日常・二――5
亜梨子はこの馬車に乗るのは初めてなのか、珍しそうに流れる景色を眺めていた。
しかし……なんだって一人なんだろう?
「あの……ちょっと良いか? 提案があるんだが?」
何事かと振り向くまで亜梨子は、機嫌の良さそうな顔をしていた。馬車での移動が楽しかったんだろう。しかし――
「あーっ! 貴方……『RSS』ね!」
俺の鎧を認めるなり、そう大声で叫んだ。
……まあ、良いけどな。慣れてるし。
「あー……うん。確かに『RSS騎士団』だ。話を続けるぞ? できたら共闘を……そっちは独りだし、できたらパーティに誘いたいんだが――」
「な、な、なんだって私が『RSS』と一緒に遊ばなきゃならないのよ!」
まるで聞き耳を持たない感じだ。
しかし、珍しい態度ではない。
悲しいことだが『RSS騎士団』の大義を理解できない輩は多いし、噂が一人歩きして曲解されることもある。……まあ、万人に愛される集団とは思ってないが。
ただ、それに何とも思わないかどうかは別の話だ。やはり、腹が立つこともある。
「……いや、良く見ろよ。俺は確かに『RSS騎士団』だが、他のメンバーは違う。いま俺は任務中じゃない。『セクスポ』はあれか? 戦争とかの敵対関係を、日常にも持ち込む口なのか?」
「私達は『セクスポ』なんて名前じゃありません! ちゃんと『北東西南社』って名前があります!」
意図せず悪口になってしまった。亜梨子はかなり怒っている。
亜梨子の所属するギルド『北東西南社』は、かなり特殊な目的を持った集団だ。
その目的とは報道。つまりジャーナリストだとか、マスコミに相当する。
ゲームで報道機関などといわれても、奇妙に感じるかもしれない。
しかし、MMOで有志が報道機関を結成は、よくあることだ。ようするにファンによる情報発信にすぎない。プレイヤー人口の多いMMOには、何かしら似たようなものがある。
「悪かった。『北東西南社』だったな。それより……怨恨を関係ないときでも引っ張るつもりか? そもそも、そっちのギルドと喧嘩している覚えは無いぞ?」
俺の指摘に、亜梨子は考え込んでしまった。
戦争や抗争などで怨恨があっても、お互いに場を弁える。無関係な者は巻き込まない。
そんなマナーが常識になっているMMOもある。『セクロスのできるVRMMO』でも採用されるか分からないが、俺はおかしなことを言ってない。
こんな風に考えると理解し易いだろう。
学校なり会社なりで、日常生活を送る者がいる。趣味としてスポーツチームに所属もしていた。ファンとして応援しているでもいい。
チームが試合をすることもある。それが目的なんだから、当然の成り行きだ。
勝つこともあるし、負けることもある。これも当たり前だ。
しかし、その勝った負けたのいざこざを、日常生活に持ち込んだらどう思われるか?
そいつは物の道理が判ってない奴と言われるだろう。
こんな感覚がマナーになった場合の話なのだが……もちろん適切ではない。
そんなのは戦争や抗争が、競技レベルで収まっている場合だ。
『RSS騎士団』は抗争になれば相手の引退を目標にするし、競技レベルで収まるような……上品なやり方にも固執しない。
すべて亜梨子を誑かすための嘘だ。
「でも……ジャーナリストは中立を保つべきだし……ん? タケル? 貴方、『あの』タケルなの? 『ランパブ突撃』のタケル少尉? 『ツーハンド』タケル?」
唐突に俺のプレイヤーネームを言い出したのは、会話中に確認したのだろう。
しかし! それよりも!
「その呼び方は止めろ! お前らの記事のせいで、しばらく『ランパブ少尉』って呼ばれたんだぞ! そんな記事ばっかだから、『セクスポ』呼ばわりされんだ!」
「なっ! じ、自分達の悪事を棚に上げておいてっ! あの時は敵対ギルドを壊滅、そのメンバーもほとんどを引退させたって言うじゃない!」
非を認めないつもりか?
見ろ……カエデなんか誤解して、顔を真っ赤にしているじゃないか。
「タ、タケル……そ、そういうエッチなの……ボ、ボク……よ、良くないと思うよ!」
「タケルさーん……どうして俺にも一声……」
リルフィーはリルフィーで、とんでもないことを言っちゃってるが……良いのか? 隣りのネリウムは、もの凄い顔してるぞ? あとで絶対に怒られるぞ?
