……の世界――8
再びカエデと二人、そっと抜け出した。
……武士の情けだ。
俺としてはジェネラルはもちろん、アレックスやボブとも話をしたかった。自殺したメンバーの安否だって気がかりだ。
当然にハンバルテウスからだって、聞きたいことはある。
奴は誰に『死亡待機所』へ落とされたのか。そして『甲冑野郎』の残党と『ラフュージュ』はどうなったのか。
ネリウムやカイが残っている以上、そうそう失敗はしないだろけれど……やはり心配だ。
おそらくハンバルテウスが落とされたのだって、その結果だろう。
しかし、いずれはジェネラルも回転に飽きるだろうし、そうなればハンバルテウスも放免される。
それからハンバルテウスは針のむしろへ座らさせられるだろうが……奴だって、俺にだけは見られたくないと思う。
言い訳も許されず吊るし上げられるなんて、バツが悪いどころの話じゃない。その上、ジェネラルはもちろん、メンバー全員にも頭を下げ続け、慈悲を乞わねばならなかった。
俺にだって情けというものはある。必要な通過儀礼とはいえ、それを見物する気にはなれなかった。
……というより、その手の気遣いを持てなかったから、俺達二人は上手くいかなかったのかもしれない。まあ、お互い様か。
とにかく話は後日でも十分だろう。……どうやら時間は腐るほどあるらしいし。
それはそれとしても……このゲームで関わりのあった人だけだというのに、まだまだ訪問先は尽きそうになかった。
これが人生でお世話になった人まで対象となったら、数週間はかかる一大イベントになるだろう。
思うに『死後の挨拶巡り』のない『死後の世界を取り扱ったフィクション』は、おそらく考察が足りない。不自然すぎる。
……やや日本人的過ぎる感性か?
でも、俺ですらモヒカンの様子を見ておきたかったり、形式だけでもコルヴスに謝罪の必要を感じたりと……しばらくは訪問相手に困りそうにない。
もちろん『甲冑野郎』にもだ。当然に挨拶をしに行く。
カエデによれば何処かへ走り去ったというが……いまだ狂気に侵されているのだろうか?
まあ、だからといって許す理由にはならない。奴と『偽団員』、『盗賊』の三人には、必ず然るべき報いを受けさせる。
とりあえずは、同じく『死亡待機所』にいる『甲冑野郎』からだろう。
しかし、どうやって奴に報いを受けさせたものか。
ここで戦闘行為はできないし、できたところでゲーム的な死亡に過ぎなかった。
そうではなくて……なにか決定的な結果を伴った方法で、徹底的に解らさせたい。
ただ、それが一番難しいのがMMOという仕組みだ。
奴が二度とログインしないと判断出来たら、それで終わらすしかないのか?
もう自分で自分を胡麻化すようだけれど、俺の人生に再登場しないのなら、それは殺したのと同じこと……とでもする?
……全く納得できない。
インターネットでは禁じ手となるけれど……リアルの特定、および現実の『甲冑野郎』への攻撃も視野へ入れるべきか?
だが、それはネットゲーマーとして恥ずべき決断となる。
おそらく先生方は、お窘めになられるだろう。当然に助力も期待できない。
しかし、クピドさんなら?
なんとかして再発を防止したいのは、俺と同じお気持ちだろう。また、ある意味で裏な世界のコネクションは心強い。
……決まりだ。
奴らには必ず後悔と反省をさせてやる。例えクピドさんの手をお借りすることになろうと、絶対にだ。
まあ、結果として奴らは誰の命も奪えなかったようだから、命だけは助けてやってもいい。
となれば、まずは『甲冑野郎』を確保してリアルへ繋がる情報を――
「着いたーっ! ――って、タケル? なんで悪巧みしてるの?」
「へっ? 着いた? どこに? それに悪巧み? べ、べ、べつにっ! べつに何も計画なんて練っちゃいないぜ! ほ、本当だ!」
誠意ある返答をしたのに、カエデは思いっきり猜疑の目を向けてくる。いかん、これではお説教される流れだ。
「と、ところで……ここは何方の家だ? これの主人に会いに来たんだろ?」
「何方って……何方も何も、ここはボクん家だよ! ――可愛いでしょ、えへへ」
……よし、誤魔化せた! ちょろカワイイ!
「なるほど? これが前に言ってた簡易キットなのか? 俺はまた、別の誰かのところへ案内されると思ってたぜ」
カエデご自慢の家は、思った以上に小さかった。数人用テントよりはマシ程度だろうか?
「そうしてもいいけど……もう、けっこう遅い時間だよ? この白い空じゃ分からないけどさ。みんなリアルと同じ時計で暮らしてるから……寝てたら失礼でしょ?」
「ああっ! そういやそうだな。……今日は本当に長い一日だった。それに……しまったな。先に簡易セットとかいうのを、入手しとくんだった。まあ、一晩くらい毛布でも被って――」
「仕方ないなぁ、タケル君はぁ……今日だけ、ボクの家に泊めてあげるよ!」
おそらく国民的ネコ型青タヌキのモノマネだと思われるが、それよりも発言の方が重要だった!
