日常・二――10
「ありました! クエスト達成です!」
アリサが皆に伝えるように、嬉しそうな声をあげた。
苦労が報われた瞬間だ。嬉しいに決まっている。
俺などは今日しか関わってないが、アリサはクエストの下準備をしていた。まあ、情報収集という名のNPCたらい回しマラソンだが……やはり面倒ではある。最後の『馬車強盗』退治だけ手助けしたのが、今日の狩りというわけだ。
これでアリサは報酬の魔法書を貰える。色々あったが、素直に喜びを分かち合うべきだろう。
「良かったな!」
「はい! ……でも、死んじゃいました」
恥ずかしそうにアリサは、反省の言葉を口にする。
反省点が判ったなら、それで良いんじゃないかと思う。「死んだ」と言うが、実際には『魔術結界』で死亡ペナルティは回避できている。次に生かせばいい。
「まあ、勉強になったな。『受け』にしか使わない武器でも……グレードで軽減率変わるからな。それにクリティカルくらうことも、頭の中に入れておかないと」
「はい。『ダンシング・ダガー』の魔法より、先に鋼グレードの杖を買っておけば良かったです。失敗でした」
まあ、参考になったみたいだし、予算もあるはずだ。アリサはそれで良いだろう。
偉そうにしちゃっているが、俺にだって反省点はある。
亜梨子合流でもたついたのは、俺だけの責任でもなかろうが……戦術はどうだっただろう?
結果から考えたら、少ない戦力をさらに三分。自分から危機を招いたともいえる。
全員で固まって移動しながら、射手を撃破していく作戦だってあった。
その場合は馬車の裏側に伏せていた射手も、戦闘に参加しただろう。途中で包囲される可能性だってある。それでも、戦力分散はしないで済む。
俺が遊撃に回らずに、リルフィーと肩を並べて戦う手もあった。
前衛が二人なら守りは堅くなる。反面、弓で射掛けられながら包囲されるが……そんなに悪い選択でもない。
メンバーを増員する手もあった。もっと強くなってから挑む選択だってある。
やはり、今回は作戦ミスだ。無茶をして全滅でもしたら、やはり面白いわけがない。
だが、アリサにも言ったように、次に生かせばいい。
結局、MMOは死にながら攻略するゲームなのだ。
オフラインゲームのように、常にプレイヤーが対処できるように配慮されていない。場違いな狩場に挑めば、理不尽なまでの暴力に晒される。
かといって、石橋を叩くような安全策オンリーでも楽しくないだろう。絶対に死なない攻略法というのもあるが……それはゲームとは――冒険とはいえないじゃないだろうか?
意図せずギリギリになったり、理不尽な目に遭ったり……それがMMOだ。そうやって自分の――自分達の限界ラインを知っていくしかない。
その過程で運悪く死んだとしても……それは受け入れるしかないだろう。そもそもキャラクターの死亡が、システムに組み込まれている。絶対に避けることでもない。
仮に『一度たりとも死んではいけないMMO』なんてのがあったら……それは世紀のクソゲーと呼ばれるだろう。
いや、MMO以外のジャンルならよくあるから……それはMMOとは似て非なる、違うものとなるのか?
