日常・二――6
俺達は馬車から放り出された。
そのまま地面に叩きつけられる。
といっても、衝撃は大したことがない。スプリングの良く効いたベッドに飛び込んだ程度だ。そのように設定されている。被害も驚いたくらいだろう。
馬車は横倒しになっていた。馬車を牽いてた馬は、雑な感じの落とし穴の中でもがいている。……奇跡的に無事ってやつだ。
御者役のNPCも俺達と同じく放り出されているが、血まみれで……まあ、一目で駄目だなと判る。
奇跡的に無事だった馬は、これまた偶然に自由となり、素晴らしい動きで落とし穴から脱出し……いずこかへ逃げ去っていく。うん、これで馬の心配をしないでも良くなった。
……僥倖ダナー。不幸中の幸いダナー。
馬が死ぬのはNGで、人は死亡しても良いってのは……どういう基準なんだ?
「うおー! みんな、やっちまうぞー!」
そんな鬨の声がしたかと思うと、街道から少し離れた茂みから男達が躍り出てきた。一様に貧相な毛皮で身に纏い、いかにも盗賊か山賊とかいった感じ。
もちろんNPCだし、こいつらは『馬車強盗』――モンスターだ。
強盗たちに近づかれるまで、まだ僅かに時間がある。急いで体勢を整えるべきだ。
「馬車を盾に……背にするぞ! リルフィーはパーティガード! カエデは俺のところに!」
そう言いながら、俺も馬車の方へ駆け寄ろうとしたら――
「えっ? なに? どういうこと? お、襲われてる? 襲われたの?」
まだ暢気に地面に座ったままの亜梨子は、変なことを言い出した。
「なにを言ってんだ? これはクエスト……『馬車強盗』退治のクエストだぞ? ほら、いつまでも座ってないで、早く立てよ」
そう言いながら、亜梨子に手を差し伸べる。亜梨子はなんだか呆然とした感じで、俺の手をとって立ち上がった。自分がなにをしているのか、理解していないかもしれない。
いったい、どうしちゃったんだ? ……まさか?
「ク、クエスト? 『馬車強盗』? な、なにそれ?」
「し、知らないで乗ったのかよ! これはイベント用の馬車だぞ?」
そう、この馬車はクエスト用だ。
乗れば必ず『馬車強盗』襲撃のイベントが発生する。隣りの街へ『向かう』が、決して隣町へ『行く』ことはない。
そうと思えば、最初から亜梨子は変だった。
独りで馬車に乗るのは珍しいし、共闘に応じないのも理屈に合わない。ソロなら共闘前提が当たり前、可能ならパーティに混ぜてもらいたがるはずなのだ。
亜梨子は勘違いして乗り込んだのだろう! どうりで話が噛み合わないわけだ!
こんな事故が起きないように『乗合馬車駅』は街外れに位置し、その看板も現地語表記と目立ちにくくしてある。それにイベント進行中の『魔法使い』が『乗合馬車駅』の前で待ってなければ、時間になっても馬車がこないはずだ。
しかし、そんな説明をしている時間も、非難する時間も無い。
「もう戦闘中扱いだ……『翼の護符』はあるか? あるなら街へ戻ってくれ。それか……パーティに入るかだ。急いで決めてくれ!」
実は、俺にはもう一つ選択肢がある。
それは亜梨子を見捨てることだ。
パーティの利益を第一に考えるのなら、そうするべきかも知れない。軽いパニックに陥っているようだが、そう簡単にはやられはしまい。死ぬまでの短い時間でも山賊を引き付けてくれれば……囮に出来る。
だが、そこまで非情な選択はできそうもない。
「ごめんなさい。『翼の護符』は手元に無いの。迷惑かけないようにがんばるから……パーティに入れてください」
やっと素直になった亜梨子を、俺はパーティに受け入れた。
「タケルさん、急いでください!」
珍しく、リルフィーに急かされた。
まずいな。奴が慌てるってことは、もうギリギリのタイミングになってる。
「いま行く! あいつの後ろに入ってくれ、俺は遊撃なんだ」
俺の指示に、黙って従う亜梨子。意外と上手くいくか?
