エピローグ――4
クルーラホーンさんからの手紙――ネット経由のメールでなく、リアルの名前で普通に郵便だった――が届くまでは、そんなことを考える日々だった。
もう季節は冬となっていて、やっと松葉杖に頼っての移動ができるようになった矢先の話だ。
ちなみに流石はシドウさんお勧めの電極トレーニングマシーンで、不具合で閉じ込められている間の筋力維持はもちろん、帰還後にはリハビリにも使えるという……致せり尽くせりな、正にチートアイテムと呼べるものだった。
なにより慣れれば、ながら作業でも――どころか就寝中ですら使用可能なのが大きい。そりゃ世界中のボディビルダーも愛用なわけだ。
まあ無難な医療用を、真面目に安全基準を守ってでは、ここまでの回復は不可能だっただろう。
……もしかしたら車椅子生活をスキップできたのは、少数派なのかもしれない。
とにかく指定された場所へ、久しぶりの電車で向かう。……都内なのは不幸中の幸いか。
街では俺と同じように杖や松葉杖に頼っている者や、休んでもいられないのか車椅子を使っている人などが目立つ。
全てがテロの犠牲者でもないだろうけれど、見かけた半数以上は御同輩なんじゃなかろうか。
そして他人事と思っていた公共機関のバリアフリーにも感動だ。
松葉杖で休みやすみであっても、基本的には人の手を借りずとも移動が叶う。これって地味に凄いことだ。電車にバス……なんだろうと車椅子や松葉杖でも楽に利用できる。
……まあ最後には、タクシーで現地へ向かったけれど。
俺のような学生の場合、政府からの見舞金で焼け太りというか――一年分の生活費以上も貰えたので、多少の贅沢なら可能ではある。
約束の場所では――都下にある霊園では、俺のような松葉杖や車椅子の人が多いように感じた。
先入観からくる思い込みだろうか?
しかし、通りすがりの誰もが沈鬱そうな顔で、数年前に亡くなった親族の墓参りとは思えなかった。
そんな場合の乾いた――もう傷が治ってしまった跡のような当り前さがない。まだ生々しくて触れば血でも滲みそうな悲しみを隠し持っている。
……あれ?
向こうの区画で車椅子を押されている女……アリサじゃなかろうか?
遠く目で確信は持てないのと、それでも知人なら見分けられるのと……どちらとも言えないギリギリだ。
本人なのかもしれないし、よく似た他人かもしれない。ただ――
この距離からでも解る。
凄え美人力だ。スカウターが爆発してもおかしくない!
そして俺も、俗称『セクロスのできるVRMMO』を始める前の坊やじゃなかった!
向こうでは『ツゥハンド』なんて通り名すら献上されてる古強者だ!
いまやチャンスをピンチに変えるなんて朝飯前! さあ勇気を出して声を!
なに、一声だけなら誤射かもしれないと――
などと闘志を燃やすも、危うく黒塗りの高級車に轢かれかけた。反射的に――
「ごらぁ! 免許持ってんのかぁ!」
と叫びかけ、思わずポカンと口を開けてしまう。
今の車……後部座席に乗っていたの……秋桜とリリーじゃなかったか?
秋桜は秋桜のまま――いつだか言っていたように、リアルでも金髪にしている?――でありつつ、予想の数倍は垢抜けてない感じだった。
……まあ、それがいいという男も多そうだけど。
そしてリリーは――
「怖いから現実で妖精降臨とか止めて下さい! いくら綺麗でも禁忌に触れる!」
と叫びだしたくなった。
……うーん? 見間違いだったか?
首を捻るも黒塗りの高級車は走り去ってしまったし、アリサぽかった女もいなくなってしまっていた。
おそらくゲームでの知り合いのことを懐かしんでいたから、こんな勘違いをしてしまったのだろう。
「ああ、よかった……迷わずにここまで来れた? 来れるなら来れるで、連絡くれれば良かったのに……」
俺の顔を見るや、クルーラホーンさんは温かく迎えてくれた。
「だからタケル君は来るっていったじゃない。――どしたの、不思議そうな顔して?」
まるで昨日も顔を合わせていたかのようなのは……もちろんミルディンさんだ。
ただ、当然にお二人ともに車椅子を使われている。
……筋力の回復と年齢は密接な関係にあるから、どうしても時間は掛かるのかもしれない。
しかし、リアルでお会いするのは初めてなのに、まるでそんな気がしなかった。
まあ、当たり前か。
俗称『セクロスのできるVRMMO』では、ゲーム内アバターの加工を制限されていた。不正にアバターを用意でもしなければ、リアルと大差のない見た目となる。
「いや、すいません。一応、メールの方は送っといたんですけど……ギリギリまで揉めまして。少し過保護なんですよね、うちの家族」
そう答えながらも、密かに感動していた。なぜなら――
本物のクルーラホーンさんにミルディンさんだ!
むこうでお会いした回数なんて数えきれないけれど、リアルでは初めてだ。
というより、いわゆるオフ会も――ネット上で知り合った人とリアルで会うのも未経験だったりする。
これまでは敬遠していたけれど、なかなかにオフ会も悪くないようだった。なぜなら――
お二人は実在した! つまりは、他の人達も!
この広い空の下、皆が現実の人間として活動をしている。それだけの単純な事実が嬉しい。
さらには「画面の向こうには、同じく人間がいる」という証拠だ。ネットはリアルの断片に過ぎなかろうと、確固たる現実でもある。
しかし、それは――
本当に先生がお亡くなりになったという事実でもあった。
まだ真新しい墓石には、手紙で初めて知った先生のご本名が彫られている。ご遺言に従い、クルーラホーンさん達が手配されたものだ。
「タケル君は関東なんだっけ? 僕もやっと、こっちへ来る機会ができて。――もしかしたら『また遅刻だぞ!』って怒鳴られるかもね」
そうお道化るミルディンさんは、関西にお住まいと仰っていたか?
国内とはいえ長距離となる移動に、ようやく身体が耐えられるようになられたのだろう。
「俺は東京で――ここへ来るのも、それほど時間は掛かりませんでしたね」
答えながらも、なぜか悲しいのに笑い出したくなってくる。
確かに先生は「不祝儀には遅れるな」と教えて下さった。
ミルディンさんは遅刻魔みたいだし、いつも怒られていたのかもしれない。約束事には厳しい人だったし。
俺だって弟子失格だ。通夜はもちろん、葬式に納骨と……全てに不義理をしてしまっている。
きっと先生がお知りになったら、カンカンになってお怒りになられるだろう。
だが、もう俺が「坊主!」と怒鳴られることはない。