「俺はあの一件で何一つ人に恥じることはしていない。当然のことをしたまでだ」
「そうです! タケルさんの言う通りです!」
事情を知るアリサだけが、擁護に回ってくれた。味方がいるって心強いなぁ。
しかし、亜梨子はなおも譲らない。
「どう言ったって、ギルド潰しなんて悪いことよ!」
「ふん。『乱交パーティをぶちかまそう』なんて腐ったギルド……いくつ潰したってこれっぽっちも心は痛まねえ!」
知らなかったのか、亜梨子は俺の言葉にショックを受けたようだ。
「ご、ごめんね、タケル。タケルは『番長連合』だもんね。悪いことをしすぎる不良を、懲らしめただけなんだよね? ……誤解しちゃったよ」
「ホントそうすっよ! そんな奴らをやる時は、俺にも一声かけてくれれば……そういうことなんだよ、ネリー? ご、誤解なんだよ?」
カエデは素直に、リルフィーの奴は調子よく謝罪の言葉を口にした。
……その隣にいるネリウムは、これでもかとばかりにリルフィーの頬っぺたを抓っている。ニコニコしたままだから、とても怖い。
なんだろう? これは二人の『高尚な』コミュニケーションに過ぎず、とうとう階段を一段上ったリルフィーがねだった……『公開なんとか』の一環なんじゃなかろうか?
「……気にするな。紛らわしい記事の責任だ。カエデのせいじゃない」
記事の全文は「『乱交パーティをぶちかまそう』ギルドにタケル少尉率いる『RSS騎士団』が突撃」なのだが……実に巧みな紙面の折り曲げ方で『乱パぶにタケル少尉が突撃』となったのだ。
「謝りなさい! タケルさんに謝ってください!」
俺よりも、アリサの方がカンカンに怒っていた。
……アリサは絶対に、俺を裏切らないだろう。俺がどんなにダメな男になってもだ。なんだかくすぐったい気分にもなるし……少し責任も感じる。
「いいんだ、アリサ。こんなのは慣れてる。……誤解されることも多いからな」
誤解どころか……糾弾されるべき事例もある。……多いくらいだ。
「そ、その……ごめんなさい。私が間違ってたわ。まだ『北東西南社』に入ってない頃の事件だったものだから……でも、貴方を中傷誹謗したことは事実だし――」
言い辛そうに、亜梨子が謝罪の言葉を口にする。
まあ、解らないでもない。ゲームの中でもジャーナリストをするくらいだ。正しさを行動規範にしているのだろう。俺みたいな……悪党に謝るのは嫌に違いない。
「あー……水に流そうぜ? お互いにな。それに、まあ……カエデの言うように……俺は不良だしな。自業自得ってやつだ」
やりすぎた案件も……決して少なくない。そちらへ飛び火したら薮蛇だ。このまま曖昧に濁すのがベストだろう。
しかし、少し残念だ。
こんな喧嘩腰での話し合いより……なんというか……亜梨子に優しく叱られる程度が理想だったのだが――
「でも……私は良くても、貴方の方が……」
いかん! 残念に思う気持ちが顔に出ていたか? 亜梨子は気にしてるようだ。
「気にするなって言っているんだから、気にしないでくれ。男の見栄だとか……やせ我慢だとか……そんな感じのやつだ。それよりも、話を戻そう。共闘……できればパーティに入って欲しい」
そう聞いて、亜梨子は居心地悪そうにもぞもぞしている。
まあ、「気にするな」と言われて、すぐに「はいそうですか」と切り替えられないか。
「えっと……私……街に用があって……その……いえ! パーティに誘ってくれたのは嬉しいのよ? とても嬉しかった。日を改めてくれれば……あ、貴方と一緒にパーティ組んでも良いんだけど……今日は――」
なんだかハッキリしないな。
これは要約すれば嫌だということで……断られているのかな? 断るのに慣れていないのか……僅かに高揚した顔をしているし、困ってもいるようだ。
しかし、なんだか話が噛み合ってない気もする。
「さすがです! タケルさん!」
「相変わらずの……見事な手腕……惚れぼれしますね」
リルフィーとネリウムはそんなことを言い出すが……どう考えても、話が進んでないよな? むしろ、迷走しだしているよな?
「いや、街に着いてからは良いんだ。俺が言っているのは――」
しかし、そこまでしか言えなかった。
馬の悲鳴がしたかと思えば、いきなり馬車が転倒したからだ。




