備状態で『格闘術』の起動をコントロールしている。
これは必須手順だ。『格闘術』のスイッチを切らないで、誰かを思いっきり叩くと……攻撃と判定され、街中だと衛兵がすっ飛んでくる。
とにかく、これで後顧の憂いは無い。
俺はリルフィーに右ストレートを思いっきり叩きこんだ。
「いい加減に気づけや!」
「ほげーっ! だ、誰だ? いきなり! ……ってタケルさん! なんでいきなり殴るんすっか!」
「うるせえ、八つ当たりだ!」
「ひ、酷い……あんまりだ……全く理由になってない……」
などと泣き言を言うが……不意討ちされ、即座に剣へ手がかかったのは流石だ。
……リルフィーの剣が昨日と違う? 初期装備の剣から、奴の好みのデザインに変わっている。刀身を見なければ判別はつかないが……おそらく『鋼』グレードだろう。
「お前は騒ぎすぎなんだよ! 恥ずかしいだろうが!」
「そ、それは……えへへ……」
リルフィーはばつが悪そうに笑った。
やはり、これくらいの方が相手にしやすい。例え厨二病を患っていようと、明るく社交的であればセーフ……とはいかなくても、人付き合いはできる。
ルキフェルの奴も、多少はリルフィーを見習って……駄目だな。それはそれで別の黒歴史になりそうだ。
「でも、ここの品揃えは凄いっすよ! 宝の山です!」
リルフィーは懲りずに力説した。いや、それに異論は無いんだぞ?
「まだボクもゆっくり見ていないんだけど……かっこいいよね!」
「本当ですね……半分くらいは……いえ、ほとんど分かりませんけど……可愛いのが結構……」
カエデとアリサもやってきた。アリサの足元にはクロも付き従っている。……リルフィーが落ち着くのを見計らっていたのだろう。
そのまま流れで、ショーケースを眺めることになる。
「ほら、タケルさん! この薔薇なんて……『スローイング・ダガー』っすよ!」
「薔薇? そんなの投げられるの?」
リルフィーの指摘に、カエデが不思議そうな顔をしている。
「……よほどバランスがおかしくなければ、薔薇型でも投げられる。一応な」
ちょうどその辺りには、手投げ武器の類が飾られていた。
他にもトランプ一式や昔の日本の通貨、金属製の折鶴、投げ風車など色々とある。それにしても『投げ薔薇』なんてスカしたのを――
「……素敵。颯爽と薔薇を……タケルさんが……」
まずいな。アリサが喰い付いた。
俺は絶対にそんなの投げないからな! ……話を振られないよう、ウットリと薔薇を眺めるアリサから離れておく。
リルフィーだけが俺に着いてきたが、歩き方がおかしい。腰の左側、ちょうど剣を佩いている方を強調というか……前に押し出す感じで……少し気持ち悪い。
「あ、この辺は『剣』みたいっすよ! 『剣』も扱っているんっすね! 色んな『剣』がありますね! やっぱ、『剣』を使っていると、『剣』には目が行っちゃいますよね!」
うん、うざい。
この『剣』推しに耐えるか、諦めて話題にするかの二択だろう。
「……剣を新調したのか?」
放置していたら、この『剣』推しを続けるはずだ。少なくとも三日は続く。諦めて話題にしてやった。
「さすがタケルさん! いやー……分かっちゃいました?」
素直に自慢すれば良いものを。白々しい。
「まあ……指環付きになってたしな。お前、指環好きだなー」
「こっちの方が便利っすよ? すっぽ抜けないですし」
指環とは片手剣によくある方式だ。人差し指を通すリングが握りに拵えてあり、ちょうどピストルを握るような感じになる。
日本人にはピンとこないが、世界的には指環付きの片手剣が主流だ。合理的な選別に耐えた機能であり、決して飾りではない。
「俺は両手持ちだし……指環に慣れちまうと、無いときに困りそうでな。それより、どうしたんだ? 一発当てたのか?」
「それが……またローンで」
恥ずかしそうにリルフィーは白状した。
「またローンって……カイか? まだ鎧のローンは終わってないよな?」
ローンが組めるのも、人間関係の賜物だ。MMOに金融業はないから、個人の信頼関係だけで成立する。
だから、ローンそのものは別にいいが……一つ目が終わる前に、二つ目を組ませるカイには問題を感じた。
「いえ、『ヴァルハラ』さんに頼まれて。あっ……大丈夫ですよ? 頭金ですっからかんになっちゃいましたけど……いざとなったら身体で返します!」
リルフィーはあっけらかんと言うが……それよりも「頼まれた」というのが気になった。装備を買ってもらいたがる。それもローンになってでも?
『ヴァルハラ』はトップクラスの廃人ギルドだ。動向に注意しておきたいギルドの一つではある。ただ、『RSS騎士団』とは趣旨が違いすぎて、喧嘩にもならない。精々が最先端の狩場で競合する程度か。
リルフィーは廃人同士の繋がりがあるんだろうが……疑問点が残る。
廃人は自分で武器を作るスキルを持たないから、武器を売るのは異例の事態だ。なにか情報でもつかんだのか? それとも資金繰り?
なりふり構わず資金繰りに走る……スーパーレアか?
世界に数個レベルのスーパーレアは、確保できるときに確保しなくてはならない。争奪戦も加熱するし、その怨恨は深く残りがちだ。いまだに俺も、そのことで秋桜やリリーと喧嘩になる。
もう少し詳しい話を聞きだそうとしたら――
「大丈夫なのでしょうね? 大丈夫なのですよね?」
と、背後からネリウムに話しかけられた。
顔は近いし、目も据わっている。
これは「いざとなったら身体で返す」に過剰反応しているのだろうが……こういうのも「女房の妬くほど亭主もてもせず」というのか?
リルフィーの方はご主人様のおかしな態度に気が付かなかったのか、のほほんとしてやがる。
「あ、ネリー……買い物は終わったの?」
「ええ、探すのに手間取りましたが、無事に……」
そういうネリウムは何か画板のような物を、小脇に抱えていた。あれは何だろう?
「どこいってたの、ネリー?」
カエデとアリサも話に加わってきた。
「ちょっと欲しい物があったので、噴水広場まで……。この大きな猫が、アリサのサーバントですか?」
「おっ……アリサさん、サーバントをゲットしたんすね!」
「すいません……皆さんが揃ってからお披露目しようと思ってたのですけど……我慢し切れなくて……」
ネリウムは検分するように、クロを眺めている。……なかなか鋭い視線だ。
その視線に晒されたクロは……コテンと横になり、そのまま腹を見せるように仰向けになった。
「わ、凄ーい! クロはネリーのこと、歓迎しているんだね!」
カエデはそう受け取ったようだが……俺は違うと思う。
「ぽふぽふだぁ!」などと言いながら腹を触るカエデには目もくれず、クロはネリウムのことを凝視している。……一目で判った。あれは畏怖の表情だ。
……動物は直感的に強者を理解するという。しかし、クロは動物に見えるが……ただのVRペットだ。そんな野生をもっているはずが……。
「……よろしいでしょう」
何かを許可するかのようなネリウムの言葉を受け、ようやくクロは緊張を解いた。
……アリサのサーバントは賢い。それで良しとするべきだろう。




