『アキバ堂』見聞録――2
……わざわざ絡みに来たのか?
いや、これは偶然……お互いに不幸な巡り合わせか。俺と同じタイミングで幹部会議から解放されたのだから、近くで鉢合わせになってもおかしくはない。
「やっときたのか……待たせすぎなんだよ!」
「……つまらない会議が長引いたものでね。それより、私を呼ぶときは少尉と付けるように言っただろ?」
ルキフェルがハンバルテウスに文句を言うが、店の前で待ち合わせ……そんなところまで同じだったようだ。
「新しい人物キターっ!」
「こいつは……タケルちゃん狙いにしておくか? それとも争わせるか?」
「香港の実業家! あいつは香港の実業家がいい!」
……姉さん方が意味不明な叫び声を上げる。……ちょっと黙っててもらえないものか。
確かに俺とハンバルテウスは仲が悪い。お互いに争い、狙い合うような関係ではある。だが、そんなんでも仲間だ。煽られたら気分は良くない。
しかし『香港の実業家』って何だろう? ……気になる。
とにかく! いまは目の前のハンバルテウスだ。面白そうな顔をしてやがる。
「ルキフェルの武器が気になっただけだ」
「……例え団員同士でも……能力値やスキル構成、装備については秘密にしておくべきだろう?」
筋は通っているが、やはり、愚か者だ。
楽しそうに語るべきじゃなかった。一般論としてのクレームだったら、それで俺も引き下がっただろう。これは何かある。
第一小隊では『戦士』の武装強化は終わっていて、『僧侶』の装備に着手した?
そんな予算は配分していない。
では『戦士』を差し置いて『僧侶』を優先した?
いくら自分の副官とはいえ、そんなの滅茶苦茶だ。
あまり気が進まないが、階級を盾にしてでも追求するべきだろう。
「情報部として正式に要求する。この――」
「おっと済まない。個別メッセージだ」
気勢を殺がれてしまった。後にしろと思わなくもないが、大人しく終わるのを待つしかない。自分がやられたら絶対に文句を言うだろうに……なにかと気に障る奴だ。
通信相手の声はもちろん、ハンバルテウスの声も聞こえなかった。俺には口をパクパクさせているだけに見える。これは傍受対策の結果だ。
通信を受けてすぐに、奴は驚いた。いや、動揺したのか?
対策すれば内容を聞かれずに済むが……口元も手で隠すべきだった。音声が聞こえなくても、唇の動きを読んでしまえば――
都合よく、なにか叫んだ。
三文字……いや、四文字だったか?
最初の一文字は『や』。次は『お』かな? そしてまた『や』。最後は『が』だろう。
『やおやが』……か?
第一小隊に『ヤオヤガ』なんて名前の奴いたかな? それとも第一小隊でのみ通じる暗号や符丁の類か? ……早口で喋りだしやがった。やめろ! 早口じゃ追いつくわけないだろ! こっちは初心者どころか、今日が初めてなんだぞ?
「おい、タケル! いや、タケル大尉!」
何か弱みを握ろうと解読に熱中してたら、ルキフェルに話しかけられた。なぜか俺を睨んでいる。
「……別にタケルでもいいぞ? 仲間内なんだし」
「……それじゃ、タケル。あの女達は……お前の知り合いか?」
そういって『聖喪』の姉さん方を大鎌で指し示す。
「知り合いといえば、知り合いだが……あの人達は『聖喪女修道院』のメンバーだぞ? 公式に友好ギルドじゃねえか」
「そんなの僕は認めないからな!」
駄々っ子みたいだが……『RSS騎士団』では根強い意見でもあった。
俺のように、女性に含むところの無い者もいれば……女が苦手、どころか恐れている者もいる。
歪み過ぎだとは思うが、それでも同じ仲間だ。それを理由に排斥はしたくない。
「……個人的好き嫌いは措いとけよ。それくらいの切り替えはできんだろ?」
「女が……女がいるから世界は良くならないんだ! 全ての女は腐ってるんだぞ!」
……駄目だ。厨二病に加えて、女性恐怖症まで拗らせてやがる。
「あのな……あの人達は俺の知り合いで、それに友好ギルドのメンバーだといっただろ? お前の考え方にまで干渉するつもりは無いが……最低限の礼儀は示せ」
俺としては穏便に諭したつもりなんだが……ルキフェルは譲りそうもない。
さて、どうしたものか。議論して始まる話でもなさそうなのだが……。
そこでハンバルテウスが口を挟んできた。やっと通信が終わったようだ。
「ルキフェル、止めておけ。火急の用ができた。私達はこれで失礼する」
「でも、ハンバルテウス! 僕は――」
「……少尉を付けるように言っただろ? 後で文句は聞いてやるから……いまは急ぐぞ」
珍しく空気を読んだ……と、言いたいところだが、実際に酷く焦ってやがる。何かあったのか?
