日常・二――9
二回だった。二回、光るエフェクトは発生している。
「リルフィー、そいつのタゲ取れ!」
「アリサ、そのまま後ろに転がって!」
俺とネリウムが叫ぶ。
しかし、俺が言うまでもなく、リルフィーの奴は行動していた。
こんな時の反射神経は凄い。素直に感心してしまう。戦闘では、一番信頼できる。
アリサを薙倒した山賊には、いつのまにか太く長い針が刺さっていた。
……隠し千本という武器だ……リルフィー愛用の。俺から奪い取った『スローイング・ダガー』を、わざわざ好みにアレンジしたのだろう。
……そのうち『投げ風車』でもプレゼントしてやろうか? ……いや、無駄か。逆に喜びそうだ。
「す、すいません! ちょっと無理しすぎたかも……」
意外と見事に転がったアリサは、まだ座り込んだままだ。それでもすぐに、『回復薬』を取り出して飲んでいる。
残り一になったアリサのHPは、それでかなり回復した。ネリウムも『ヒール』を被せたから、とりあえず安全な数値まで戻る。
残り一だったのは見るまでもない。そういう『仕様』だ。
最初に光ったエフェクトは、山賊の攻撃がクリティカルしたことを意味する。
プレイヤーの攻撃がクリティカルする以上、モンスターの攻撃もクリティカルするのが平等というものらしい。
俺には納得できないというか……あまり好きではなかった。計算が狂うくらいなら、クリティカルの仕様そのものが無い方がいい。常日頃から、それは公言している。
……だから、まあ……いま……少し動揺しているから、不満を述べてるわけではない。……たぶん。
二回目のエフェクトは、アリサのスキル『魔術結界』の発動を意味する。
致命の攻撃を喰らったとき、HP残り一で踏み止まれる効果なのだが……評価の分かれる難しいスキルだ。
『魔法使い』専用なのに発動時に全てのMPを消費する上に、しばらくロックもされてしまう。魔法が使えなくなったら、『魔法使い』は完全に無力だ。
つまり、死なないだけの効果しかない。
俺は機能さえすれば、他で代用できない神スキルだと思うんだが「発動する前に何とかするべき。どのみち発動したら、逃げるしか選択肢が無い。それなら発動前に逃げれば同じ結果」という意見もある。ソロ志向の『魔法使い』に根強い。
発動直後にすぐ追撃され、結局は死亡。全く意味のないこともある。だから否定派の考えも解らなくもないが……今回は上手く機能した。よしとするべきだろう。
それに、つまるところ、驚くほどのことは起きてない。
アリサの『魔術結界』修得は予定通りだし、俺も知っていた。……もう修得済みだったのを、知らなかっただけだ。
また戦況もアリサが戦線離脱はしたが、相手を一人減らしてもいる。好転しているといって良い。何よりネリウムが狙われなくなったのは大戦果だ。
カエデも一対一なら程なく相手を倒し、合流するだろう。保険として強い『回復薬』を持たせてある。
あとは確実に対処していけばいい。亜梨子がアタッカータイプと判ったのなら、その火力を生かして回転を早くもできる。
多少のトラブルはあったが、まあ……無事にクエスト達成できそうだった。
「動揺しましたね?」
「……なんのことです?」
戦闘が終わると、ネリウムが変なことを言ってきた。なぜか楽しそうだ。
パーティメンバーの一人や二人が死んだ程度で動揺したりしない。見くびってもらっては困る。さすがに嬉しいだとか、楽しいとは感じないが……そんな初心じゃない。
「知ってたんですか? アリサが『魔術結界』を取ったの?」
「もちろん。回復役に知らせておくのはセオリーでしょう?」
……それで回復魔法の順番が変だったのか。
なんだか面白そうにしているのが癪に障る。
ネリウムには何も答えず、ドロップを拾い集めてるリルフィーの方に向かった。……逃げたんじゃない。用があったからだ。そう、これは転進に過ぎない。
「あったか? 拾うなよ? まあ、俺達には拾えないはずなんだが……」
「止してくださいよ! そこまで素人じゃないっすよ!」
まあ、そりゃそうか。失礼な物言い……でもないが、リルフィーなら解っていることだった。
「なにか特別なドロップがあるの? そういえばクエストなんだっけ?」
アリサと話し込んでいた亜梨子が、話を終えたのか様子を見に来た。
自分のミスで危うく殺しかけたのだ。謝るのが筋と言うものだろうし……その辺はキッチリしていそうな感じがする。アリサの方は謝られるのが苦手らしく、多少、窮屈そうだったが。
「『奪われた魔術学院の本』でしたっけ? アリサさんのクエストアイテムっす!」
「ああ、これじゃない? ここに落ちているわよ――」
「ストップ! 拾うな! 『魔法使い』なら拾えちまう! それクエストアイテムだ!」
慌てて止めた。
もしかして亜梨子は……ドジなんじゃあるまいか?
賢く、有能そうで、善良な感じ。だが、それでいながらドジ! ポイント高い!
……いやそうじゃない、脅威的だ。
全く悪意無く……それどころか善意の塊でありながら……厄介ごとを引き起こすタイプ。それはドジとしか言い様が無いだろう。
思うところがあって、亜梨子と『奪われた魔術学院の本』の間に身体を入れる。予感がするというか……念の為だ。
拾うなと言ったのには理由があった。
これはクエストの達成を意味するアイテムで、『魔法使い』にしか拾えないように設定されている。その上、他人にも譲渡できない。これはクエストアイテムの購入や譲渡で、クエスト達成を防ぐための措置だ。
亜梨子に拾われてしまったら、ここまでの苦労が水の泡だ。
「さすがに私も、クエストアイテムと言われたら、拾わないわよ! もう、失礼しちゃうわ――きゃあ!」
そんなことを言いながら、亜梨子は転んだ。
俺の胸に顔面から飛び込むような形となる。俺が立ってなかったら、そのまま『奪われた魔術学院の本』にダイブしていただろう。
しかし、胸囲的だ! いや、驚異的に大きい……違う! 柔らかかった……そうじゃない! ここで待ち構えていて良かった! ……もちろん、大惨事を回避するためにだ。
そしてお互いに気まずい沈黙になる。
「わ、私、向こうの方を拾っておくね!」
「そ、そうだな。そ、そうしてくれ」
この場を離れたほうが良いと判断したようだ。
顔を赤くしながら、亜梨子は別のドロップを拾いに行く。
まあ、さすがに恥ずかしいのだろう。注意された矢先のことだ。俺が阻止してなかったらどうなったことか。
「ここに落ちてたんですね」
「ち、違うんだぜ?」
背後から話しかけてきたアリサに、変な受け答えをしてしまった。
「ここじゃないんですか?」
「い、いや! ここにあったんだぜ?」
なぜか悪事が見つかったような気分だ。
……俺は何もマズいことはしていない。それは天地神明に誓っていえる。仮に……万が一……何か問題になるようなことが……そんな不思議なことがあったとしても、それは俺の責任じゃない。
アリサは不思議そうな顔で俺を見ている。何か怒っている感じはしない。
こっそりカエデの方も探ってみれば、亜梨子との『接触』に気づかなかったようだ。真面目にドロップ拾いに勤しんでいる。
よし、セーフだ!
なぜか解らないが、とってもセーフな気分になった。ネリウムの瞳が怪しく光った気もするが……まあ大丈夫だろう。対処可能だ……贈賄という手がある。




