日常・二――8
ネリウムは攻撃を真正面から受けた。
リルフィーは阻もうとすらしない。
攻撃被弾といっても、盾で防いではいる。初期装備の安い盾とはいえ、『エンチャント・シールド』で強化済みだ。HPは減るものの、それなりに軽減もされてる。例え直撃したとしても、たったの一撃で死ぬほどレベルも低くはない。
そこで二人の狙いが判った。
『頑固』にネリウムを狙うなら、先に倒してしまおうという作戦だろう。強盗は狙い通りに攻撃を命中させたものの、リルフィーに背中を見せてしまっている。隙だらけだ。
自分の回避を考えないで良いなら、相手が避けようともしないなら……思い切った攻撃ができる。
リルフィーは遠慮なく攻撃を始めた。
そこに亜梨子が援護するのだから……すぐにでも倒せてしまうだろう。
ネリウム狙いの強盗は倒せる。それは良い。
だが、視界の隅に表示されるアリサのHPは、半分以下にまで減っていた!
最初の数回で気がついたのか、いまは回避最優先の動きに切り替えている。
……経験の浅さが出てしまった。何度か杖で攻撃を『受けて』しまったのだろう。βテストの時と同じつもりで守ったら……装備の違いがモロに反映する。
アリサの二つ目の長所は『器用度』だ。
まず、高い『魔力』による豊富なMPで、エンチャンターとして成立させる。そして高めに設定した『器用度』と杖術で、いざという時に身を守るコンセプトだ。
そのために杖術をサトウさんに教わったくらいなのだが……『魔法使い』初期装備の杖が良くなかった。そんなので受けても、直撃よりはマシ程度の軽減効果しか得られない。
となると、全ての攻撃を回避するしかないが……そんなことが出来るものなら、最初からやるに決まっている。
普通は回避しやすい攻撃だけを避けて、無理なら武器や盾で受け流す。無理に避けた結果、体勢が崩れたら……逆に窮地に追い込まれてしまう。
全ての攻撃を回避なんて、かなりの力量差があるか……絶望的なピンチでしか狙うもんじゃない。
だが、いけるか?
すぐにリルフィーはネリウム狙いの奴を倒すだろうし、回復魔法や『回復薬』だってある。いけるはずだ。そう考えたところで――
「えいっ!」
可愛らしいカエデの掛け声が聞こえた。
ついに射手のところまで接近したカエデが、奇襲に成功したのだろう。二人いる射手の片割れに攻撃したようなのだが――
光った!
僅か数パーセントの低確率だが、攻撃がクリティカルヒット――大ダメージになることがある。それが起きたとき、光のエフェクトが発生する。それが確認できた。
『急所攻撃』のスキル持ちな上、二刀流、奇襲、さらにクリティカルが乗ったか……ひょっとしたら……一撃で倒しちまうんじゃないか?
正統派『盗賊』とでもいうべきカエデは、その最大の長所も遺憾なく発揮できる。
『戦士』のような安定した戦闘能力は望めないが、『盗賊』は状況を積み上げていくことで……全クラス中、最大の瞬間風速を叩きだす。
しかし、さすがに一撃は厳しかったのか、相手は踏みとどまって反撃を試みる。一対二となるが……何とかなるか? そう思ったところで――
「『ダンシング・ダガー』!」
瀕死の射手に包丁――あれ、包丁だよな? なんで包丁なんだ? ――が突き刺さり、止めとなった。
その包丁は不思議な光に包まれていたし、倒れる射手と共に消えてなくなる。魔法で生み出した物だからだ。それは遠目でも確認できる。なにより、アリサの呪文詠唱も聞こえていた。
『ダンシング・ダガー』はその名前から連想できるように、魔法で創造した『ダガー』で攻撃するものだ。『ライトニング』や『ファイヤーボール』に並ぶ中級レベル魔法と分類されている。
しかし、創造……つまりエンチャント系だから敬遠されたり、『知力』によるダメージボーナスが乗らない、中級レベルなのに単体攻撃、当たるようにコントロールしなくちゃいけない、それなのに回避されることもある、魔法なのに地味……不人気の理由が目白押しだ。
一般認識だと取り得は、修得条件が緩いだけか?