戦術の反省をしてたら、皆が集まってきていた。
「凄いよ、タケル! 『魔』の『エッセンス』があったよ!」
カエデが興奮しながら、手に持った水晶玉を皆に見せた。
「おーっ! 当たりすっね!」
「クエスト専用モンスターでレアとは珍しいな」
「珍しいんですか?」
「この様なクエストが儲かってしまうと、繰り返される――悪用されるのです」
俺達はてんでバラバラな感想だったが……テンションは一気に上がっていた。
全員の脳内でエンドルフィンがドバドバと出ているだろう。かくいう俺もだ。大げさでも間違ってもいない。レアが出たときの喜びといったら……MMOが麻薬とまで言われるのは、これが理由の大半だ。
だが、一人だけしょんぼりというか……複雑な顔をしている。亜梨子だ。
「い、いえ! 良いのよ? 私は間違って参加しただけだし……その……迷惑もたくさん掛けたし……」
などと言いながら、両の手の平を見せて振る仕草をした。
省略されたが「自分の分は要らない」ということだろう。
「私も……クエストのヘルプをお願いしたわけですし……無くても……」
感化されたのか、アリサまでそんなことを言いだす。
どちらの言い分も解らなくもない。そんな考えのプレイヤーもいる。
正直、面倒臭い話の流れだ。
俺個人の好みでは、全員で均等に分ける方が好ましかった。それが嫌だとか、納得出来ない相手なら……最初からパーティなんて組まない方が、よっぽどスッキリする。
「えー……アリサはヘルプのお礼として、ポーションを用意したんだし……それ以上は他人行儀だよ! それにボク、分配は全員でがいい!」
カエデが切り込んでくれた。チャンスだ。
「よし、多数決な! 全員で均等分配に賛成の者?」
俺の掛け声に、サッと手が挙がる。カエデとリルフィー、ネリウム、そして俺だ。
「四対二で賛成多数だな。それでは全員で均等分配とする! いいな?」
「意義なーし!」
三人もすぐさま追随した。
亜梨子は「えーっ!」などと驚いているし、アリサも困ったような苦笑いだ。
それでも二人共に、強く逆らいはしまい。約束だとかルール、調和なんぞを重視する人間の弱点ともいえる。
こんな多数決に拘束力があるとは思えないし……どう考えても民主的でもないだろう。
俺も俺で、勝てると思ったから多数決に持ち込んだのだ。暴力的というか、独裁的ともいえる。……勝てないのに多数決に持ち込むのは、馬鹿のすることだろう?
問題解決と判断したのか、カエデは再び喜びに浸りだす。
「えへへ……嬉しいなぁ……いま幾らなんだろ? ボク、分配もらったらローンに充てるんだ……」
まるで蕩けてしまいそうな顔をしているが……実に可愛い!
「何だかんだで……一人当たり金貨千枚くらいの分配じゃないっすかね。俺もローン返済に……いや……先に小物を……」
リルフィーは締まりの無い顔をしてやがる……実にだらしない!
まあ、それをネリウムはウットリと眺めてんだから、とやかく言うことでもないか。
「どう処分すっかな……まだ、そうポンポン売れやしねぇよな……」
気が早いが……こんなことを考えるのも楽しみの一部だ。
『魔』の『エッセンス』は、捨て値でも金貨五千枚はする。人気商品とはいえ……買い求めるプレイヤーは、まだ多くないだろう。
「なんでしたら私が買い取っても……それにタケルさん、使います?」
アリサがそんなことを言い出した。
もちろん、純粋な好意に決まっている。アリサは裏で計算するような奴じゃない。
この『魔』の『エッセンス』を持って、街にいる付与魔術師のNPCに頼めば……武器だろうと、鎧だろうと……一段階目の強化が出来る。
俺が強くなれば、それはパーティも強くなるということで……奇妙な提案ではない。代金だって、いずれは清算する。し、しかし――
「いや、先に幾つか欲しい小物があるんだよな。ああ、でも買い取りは頼むと思う。使わないなら転売しちゃってくれ」
そう言えた。さり気なく言えたはずだ。
べつにアリサに悪いところとか、不満があるわけではない。ただ、一度でもアリサの好意に甘えたら……際限なく甘えてしまうと思う。俺にはそんな心の弱いところがある。
やせ我慢だって……立派な矜持だ。
「それじゃ……アリサのMPロックが解除されたら、移動するか。あと何分くらいだ?」
「あと数分で……回復は『MP回復薬』ありますから。エンチャントの掛け直しは、もう少し待ってくださいね」
俺達は頭を切り替えて、これからの移動に備え始めたが……亜梨子だけは面食らっている。
「えっ? こ、これで終わり? ば、馬車は?」
「いや、もちろん、ここからは歩きだぞ」
このゲームのデザイナーが、馬車に乗るだけで隣町へ到着なんて……そんな楽をさせるはずがない。各地のテレポーターを使うのにも、一度は歩かにゃならんのに。
「……ま、街ってどっち?」
「……どっちの街?」
聞き直す意味は無かったかもしれない。ここは『砦の街』と第二の街との、ちょうど中間点にある。どちらも豆粒ほどの大きさにしか見えない。
「つ、ついていってもいい?」
「『帰還石』は持ってないのか? というより、ついてくると思ってたぞ? まあ、俺達が向かうのはエルフの街だが。それでも良いよな?」
ガクガクと肯いて返す亜梨子。
……こんなところで独りになって、どうするつもりだったんだ? まあ、最悪、死ねば近くの街に戻されるが……そのためだけに死ぬというのも……。
やはり、亜梨子は……ドジっ子というやつに違いない。




