日常・二――4
その女プレイヤーを見たことがあった。
一本に三つ編みにして肩から前へ出した金髪……透き通るような碧い瞳……全体的に『大人しい優等生』とでもいった雰囲気……アリスだ!
いや、見たことが無かった。視たことしかない。なぜなら――
アリスはメガネを装着していた!
いま目の前にいるのはアリスであって、アリスではない。いうならば――
完全体アリスだ!
……やばい。一度、叱ってもらいたい。……お願いしたら、してくれないかな?
そんな馬鹿なことを考えながら、アリスのプレイヤーネームを確認する。
これは習慣になってしまっているし、相手が『隠蔽』の『タレント』を使用していない限り、プレイヤーネームと所属ギルドを知ることが出来るからだが――
アリスは名前を変更していた。
いや、名前を変えたというより、表記を変えたのか。『アリス』から『亜梨子』になっていた。
良い名前を確保したのに変えるなんて……なにかトラブルでもあったのだろうか?
それに所属ギルドにも驚いた。要監視対象ギルドのメンバーだ。
俺に観察されているのに気がつかないのか、亜梨子はアリサと――
「す、すいません、騒いじゃって……乗り遅れるかと思っちゃって。……この馬車、隣りの街へ行く馬車ですよね?」
「え、ええ……これは隣の街へ向かう馬車です」
なんて世間話を始めていた。
「……タケルさん! あの娘、亜梨子ちゃんですよ!」
いつのまにかコソコソと席を移動して、リルフィーが声をひそめて話しかけてくる。
……その表情は例の……キラキラと期待に輝くものだ。久し振りだな、それ!
「……なに考えてんだ? 俺は何もしないからな? だいたい、『惜しかった』とか言ってたのはリルフィーの方だろうが。リベンジするなら自分でやれ」
「それはそうですけど……ここは一つ、タケルさんがいつもの様にパパッと!」
「……それは興味深いですね」
「でしょ? ここはタケルさんに――」
「なんだよ、それ! 前々から思ってたんだが、お前は俺が『RSS騎士団』所属というのを――」
違和感を覚え、俺とリルフィーは男の内緒話を止めた。
「どうしたのです、お二人とも? ささ、私などに構わず、お話の続きをっ!」
いつのまにか、ネリウムが内緒話に参加していた!
「……違うよ、ネリー?」
「なにがですか、リーくん?」
ネリウムは微笑んでいる。……実に怖い。
「な、何もしてないよ! ……ホントダヨ?」
「……そのようですね。しかし……『惜しかった』とは?」
「……む、昔のことだよ? ネ、ネリーと会う前の!」
リルフィーの抗弁――まあ、ぎりぎりセーフだろう――に、ネリウムは吟味するように何度か肯く素振りをする。そして――
「それで?」
艶やかにネリウムは聞き返した。
凄え! 実に凄い! なんというか……豪腕だ!
ネリウムには何度も感心させられたが、今回も凄かった。勉強になるなー……したくはなかったが。
「タケルー? そろそろパーティ組んだ方が良くない?」
運の良いことに、離れた席のカエデに呼ばれる。
しめた! 渡りに船だ! 俺だけでも撤退しよう!
「おう、いま行く!」
そう言いながら、カエデの方へ移動するが――
「パーティ! パーティ組まないと!」
「まあ、そうですね。この続きは後ほど……ゆっくり」
そんなことを言いながら、リルフィーとネリウムも付いてくる。
……いま解決しておかなくて良いのか? 俺にとばっちり来ないだろうな?