もう使用しているだけで疑問を覚えられそうだが……スケジュール通りではある。
俺とカイで考え抜いた予定だ。かつかつなのは認めるが、自信はある。だからアリサが使っても不思議はないが――
なんで包丁なの?
確かに創造する『ダガー』は変更できる。やり方は武器なんかと全く同じだ。上手く扱えると思えるデザインの方が、システムアシストの恩恵に与りやすいけれど――
いや、アリサにとっては包丁が、身近でイメージしやすい愛用の武器…………もとい、実用品なのかもしれない。
リアルでも料理しているみたいだし、『食料品』の出来もよかった。そうに違いない! 武器イコール包丁なんて連想が……自然に出来たりしないはず! きっとそうだ!
……馬鹿なことを考えてたら、危うく包囲されかけた。
攻撃を剣で弾き、間合いを取り直す。念の為に『回復薬』も使っておく。俺が死んだら再びピンチに逆戻りだ。
色々あったが、なんとか乗り切れた。
一対一ならカエデも負けないはずだ。アリサも安全圏とは言えないが、すぐにリルフィーとポジションを代わるだろう。あとは確実に殲滅していけば――
「ス、スケちゃんが!」
そんな悲痛な叫びが上がった。
何事かと見てみれば、スケルトンが打ち倒されてしまっている。亜梨子は完全に無防備になった。そこへすかさず強盗が襲い掛かる。
たったの一撃で亜梨子のHPは三分の一以上も減った!
レベルが低いのか? それとも『体力』をまるで伸ばさないタイプか? いや、その両方かもしれない。とにかく、いきなり危険領域だ。
リルフィーはようやく移動し始めたばかりで……少し悲しそうな顔に思えた。
……俺でも同じ選択をするだろう。仕方のないことだ。優先順序は常にある。
「リルフィーさん、私はまだ平気です! 亜梨子さんのガードを! 亜梨子さんはカエデさんのフォローに! 『ダンシング・ダガー』!」
……頑張りすぎだ。
カエデの相手を狙って、また輝く包丁が飛んでいく。初期構想でアリサはカエデのフォローだから、援護射撃を続けるのは解る。
まだ一撃で倒れはしないだろうから、もう少し粘っても良い。
しかし、少なくとも魔法を使うのは止めて、『回復薬』を使うべきだ。
魔法と『回復薬』使用は同時には行えない。
非常に簡単な、納得しやすいルールだ。やってみれば判る。何か喋りながら飲み物を飲んでみればいい。どっちも上手くいかないはずだ。
「『ヒール』!」
ようやくペナルティが終わったのか、ネリウムの回復魔法で亜梨子は全快する。
……ネリウムはゲストを優先するタイプか? まあ、それはそれで理解できるが――
それでも危険領域一歩手前になっただけだ。すぐにでも守るか……見捨てるかしなければ状況は変わらないだろう。
最初から亜梨子のキャラクター特性が判っていれば……いや、話し合いの時間を無駄にしたのは俺か。
リルフィーが亜梨子と強盗の間に割って入る。
これで亜梨子は大丈夫のはずだ。あとはアリサに無理をしないように言えば……。
しかし、俺は止められなかった。
いまアリサが頑張っているのは……自分の理想を追い求めているからだ。
それは最前線パーティの魔法使いスタイルとでも言うべきか。混戦になろうが、乱戦になろうがパーティに付き従いつつ……仲間を支える任務を継続する。そんな後衛がいるチームは強い。
ゲームでだって……いやゲームだからこそ、妥協しないで理想を追うべきじゃないだろうか?
亜梨子だって足を引っ張っちゃってる感じだが、やはり、同じように理想の形を追っているはずだ。
おそらく、高い『知力』による高威力の攻撃魔法を、高い『魔力』によるMPで息切れしないで連打する。そんなスタイルだと思う。
代わりに防御力がネックになるが……それを補えないのはパーティの責任だ。まあ、今回は臨時パーティだから、仕方がない面もあるが。
アリサは杖で攻撃を受けようとしていた。
悪くない選択だ。その一撃で死にはしないだろうし、それを凌げばネリウムの回復魔法なり、『回復薬』なりで窮地は脱することができる。下手に避けて事故が起きるより、確実に計算できる方が――
光った。光るエフェクトが発生している。
そして、杖ごと押し倒されるように……アリサは崩れ落ちた。




