『アキバ堂』見聞録――1
店の前には順番待ちをする行列の他に、ガラス製のショーケースがあった。さすが仕事が早いし、芸も細かい。
そちらにも人だかりができている。
ショーケースの商品を見て客も、行列に並ぶか決めているんだろう。長くショーケース前には留まらなかった。回転も良くなるし、並んで期待ハズレとなることもない。上手いやり方かもしれなかった。
そんな回転が速いはずのショーケース前で、長っ尻をしている奴がいた。
二人もいる。どちらも知っている奴だった。しかも大騒ぎしてやがる。
一人は……まあ、リルフィーの奴だ。
この店で待ち合わせなのだから、非難するのは筋違いかもしれない。ただ、話しかけたくないというか、知り合いと思われたくないというか……そう思いたくなるくらい、悪目立ちしていた。
もう一人は……我が『RSS騎士団』のメンバーだ。
βテストの頃からのお気に入りの大鎌――おそらく『ポールアーム』でも改変したのだろう――を担いでいた。……もう一度いっておく、大鎌をだ。
戦闘用の鎌というのもある。しかし、それらの実在した方じゃない。絵に描かれた死神が持つような……歴史上、一度も実戦投入されてない方の鎌だ。
どんな武器を持とうと個人の自由だと思う。いくら『RSS騎士団』でも、そこまで干渉したらやりすぎだ。
しかし、オモチャの武器にするのはやめて欲しかった。あの大きく内側に湾曲した刃は、どうやって相手に当てるんだろう?
痛々しい自己主張はまだある。身に纏っている鎧は……真っ白だ。
『僧侶』用だから、『戦士』用とは微妙に違う。俗に『ハーフプレート』などと分類される、不完全な鎧だ。それでも判別がつき難いように、わざと似たデザインにしてあるのだが……一人だけ真っ白だったら、目立つことこの上ない。
戦場で真っ先に狙われないと気がすまないのか? 『僧侶』なのに?
そして総決算とでもいうべき特徴が……もの凄く似合っていることだ。
金髪碧眼で白い肌、いつも不機嫌そうだが整った顔立ち……伝え聞いたところ、実際に白人とのハーフらしい。やや背の低いそんな奴が、不釣合いなまでに長い大鎌を担いでいるのは……それなりに絵になった。
そいつと我らがリルフィーが、仲良く並んで商品を見ている。お前ら知り合いだったのかよ!
「かっけー! 凄え!」
「こ、これはっ! 封印の秘術?」
……二人が見ている商品といえば、マネキンの腕だけが垂直に立てられ、二の腕まで包帯が巻かれた……なんなんだろう?
おそらく包帯が商品だ。医療品シリーズなのか、眼帯や絆創膏なども飾ってある。
「なんだか判らないけど、かっけー!」
「これさえあれば、右手の暴走を抑えることも――」
……違うのか?
一見、二人は仲良く並んで商品を眺め、お互いに感想を言い合っている。
しかし……これは……別々に独り言を、大声で言ってるだけなんじゃないだろうか?
「熱い! 男心をくすぐる! これは熱い!」
「こちらは呪印か! これで第三の目を開眼しやすく……しかし、僕にはもうこんな補助具の必要は――」
……間違いない。
こいつらは偶々横並びなだけで、別々に騒いでるだけだ。
ちなみに、いま二人が眺めているのは『タトゥーシリーズ』とあるから、ボディペンイトする為のアイテムだろう。『肉』や『中』、『米』などの漢字や、目玉、意味不明な魔法文字っぽいものが飾られている。
それで先生方の――『アキバ堂』の方向性が判った。
ほとんど俺には元ネタは判らないが、全て漫画やアニメに登場した代物だろう。そう思って見直してみれば、出典を判別できるのもある。
解らなくもない。俺ですら興味を惹かれる物があるし、リルフィーの大好物だ。
しかし、あの大騒ぎしているリルフィーに……声を掛けなきゃいかんのか? こんなに大勢の人がいるのに?
そう思ってカエデとアリサの方を見れば……「ノーサンキュー」とアイコンタクトで返される。いや、二人とも上手く言いくるめれば、行ってくれるだろうが……さすがに良心が痛む。
ふとアリサの横でダルそうにしていたクロも見ると……「俺も御免だからな?」とばかりに、雄弁な溜息をしやがった。猫って溜息が吐けるんだな! 驚きだ!