全員からのパーティ申請を受け入れ、編成を終える。
そしていつものようにダガーをカエデに、盾をリルフィーに差し出す。
「ありがとうございます」
リルフィーはお礼を言いつつ、素直に受け取った。
だが、カエデはなぜか受け取るのを躊躇う。
「……どうかしたのか?」
「うん……その……良いのかな、借りちゃって?」
「どういうことだ? 遠慮するな」
「いや……ボク、鎧を買ったじゃない? ……ローンだけど。それで武器も借りて良いのかなって。いつも借りちゃてたんだから、先に武器を買うべきだったかも?」
解らないでもない理屈だった。
武器を自前で用意すれば、借りなくても済む。毎回のように借りておきながら、先に鎧を買うのは、同義的に問題があると言いたいのだろう。
そもそも、MMOで装備の貸し借りはNGとされている。
よほど親しい間柄でなければ行われない。「貸して欲しい」と頼むことすら、マナー違反と見なされている。
万が一、貸した相手に持ち逃げされたら、取り返す術が無い。アイテムを貸すのは自己責任、それも貸す側が言い出したときだけだ。
「気にするな。大歓迎の選択だったぜ? パーティでは防御力、ソロなら火力重視がセオリーだからな」
「その通りですね。誰かが極端に脆いと……回復役の負担になるのはあります」
珍しく盾を装備しながら、ネリウムがフォローしてくれた。
装備しているのは『戦士』の初期装備品だったから、リルフィーから借りたのだろう。今日は盾があったほうが良いかもしれない。
「ご、ごめんね! その……すぐ武器も買うから!」
そう言いながら、やっとカエデはダガーを受け取った。
「少しポーション類を用意しました。いま配りますから」
アリサがメニューウィンドウ開きながら、皆に伝える。
そのままポーションを出すのを眺めてたら、アリサのメニューウィンドウも視界に入ってしまった。……俺にも色々なデータが読めてしまう。
メニューウィンドウの公開設定を変更してないからだ。改めるよう注意するべきだが、それよりも……アリサの所持金にビックリした!
単位が俺と違う! なぜか大金を所持している! 下手したら俺の十倍くらいだ!
……いや、おかしくはないのか?
アリサの『食料品』は馬鹿売れしたし、いまこの瞬間にも売れている。
俺も俺で、上手くいったかどうかしか聞いてない。そんな仲間の――アリサの財布を探るようなことは……カッコ悪いと思ったからだ。
それに半分以上は部隊用の予算だろう。いわば公金だ。
しかし、半分……いや、三分の一がアリサのものとしても、凄い金額ではある。
俺があれだけ持ってれば、まだ手付かずの武器の強化を……二段階目までとはいかなくても、一段階目までやれば凄く捗る――
そこまで妄想して、慌てて俺は考えを改めた!
あれはアリサの資金だ。その使い方を考えるなんて良くない!
第一、アリサにねだるかのような……まるでヒモのようなことが出来るものか!
いや、しかし、正式に借金として申し込めば、きっとアリサは貸してくれるような……それなら別に恥ずかしいことでもないし――
「アリサさん、『上級回復薬』を用意したんっすか?」
リルフィーの驚いた声が、俺をダメ男への道から引き戻した。
……ありがとう。素直に感謝の気持ちで一杯になる。
カエデとアリサは、いわばMMOでの弟子みたいなもんだ。その二人にカッコ悪いところを見せられるものか。
あとでネリウムにフォローを……あまりきついお仕置きにしないよう頼んでおこう。
「ああ、それは俺が指定したんだ。カエデ用な」
「えっ? ボクが使うの?」
「うむ。今回の主力というか……キーはカエデだからな」
「う、うん……でも……わ、わかったよ! がんばるね!」
いきなりの抜擢にカエデは面食らったようだったが、納得して用意された『上級回復薬』を受け取った。
残った『中級回復薬』の方は四人で分ける。今回は多少ごり押しになっても、短期決戦にした方が良い。
これで俺達の準備は終わりだ。
「……で、どういたします?」
ネリウムが聞くのはもちろん、部外者な亜梨子のことだろう。
リルフィーが少しばつの悪そうな顔をしている。完全に自業自得だが、紛らわしい順番にした報いだ。……あとでネリウムには、少し話しとくから。
「まあ、少なくとも共闘要請……できたらパーティに入ってもらう……かな?」