戦況は包囲しようと迫ってくる強盗がざっと十人、茂みの辺りで弓を構えているのが……しめた! 二人だけだ! 残りの射手は馬車の裏側にいるのだろう……つまり、後回しにできる!
俺達側の布陣はリルフィーが盾となり、その後ろにアリサとネリウムが守られている。さらに背後は横倒しになった馬車だ。バックアタックは考えなくていい。
俺はそこから数歩ほど離れ、遊軍状態だ。
その防衛拠点へ向かう亜梨子と入れ替わるように、カエデが俺のところへやってくるのが見える。
「『発動・威圧』!」
俺ものんびりと観戦してたわけじゃない。何度も『威圧』を重ねる。包囲網が完成する前に、強盗たちを引き付けねばならない。
俺に狙いを変えたのは六、七人といったところか? 三人ほど狙いを変えずに、リルフィー達の方へ向かう。あと一人は引き寄せたかったが……まあ、三人ぐらいなら、リルフィー達でなんとかするだろう。
そう思ったところで、二の腕が痺れた。
見れば山賊側の矢が刺さっている。いままではリルフィー達が狙われてたのだろうが……『威圧』スキル使用で、ターゲットに変更されたのだろう。
矢を避けるのは難しいが、出来なくもない。避けるのは無理でも、盾などで受けるのはなんとかなる。
しかし、それは射手に集中できればだ。
弓から矢が放たれる瞬間を見てなければ、とても回避など出来ない。……リルフィーの奴は偶に避けるが、あいつは変態だ。
俺のような一般人は運良く外れるよう動き回るか、無理やりにでも射手に接近戦を挑むしかない。
「タケル! ボクはこっちで何を――」
「ストップ! そこでタゲ確認! カエデ、タゲられてるか?」
「………………ボクを狙っているのはいないよ」
また矢が飛んできた。偶然外れたが、いつまでも狙われるのは厄介この上ない。
「この煩い弓を……あそこにいる奴らを暗殺してきてくれ」
「あっ……そういうこと!」
話をしている間にも、矢が刺さった。
しばらくは絶体絶命のピンチでもなければ、回復魔法を当てに出来ない。オーバーヒールになってもかまわない気持ちで、回復薬を使う。
「『発動・ポット』」
音声で登録したショートカットが機能し、口の中にさわやかな味が広がる。
「『隠密』効果! いってくるよ、タケル! その……急いでやっつけてくるから!」
「確実にでいいぞ! アリサもフォローに待機しているから」
『威圧』がモンスターの注意を引きつけるのと反対に、『隠密』は注意を引きにくくなる。気づかれることなく奇襲が可能だろう。念の為に『上級回復薬』を持たせているし、まず大丈夫のはずだ。
俺の方は包囲されつつあった。
まともに遣り合ったら、あっという間に倒されるだろう。多勢に無勢だ。
包囲されてしまわないよう、微妙に距離を取り直す。相手が他を狙わない距離を保ちつつ……包囲されきってしまわないギリギリの距離を推し量る。
また矢が飛んできた。
運よく鎧で弾けたが、それなりにHPは減る。このゲームは回避しない限り、無傷とはならない。不満に思える仕様だが、文句を言っても始まらないだろう。
やはり、間合い調整に神経をすり減らしながら、矢の回避までなんて不可能だ。カエデがなんとかしてくれるまで、いまは耐えるしかない。
ただ、俺が相手をしている奴らのうち、二人ほど移動速度が早かった。『引き』対策のモンスターだろう。こいつらと追いかけっこをしたら負けるか?
離した間合いを詰め直してくるのも、その二人だけワンテンポ早い。
そちらに合わせれば、残りを振り切ってしまいそうだし……逆なら攻撃されてしまうだろう。
……いずれ捕まるかもしれない。
これは面倒に感じるだろうが、単純で作業的な作戦が通じるよりは面白いと思う。それに永遠に引きつけ続けなくていい。カエデが射手を黙らせるまで、リルフィーが均衡を破るまでで十分だ。
そんなことを考えながら、リルフィー達の方を見れば――
あれ? 亜梨子の奴、魔法使おうとしてないか? こんな状況で魔法なんて使ったら! しかし、俺が止める間もなく――
「『サモン・スケルトン』!」
亜梨子の魔法は発動した。




