罪と暴力――4
幸い『ゴブリン』は一匹だけだった。
俺を発見した『ゴブリン』は力任せに斬りかかってくる。待たないAIで助かった。
普段なら、ただ回避する。それから、状況が良ければ反撃すればいい。
だが、胴を薙ぎながら、避けた。
いや、避けながら、胴を薙いだ。
大きく仰け反る『ゴブリン』。ちょっとした幸運も味方してくれたようだ。
ツキを逃さず、できた隙に剣を叩きつける。
止めとなり、『ゴブリン』を倒せた。
……良い感じに動けたか?
二撃で済んだのは偶々だろう。『鋼』グレードで強化済みとはいえ、二確――二回の攻撃で必ず倒せると、確定してなかったはずだ。頼ると危ない。
この戦術を狙うのは久し振りだ。緊張していたせいか、額から汗が出ている。無駄にリアルなアバターの性能が煩わしい。
失敗すれば『ゴブリン』の攻撃だけ命中し、俺の攻撃は外れてしまう……最悪の結果だ。
しかし、成功すればリターンは大きい。
『避けながら斬る』、『追撃で止め』の二動作で済ますことが出来た。
いつものやり方なら『避け』て『斬る』、『避け』て『斬る』と四動作かかる。下手したらもっとだ。一対一なら大したことはないが……多対一だと手数の省略は馬鹿にできない。
ドロップは無視して進む。
「カエデー! 聞こえるか? 聞こえたら返事してくれ!」
『ゴブリン』を集めてしまうかもしれないが、『大声』も使って呼びかける。
……『大声』の効果範囲内にもいないのか?
何度かの遭遇でジリジリと『回復薬』が削られていく。
まだ大丈夫だ。
……だが、手持ちが尽きたら?
街へ戻って補給する余裕があるのか?
それに間違えたんじゃないのか?
街で知り合いに片っ端から声を掛けた方が、良かったんじゃないのか?
不安のあまり、大声で叫びだしたくなる。
そんな俺を嘲笑うかのように、三匹の『ゴブリン』が大声をあげ、武器を振り回しながら襲い掛かってきた。
『避ける』、『避ける』、『避ける』、『できたら攻撃』……そんな風にすれば、いつかは倒せるだろう。その方が堅実だ。しかし、時間も確実に失われていく。
まず手前の一匹を利用して、奥の一匹に盾となる位置取りをする。ほんの一瞬だけ三対一を二対一に減らす、小手先の誤魔化しだ。
そして斬りかかってきた二匹のうち、先に動いた方に狙いを定める。
なんとか避けて……攻撃!
単純に当てれば良い訳ではない。攻撃の終わりのモーションから、次の一撃を始動できなかったら、リスクを冒したリターンが無くなる。
二匹目の攻撃は……とても避けれない!
だが、構わず攻撃を合わせる。
お互いに命中。相打ちだ。
現実の戦いなら、これで俺は終わりだろう。致命傷でなくても、傷を負っての三対一など生き延びられると思えない。
だが、俺に科せられたのはHP減少だけ。血は流れているが、あくまでも演出としてだ。
回りこんできた三匹目も攻撃してくる。
やはり、相打ちを狙う。ギリギリ間に合った!
衝撃で倒れてしまいそうになったが、全精力を傾けて踏ん張る。
それだけは絶対に駄目だ! 敵を前に、転倒してしまうのは良くない! 一方的に攻撃され続ける!
「『発動・ポット』」
ショートカットが機能して、口の中に爽やかな味が広がり……HPが回復していく。
三動作の間に、俺は三回の攻撃を命中させ、二回の攻撃を喰らったことになる。ダメージレースは俺の勝ちだ。安全策を採っていれば、無傷だったかもしれないが……まだ一撃も与えられてなかっただろう。
これがMMO特有の戦術……相打ちを『よし』とするものだ。
現実では絶対に選択されない。相打ちどころか、命中されないのが基本のはずだ。防具に頼るのは妥協に過ぎない。鎧で身を守ろうとも……人はたったの一撃で絶命することがある。
しかし、MMOでは違う。その認識は間違いだ。
特に『セクロスのできるVRMMO』のように、一撃で死ぬ急所の概念が無いシステムは……次の一撃で絶対に死なない状況が作れる。例えクリティカルで大ダメージになろうともだ。
この強引にも見える戦術ができねば、『戦士』ソロなどできない。特に俺のような盾を使わないスタイルでは。
理想は全て回避してだが……俺にできる方法で凌ぐしかない。
三匹のどれでも、あと一撃で倒れるだろう。次で実際に数を減らし、二対一とできる。リターンは大きかった。
よほどの数で囲まれなければ、まず『ゴブリンの森』で敗れることはない。
かなりの『回復薬』を使った。
連続使用に制限がある以上、早めに使っていかねばならないし……どのみち『戦士』に他の手段は無い。
自然回復などを当てにした節約も無意味だ。
いまは急いでいるから休憩はできない。それに際どいダメージレースになったら、詰む可能性がある。HPは可能な限り全快に近くしておくべきだった。
しかし、それでは消費ペースが抑えられない。
『回復薬』が切れたら、探索の継続は不可能だ。『ゴブリン』相手ですら、回復なしでは死ぬ危険性がある。
節約を考えるべきか?
それとも一旦、街へ戻るべきか?
もう「全ては俺の妄想に過ぎず、問題の男などいない」であって欲しかった。
いや、男は実在したとしても、今日は……今だけはログインしていない。それだけの幸運で良かった。
あるいはカエデは何かの気まぐれで、街に帰還しているでもいい。
無理をしているとはいえ『戦士』の俺で、『回復薬』が尽きそうなほどの滞在時間だ。その可能性はある。そうであって欲しい。
なんでカエデは呼びかけに応えてくれないんだ?
俺は見当外れの方に来てしまったのか?
……すでに手遅れな可能性だってある。
いや、大丈夫のはずだ。そうに決まっている!
『回復薬』の残りは僅かとなった。
無くなったら、決めねばならない。
街へ戻るか?
それとも一か八か、走り回ってでも探すか?
「カエデー! 聞こえたら返事をしてくれ! お願いだ!」
「――ケル?」
カエデの声が聞こえた気がする!
俺によく聞こえなかったということは、カエデにも良く聞こえていないということだ。
だが、声が届く距離にいる! あとは方向さえ間違えなければ――
「きゃあっ! な、なにを――」
今度はハッキリと聞こえた!
声がした方へ向かって走る!