「なにか事件か?」
「……些細なことだ。タケル……大尉の手を煩わす程のこともない」
仲間に心配されただけで、いたくプライドが傷つけられるらしい。ルキフェルより、よっぽどコイツの方が手に余る。なんとかならんものか。
とはいえ、急用ができたというのを引き止めるわけにもいかない。嘘や言い訳でなく、実際に焦っているようだし。
無言で二人を見送ることにしたが……ハンバルテウスは悔しそうに顔を歪ませていた。
……なんなんだかな。
ただ、ルキフェルの大鎌については事実確認をしておきたかったし、ハンバルテウスが慌てていたのも気になる。しかし、問い質したところで、素直に答えそうもない。……情報部で内偵するしかないか。
身内を調査。さすがに、我ながら後ろめたいし……悲しさを感じる。
「なに悪い顔をしてんだよ、『ツウハンド』! また悪巧みか?」
……苦みばしった渋い顔というべきだろう。
見当違いなことを言ったのは、『聖喪』の姉さんだ。いつのまにやら隣りに居た。
残り二人はどうしているかと見れば、行列に並んだまま。一人は俺に向かって陽気に手を振り、もう一人は空手の正拳突きのような仕草を繰り返している。
三人を代表してやって来た。そんなところだろう。
「見ていたんですか?」
ルキフェルの暴言は良くなかった。正式にクレームをされるのなら……謝罪をしつつ、奴のフォローもしてやらなくては。
「あー……そういうの良いから! それより! あの大鎌を背負ったショタ、誰? 名前は? なんで今まで隠してたの!」
……文句をいいに来たんじゃないのか?
それに……もの凄く興奮しているし……なんというか……ツヤツヤした表情だ。
最近、似たような表情をよく目にする。高尚なコミュニケーションで満足したネリウムだ。あの顔に良く似ている。
それに……ショタ?
ショタとは確か……正太郎コンプレックス。半ズボンを履くような年齢の男子好きの総称だ。転じてそのような男児も指す。ロリの対義語みたいなものだ。
「あいつは……ルキフェルといいまして……その……ちょっと女性が苦手といいますか……そんな感じなんで……大目に見てもらえると……」
「おお、そういう系統! いいね! なるほど! 実にいい!」
などと何かに納得し、何度も深く肯いている。どういうことだ?
「香港の! 香港の実業家のこと!」
様子を窺っていたのか、行列で待つ姉さんからも質問が飛ぶ。
「そう、そう! もう一人の方……えーと……隊長だっけ? あいつとルキ君の関係は?」
話の流れが全く汲み取れない。しかし――いや、しかも? ――いきなりルキフェルは『ルキ君』に格上げだ。それに謎だった『香港の実業家』とは、ハンバルテウスを指していたのか?
「あいつは第一小隊の隊長でルキフェルとは……俺とカイみたいな関係です」
「なん……です……と?」
そう言ったっきり、手で口を隠し固まってしまう。
なぜだろう? なぜか手で口を隠すのではなく……流れ出る鼻血を気にするような仕草に見えた。
「ありがとう、『ツウハンド』。私達は満たされたよ。このお礼に、そうだね……注文されていた『サーコート』と『マント』を渡すときに、なにかオマケするね。そろそろ取りに来るんだろ?」
「え、ええ……まあ……それはそうですけど……」
「うん、それじゃ、そういうことで……またね、『ツウハンド』」
そう話を切り上げて、行列に戻ってしまった。
……なんなんだろうな?




