罪と暴力――2
これはβテストの頃の話だ。
俺は『RSS騎士団』に入団したばかりで、一ギルド員に過ぎなかった。まだ階級制度や部隊などのチーム制も導入されてない。
この頃、アリサは忙しくしていて、あまり一緒に行動してなかった。
……今にして思えば、この時期に『HT部隊』は設立されたのか。そう考えれば、色々と間尺に合う。少なくとも前身の何かが、作られていたはずだ。
リルフィーの奴は抜け目無く、俺の手が届く距離には近寄らなかった。
……理不尽な八つ当たりをされると思ったのだろう。まあ、踏み込めば届く距離なのが、奴のドジなところだ。ネリウムとのコンビネーションは、この時期に育んだものか?
そして俺は、カエデとの仲直りを済ませてなかった。
そんな頃の話だ。
俺達はある意味で開拓者といえる。
前人未到の、少なくとも日本では初めての世界を冒険した。
『RSS騎士団』を含め、全プレイヤーが手探りで進んでいて……それは運営側のゲームデザイナーも同じだ。誰も彼もが、何かを模索していた。
新型ベースアバターを初採用したMMOだ。何も無いわけがない。色々とあった。実に多くの事が。
憎たらしいことに見事パートナーを獲得、愛などと称する架空概念を育んだと主張する者もいた。もちろん、妄言の類だ。
この世界に裏切られ、傷つけられ、失意のままに去った者もいた。
それは珍しくもない。MMOでは良くあることだ。俺のような慣れた者でも、その世界に全く馴染めない……どころか苦痛を感じることもある。
そして『セクロスのできるVRMMO』特有のできごとも、数多く起きた。
当時、俺はカエデと仲直りする方法を模索しつつ……一人の男を追っていた。
特に面識のある相手ではない。
キャラクターネームすら知らなかった。所属ギルドの有無も不明、活動時間帯――いつごろログインするのかも判らない。SS――スクリーンショットも入手できてなく、なんと似顔絵を使っての地道な聞き込み捜査だ。
捜し出せる望みは薄かったが、諦めるつもりもなかった。
動機は……ある種の私怨だ。
一人の女性が性的に乱暴された。
この世界で最初の事件だったのかもしれないし、ついに明るみになっただけの話なのかもしれない。そんな分類は、俺と関係のない話だ。
ただ、その女性のことは知っていた。
顔見知りでは軽すぎて、友人と言うには重過ぎる。そんな付き合いだった。顔を見れば世間話くらいはしたし……もしかしたら友人になったかもしれない。そんなありふれた、良くある関係。
その女性はもういない。ゲームから引退した。
MMOで知り合いの引退は、よくあることだ。それを嘆き悲しみ、重く受け止めてしまうほど、俺も初心じゃない。それは慣れるしかないことだ。出会いの裏側にあることなんだから。
しかし、取り繕わずに率直に言えば……不愉快だったし、怒りを覚えていた。
断罪する必要がある。
そう強く感じた。しかし、俺にそんな権利があるのか微妙だったし……正義というものも、俺に騙られるほど落ちぶれてはいないはずだ。
だから、動機は突き詰めれば……私怨になるんだと思う。
事件を知るものにとって――世界は揺れていた。
消極的にだが、否定しない意見すらある。
そして、その理屈は間違っていない。
例えばMMOではPK――殺人が許されている。この世界でも容認されているし、俺も経験済みだ。それこそ、数え切れないほど殺している。
だが、殺される方にとっては、決して愉快な体験ではない。
俺にしたって、殺した数はあやふやだけれど、殺された回数や相手ははっきりと憶えている。『返すべき借り』リストにして、記録しているくらいだ。
ただ、プレイヤー間では定期的に『PK是非について』の議論もされるから、軽く考えられてはいないだろう。重大なことと認識されている。
しかし、結論はいつも同じだ。
「ルールとして認められている――システム的に可能なことをするのは、悪ではない」
「不愉快なのは認める。しかし、嫌だったらゲームをしなければいい。ゲームは一つだけではないし、PK不可能なのもある」
「PK可能なゲームに、覚悟なく参加するほうが悪い」
そして、形としては全く同じなのだ。
あの女性は覚悟なく参加したから悪い。それも一つの正論だ。別に否定しない。ただ、俺はそれに肯かないだけだ。
もちろん、それが主流派とはならなかった。
正であろうと、誤であろうと……人は不愉快に感じることは、厭わしく思う。
その証拠に聞き込み捜査では、有形無形の助力が多くあった。
このときに築いた人間関係やノウハウは、大きな財産だ。いまだに協力関係にある人もいる。さすがに『RSS騎士団』将校と、大っぴらに付き合ったりしないが。
それと喧嘩となって判ったのだが、カエデは不思議なところがある。
まず絶対に、完全には逃げない。
とにかく謝罪をと話しかけても、ちゃんと聞いてくれる。無視することはない。だいたい「ばかぁ!」「あほぉ!」「おたんちん!」と罵詈雑言で返されたが、とにかく話は聞く。
……ちなみにカエデは、悪口のレパートリーに乏しい。いまの三つをヘビーローテーションだ。もしくは怒りすぎて、何も言えなくなってしまう。
そして、近づき過ぎると逃げる。
仲直りを試みた当初、おおよそ五メートル程度の距離が限界だった。それ以上に近づこうとすると、カエデも距離を取ろうとするから……鬼ごっこが始まってしまう。
しかし、追うのを止めてみれば……カエデも逃げるのを止める。
その場に留まり、こちらの様子を窺う。さすがに機嫌は良さそうではないが……なぜかこちらを心配しているようにも感じる。謎だ。
さらに、たまに油断する。
変な言い方だが、これが適切な表現だ。
ある日、カエデの隣りに立てたことがある。ついに謝罪は受け入れたと思った。カエデも機嫌よく世間話に応じちゃってる。しかし――
「あーっ、タケル! ボクたち喧嘩してたんだからね!」
と叫んで、身体をパッと離した。
それから悪口を通り越し、オーバーフローでの無口どころか、軽く唸りだす。これはカエデの怒りが最高潮になった証拠だ。
それで二メートルまで許された距離が、三メートルまで戻ってしまった。
これはカエデが執念深いとかでは無いと思う。むしろ逆で……怒りを維持するのが苦手なんじゃないだろうか?
ときどきアリサも不思議に感じるが、カエデも負けず劣らずだ。
二人とも、俺には内緒のルールで行動している気がする。そのルールを教えてさえくれれば、もっと円滑にいくと思うんだが……。
とにかく、そんな風にして、俺とカエデは距離を縮めたり、伸ばしてたりしていた。
そんなに不満は無かった。これが二人の距離を、新しく作り直す方法と思ったからだ。
唯一、文句を言いたかったのは……再び距離が伸びる原因のほとんどが、カエデの油断だったことか。それは少しだけ、理不尽に感じた。
まあ、カエデと喧嘩したり、男を捜したり……それが俺の、その頃していたことだ。




