罪と暴力――1
結局、情報部案が通った。
予定通りに譲歩して二階建、各部隊専用の部屋に共用ラウンジホールだけの質素なものだ。これだけでも、かなりの予算を使うのだから、納得してもらうしかない。
しかし、通らなかったこともある。
まず、通路幅が六十センチから三倍に拡張された。通路なんて幅六十センチもあれば十分だと主張したのだが、なぜか誰も賛成してくれない。
そして、階段の設置。真面目にハシゴを推奨したのだが、受け合ってもらえなかった。みんなは部屋が狭くなっても、階段で楽をしたいらしい。
最後が外観についてだ。
予算と相談しながらだが、『最低限の体面を保てるものとする』となった。
見た目なんて一文の得にもならないんだから、一番安く済むのでいいと思うのだが……この考えに賛成してくれたのは団長だけだ。
「いっそのこと空き地のままにして、そこでキャンプを設営すれば良いのではないか?」
とまで言ってくれた。
俺には無い発想だ。検討すべき優れた提案でもある。持ち運びできるアイテムにしてしまえば、引越しのときも転用可能だ。
しかし、なぜか他の参加者が一致協力して、てきぱきと決めてしまった。まだ考えていたのに!
そしてデザインは、ヴァルさんとディクさんの両名で共作となった。
この二人も不思議な関係だ。
おそらくディクさんは、ヴァルさんがギルドホールのデザイナーに抜擢されたと勘違いし、対抗心を燃やしてハンバルテウスに協力したのだろう。
思い描いたのは……幹部会議という解り易い場での、正々堂々とした対決か? ……どこぞのグルメ漫画みたいだ。
しかし、蓋を開けてみればヴァルさんは不本意な……両手足を縛られて作ったような作品。卑怯にも自分は何一つ制約が無い上に、要求されたテーマとかけ離れている。
なんというかヴァルさんもディクさんも……お互いを気遣うような、ばつが悪くて居心地が悪いような……微妙な空気を醸し出していた。
いつも言い争いをして、喧嘩ばかりのくせに……これがライバルという奴なのか?
まあ、共同作業をしているうちに、元通りの関係に戻るだろう。俺が仲裁しなくて良いなら、それで文句は無い。金銭面での監修はカイに任せてしまったし。
幹部会議の終わった俺は、『店舗』の視察に向かっていた。
ギルドホールは『不落の砦』と『聖喪女修道院』、それに『RSS騎士団』で分け合ったが、店舗は『象牙の塔』と『妖精郷』で――合弁ブランドの『アキバ堂』で落札した……形になっている。
実際に資金を出したのは『RSS騎士団』、それも『情報部』だ。
色々と複雑だが……ようするに『情報部』が大家で、先生方の『アキバ堂』が店子の感じになる。
その本日開店な『アキバ堂』だが……凄い賑わいを見せていた。
まだギルドホールは建設する段階だ。見物に行ったところで、空き地しかない。
しかし、すでに店舗は建物があった。それは予め運営によって用意されてる。
これはギルドホールのように別空間ではなく、『砦の街』の大通り沿いに建っているからだろう。街の景観を保つのなら、好き勝手にデザインさせない方が無難だ。
そんな訳で見物するなら店舗――『アキバ堂』だが……想像以上に人が集まっていた。
この世界でただ一つのプレイヤーが経営する店。その開店初日なのだから、解らないでもないが……とにかく凄い。
元来、MMOプレイヤーなんてのは物見高く、野次馬気質なのが普通だが……この世界の住人は特にそれが酷いと思う。
どう見積もっても四桁の人数が押し寄せてきている。それも建坪で言ったら三十坪程度の小さな店にだ。定期的に「申し訳ありませんが、入場制限中です!」と大声も聞こえるから、すべり出しは順調か?
その入場待ちの行列から少し離れ、カエデが一人で立っていた。
棒の先に大きな看板が付いた物を、カエデは持っている。
そこには『本日開店、アキバ堂!』と書いてあるから……宣伝の手伝いに駆り出されたのだろう。
だが、しかし! 驚くべきことがあった!
……俺はあと何度、先生方に打ちのめされるだろう?
カエデは先生方のデザインした『レザーアーマー』姿だ。やはり、何度見ても可愛い。それは太陽が東から昇るように当たり前のことだ。
俺が驚愕したのは、それが原因ではない。
なんとカエデは、猫耳と尻尾を付けていたのだ!
黒い長手袋に色を合わせた猫耳と尻尾……さすが先生方だ。感服するほか無い。この『レザーアーマー』は、これが完成形だったのだ!
「あっ! タケル!」
俺を見つけたカエデは大声を出すが……どうにも様子がおかしい。
心細いときに知り合いに会った安心感、見られたくなかった恥ずかしさ、それらを無理やり誤魔化す微かな怒り……そんなのが綯い交ぜになった複雑な顔をしていた。
そして俺を探るような目付きをしている。少し不機嫌そうな感じがするし……事実、何か不満なんだろう。
そしてまた、先生方に驚かさせられた。
それまでカエデの尻尾は、地面を叩くようにしながら左右に揺れていた。よくよく考えてみれば、それはイライラしている猫のやる仕草だ。……猫ならばだが。
しかし、俺を認めるなり、尻尾はピンと垂直に立った。そして左右に振るような動き。……猫なら好戦的な気分になったしるしだったか?
……これは……カエデの感情と尻尾が連動している……のか? そんな……まさか……でも先生方のやることだし――
「……笑った?」
……なるほど。カエデはいまの自分が――猫耳と尻尾をつけているのが、面白おかしい格好だと思っているのか。
「まさか。宣伝の手伝いしてるのか?」
笑うどころか、愛らしすぎて抱きしめたいくらいだ。
しかし、俺もカエデのことが解りだしている。ここで迂闊なことを言ったら、酷くへそを曲げてしまうに違いない。
「手伝いっていうか、バイト! この手伝いしてたら、少しローン負けてくれるって! この耳と尻尾は……宣伝するならって……これも『アキバ堂』の商品なんだよ?」
照れくさそうに答えてくれた。
どうやら疑いは晴れたらしい。いつもの天真爛漫な笑顔を向けてくれてる。この猫の目みたいに変わる表情……これに俺は弱いのかもしれない。
尻尾は立ったままだが、左右に振る動きは無くなった。……どういう仕組みなんだ? 謎すぎる!
「ふむ。しばらくやるのか?」
「もう少しで終わり! みんなが来るまでの約束なんだ!」
このまま可愛さ三割り増しのカエデと、楽しくお喋りでもよかった。久し振りに二人だけなんだから、できればそうしたい。
しかし、カエデに話しておく事が……二人だけの時に伝えることがあった。
「……あのな。あいつが復帰しているみたいなんだ」
「あいつって?」
「ほら、βテストの頃……森で……その……仲直りしたとき……」
「……あの時の人?」
やっと、どの人物を指してるのか判ったらしい。
それでカエデの顔が曇る。
無理もない。決して楽しい経験ではなかっただろう。
俺にしたって思い出して楽しいだとか、懐かしいだとかの相手じゃない。
それでも警告は必要だ。不意を討たれるよりは、ずっといい。




