何かの肖像――2
クロの野郎は――聞かなくても判る。こいつはオスだ――カエデに抱きつかれ、アリサに頭を撫でられながらも……憮然としていた。
「この子、アレだよね? βテストで珍しかったアレ! レア当たったの、アリサ?」
カエデは興奮しちゃってるのか、会話がおかしくなっている。
しかし、それでも意味は通じた。βテスト中にクロの仲間は実装されている。おそらく予算の問題で数は少なかったが、それは確認済みだ。
「この前、アリサのクエストを手伝っただろ? あれはコレの為だぞ?」
クロは『サモン・サーバント』の魔法で呼び出したモンスターだ。かなり特殊なアイテムになるが、突き詰めるとそうなる。
「はい。皆さんにお礼を兼ねてのお披露目で……」
「そ、そうだったの? というか『魔法使い』だったら誰でも、この子もらえるの?」
カエデは勘違いしちゃってるが……どう説明したものか。
「誰でもっちゃー誰でもだが、クロか?は無理だな。このサーバントには個性がある。だから同じのは存在しない」
厳密にはプログラムだから、完全な複製もできるが……嬉しそうにしているアリサの前で、そんなことを言わないでも良いだろう。
「へっ? じゃあ、たくさんの種類がいるの?」
「いるだろうな。……どんな感じだった?」
「はい。ペット屋さんみたいな所で――もちろんVRですけど――たくさんの子が待機していてくれて……その中から自分の子を選ぶんです」
アリサは説明してくれたが……まるで夢見るような表情だ。
「へっ? でも、それって……まるで――」
「想像通りだと思うぞ。VRペットと同じ……というか、ゲーム的な能力を追加しているだけだからな。こいつも有名メーカー産じゃないか?」
俺も妹にせがまれて、VRペットを買ったことがある。その時もアリサの説明と似たよう方法でペットを選んだ。
「つまり、クロはVRペットで……『生きている』の?」
いくら専門メーカー産とはいえ、『生きている』は言い過ぎだと思う。しかし、それはVRペットの飼い主が好んで使う表現だから……カエデはVRペットを飼っているのかもしれない。
VRペットは擬似的なAIが――人工知能がある。
正確に言うと、人工知能は持っていない。よくある勘違いだ。まだ人類は人工知能を生み出せていない。一般的にAIといった場合、それは全て知能を物まねするプログラムになるらしい。
なぜなら『自分で考える』と『考えているように見える』はまるで違う。大きな差がある。……これは受け売りだ。
VRペットに使われているのも『考えているように見える』ものだが……これがなかなか面白い。
ようするに犬や猫の物まねなのだが……出荷段階で数万通りの個体差というから、全く同じ物は手に入らないだろう。その上、簡単な学習能力もあるから、接し方で変わっていく。VRペットが生きているといわれる所以だ。
「まあ、そうなるな。専門メーカーから有償で借り出しているんだ。かなり個性的だと思うぞ?」
この形式はそんなに珍しくない。
その証拠に道行くプレイヤー達からも、軽い好奇心程度の注目だ。この世界ではまだ珍しいが、別のゲームを経験していれば推測できる。
「いいな、いいな! ボクも『魔法使い』になればよかった……」
「んー……サーバント以外でも実装すると思うけどな。ペット枠は珍しくもないし。まあ、もう少し愛玩用テイストになると思うが」
「多少、お金が……課金が必要ですけどね」
申し訳ない感じに、アリサが断りをいれる。
意外にもアリサは、課金に抵抗のないタイプだ。
偏見かもしれないが、女性プレイヤーは大きく分けると二つのパターンになる。
一つは課金の類を最低限に抑えるタイプ。
リアルの懐事情と無関係に、最低限を最良と考える。これは男でもいるから理解しやすいだろう。このタイプな女性は、徹底していることが多いが。
もう一つが全く躊躇わないタイプだ。
課金による強さを頼る……俗に言う最強厨とは違う。なんというか……熱心だ。欲しいから買う。買った。食費やその他の費用を削ってでも、欲しい物は手に入れる。本人には当たり前すぎて、なんの疑問もない様子だ。男にありがちな課金自慢などもしない。
……このゲームが月額課金で良かった。
基本無料系の、課金アイテムが乱舞するゲームだったら……アリサは重課金プレイヤーになっていたかもしれない。
「VRペットくらいなら、お小遣いをやり繰りすれば……」
「ペットも飼える? それじゃ、ペットの方は犬をお迎えすることにして……」
二人とも検討しだしてしまった。
……まあ、限界のあることだし、大丈夫かな? 幸せそうだし。
とにかく、せっかく披露してくれたんだ。俺もクロに挨拶しておくべきだろう。
クロはサーバントだから、アリサ専属の護衛も同然だ。なんだかんだで、アリサとのペアが一番多い。俺にしてみれば同僚とも考えられる。
ようするに大きな猫なんだから、顎の下でもくすぐってやれば良いだろうと――
噛まれた。
手首の辺りまでパックりいかれてる。もちろん、痛い。痛覚が軽減されてなかったら、悲鳴を上げていただろう。これ、設定を間違ってないか?
さらに例の三白眼で「気安いんだよ」とばかりに眼を飛ばされる。
「こ、こら! クロちゃん! タケルさんに何をするの!」
「……大丈夫だ。面白い奴だな」
クロはアリサに叱られ、渋々といった感じで俺の手を解放する。……俺、こいつと上手くやっていけっかなぁ。
「だめだよ、人を噛んじゃ!」
カエデが可愛らしくコツンとクロの頭をやるが……不思議なことに反撃はしない。全く納得していない感じだが、それだけは評価しよう。
「いや……まあ……そいつは戦闘用でもあるから。……でも、意外だったな。てっきり犬系を選ぶと思ってたぜ」
「犬、猫、鳥とたくさん居たんですけど……この子と眼が合ってしまいまして……それに猫にするか、大きな犬にするか悩んでたものですから……」
「鳥? 鳥もいるの? いいなぁ……ボク、昔からカラスを飼いたかったんだ」
カエデが微妙なことを言っているが……アリサの選択も気になる。
『猫』と『大きな犬』で悩んだから、『大きな猫』にしたということか?
なんだろう……「パンがなければお菓子を食べれば良いじゃない」的な発想を感じる。もしくは「犬派? 猫派?」と問われ、「両方」と答えるような掟破り。
そりゃ、解らないでもない。「両方」だとか「全部」と答えたくなるのは、痛いほど良く解る。
しかし、それだけは言ってはいけないはずだ。
涙を呑んでたった一つを選ぶか、もしくは何も選ばない。それが男の誠実というものであろう。ましてや『新しい回答』だとか『折衷案』などを言い出すようでは――
「どうかしたの?」
「どうかしました?」
カエデとアリサがハモるように聞いてくる。
二人とも考え込む俺を、不思議そうに見ていた。
「……なんでもないぜ? それじゃ、店を見に行こう」
そう誤魔化しておいた。