だが、まだ希望はある。専属の係員さんを――ネリウムを探す。
……見当たらない。
まあ、俺が行くしかないんだろうな。こんなのは慣れたさ。
諦めの境地でリルフィーへ向かっていくと――
「おーっ! 『ツウハンド』が行ったぁーっ!」
「いけー! コマせ、タケルちゃん!」
「さすがタケル。タケル、さすが」
などと姦しい声が、行列の方からあがる。
聞き覚えがある声だった。『聖喪女修道院』の姉さん方だろう。
いや、知り合いの一人や二人、行列に並んでいてもおかしくない。あの三人はお祭り騒ぎが好きそうだし、納得はできる。
しかし、ちょっと浮かれたぐらいで「いてこませ」――殺ってしまえは酷いと思う。
「おい、もう少し小声っていうか、テンションを抑えろ! 恥ずかしいだろ!」
「……僕は恥ずかしい奴じゃない! 訂正しろ! ……なんだ、大尉か。僕には構うなって言っただろ」
なぜか隣りの奴が反応した。
リルフィーの方は「かっけー!」、「凄え!」、「熱ちい!」と連呼し続けている。俺に気がついた様子はない。
完全に勘違いなんだが、どうしたものか。どうせ邪険にされるだろうから、できたら話しかけたくない相手だったのだが。
「ツンだっー!」
姉さん方の歓声?があがった。……嬌声というべきかもしれない。
しかし、失礼な! この程度で『詰んだ』などと……確かにこいつは扱い辛いが、なんとかなる範囲だ。
「いや、すまないな、ルキフェル。その……少し話していることが聞こえてしまって」
「なん……だと……? 迂闊だった……祭りの賑わいに油断して……僕の秘密を……」
大鎌を担いだ団員――ルキフェルは驚愕に顔を歪ませる。
……うん。久し振りだが、相変わらず絶好調だな。
「いやー……『ツウハンド』はやればできる子だと信じてた!」
「ヤられるのはタケルちゃんだけどな!」
「ツン闇? ツン病み?」
なぜか大興奮の姉さん方。
……できたら静かにしててくれませんかね? いや、俺はまあいいんだけど……見ての通り、ルキフェルはナイーブなんですよ?
「いや……まあ、少し声が大きかった。それだけだ。気にするな」
「相変わらずお節介な奴……いや、大尉もまた、無頼。それだけのことか……」
畳み込むように、香ばしい。
見ての通り、まあ……ルキフェルは中学二年生の夏休み真っ盛り――いわゆる厨二だ。
だからと言って、馬鹿にしてはいけない。誰だって厨二だった時期がある。こいつに石を投げてもいいのは、いままで厨二病になったことのない者だけだ。
さすがにレベルが高すぎて引っ叩きたくなるが……いまは我慢するしかない。
リルフィー程度まで治ってくれば、引っ叩いても笑いへ昇華できるし、むしろ治療法として推奨できる。
しかし、ルキフェルに強くツッコミを入れたら……泣き出してしまうんじゃないだろうか?
それはまずい。厨二病を拗らせただけでも黒歴史になりやすいのに……長引いた上に、それが原因で引っ叩かれ……止めに人前で泣いてしまう。一生消えないトラウマになってもおかしくない。
「すまなかった。楽しそうにする人達を見て……気が緩んだようだ。……どうせ僕とは交わらない人達なのにな……」
また何か言ってるが、それより……肩に担いでいる大鎌が気になった。
見間違いじゃない。一瞬、刀身に電流のような光が走った。
「……『風』の『エッセンス』か?」
「く、く、く……目敏いな。いかにも我が『刈り取るもの』は雷の加護を得ている」
珍しくはない。俺なら『地』『水』『火』『風』の四種類から、『風』は選ばないが……それそのものは、普通だ。
だが『僧侶』のこいつが、こんな早い段階で所持しているのは腑に落ちない。
ここは上手いことだまくらかして、入手経路を確認しよう。そう思ったところで――
「私の副官がどうかしたのかね?」
と阻むように、ハンバルテウスが割って入ってきた。