「泊めてあげる!」と!
それは即ち「今夜は帰りたくないの……」と同義のはずだ!
たしか最高裁の判決でも、夜中に部屋へ上げてもらえたら、そういう誘いと受け取ってよいと出ている!(本当)
嗚呼、今日この日に俺は、男として一皮剥けるぞ!
「……あれ? いま全体?いやGM?メッセージが流れなかった?」
カエデは緊張しているのか、妙なことを口にする。
確かに誰かが『大声』を使っている気もするけれど、そんなの後回しだろう!
いまは俺とカエデ、二人だけの世界を錬成するのが正しい! その為の通行料なら、なんでも支払ってみせる!
「カ、カ、カ、カエデ! 月が綺麗で夜明けのコーヒーを大切に洗ってくれ!」
「ちょっ、タケル! 近い! それに鼻息が煩い! 当たってる! それより聞いて! 大変だよ! 運営さんが全体メッセージを――」
相手が照れたからって、引いてはいけない! 否、ここで前に出るのが男の役目だ!
あのカエデの小屋の入り口まで肩でも抱いてエスコートッ! それが今、俺に求められていることなのだからッ!
「ふぉーっ! いまこそ量子力学的にぃー! 架空概念を語る時っ!」
「ちょっとっ! 大丈夫、タケル? 時間差でおかしくなったの? それに大変だよ、周りを見て! 皆が一斉に――」
だ、駄目だ! なんでか胸がドキドキして目が回る!
とにかく! せめて熱い接吻の交換だけでも!
しかし、「うにゅー」と突き出してカエデの唇を迎えへに行くと、どうしたことかポカポカと叩かれ始めた!
「タケル! 間違えないで! ボク、男の子だよ? それに周りを見て! 運営のアナウンスも聞いて! こんなことしてる場合じゃ――」
などと恥じらうカエデは、意味不明なこと口にするけれど、いま大事なのは柔らかそうな唇それだけ――
「ああ、やっぱりタケルさんはついている方が……」
突然にアリサの嘆く声がした!
慌てて声のした方を振り返ると――
能面のように綺麗な笑顔のアリサが、ニコニコと微笑んでいた。
……うん。あれは超怒っている。胸元に覗き見える懐包丁袋と、抱きしめるように持った『バスタードソード』が怖くて堪らない。
というか、どうしてアリサが? ナンデ? アリサ、どうして?
だが、異常事態はそれだけに治まらなかった! 俺にも聞こえるように――
「御覧になられて、お姉さま? ちょっと目を離すと、最初に目に入った美人にメロメロ。それが殿方というものなのです」
などと秋桜の耳へ囁くリリーもいる!
かつて見たこともないほど陰険な目付きでありつつ……なぜか軽く高揚しているのが謎だ。
どうして興奮している? やっぱり天才だったのか?
そして密告されてる秋桜の方は、なぜか泣き出しそうで……いつもパターンだと八つ当たりの的にされる。……もちろん俺が。
さらに硬直するしかない俺を、嘲笑うかのように――
「――繰り返します。本日、システムのコントロール奪還に成功いたしました! つきましてはログアウト作業の為、全プレイヤー様に『リスタート待機場所』へ移動して頂いております。また、ただいまより順次ログアウトを開始の予定ですが、ログアウト時に、お身体を自由に動かせなくなっている可能性が否めません。これは現実の、お客様のお身体のことです。ご家族など、ご同居されている方のいらっしゃられないプレイヤー様は、当社スタッフの用意するブースにて、訪問ボランティア様の手配を――」
などとシステムアナウンスが流れていた。先ほど誰かの『大声』と勘違いしたのは、これらしい。
空を見上げれば何十名ものGMが空を飛んでいた。
MMO会社にしては動員した方だと思うけれど……これから何万名を相手にログアウト作業するのなら、これでも足りないぐらいだろう。
さらに地上では、あちらこちらに茫然としたプレイヤーが出現し続けていた。
それでアリサや秋桜、リリーが『死亡待機所』に居るのか。納得だ。
……でも――
クリティカルに俺やカエデの近くへ出現するとか、おかしくねぇ?
何者かの悪意を強く感じつつ、カエデの肩へ回しかけていた手を放す。
……うん。軽く涙目になっていて、身を守るように身体を捩っていたりで……超怒っているな。これは仲直りに時間が掛かりそうだ。
「すげえぜ……本妻、二号さん、愛人……お稚児さんもか?」
「いや……あの子、実は女の子で……女の子なのに男の娘のフリを強要するっていう……意味不明な変態趣味らしいぜ」
「とにかく凄い漢だな……ツーハンドは」
などと野次馬も騒ぎ出している。
嗚呼、またデマゴギーと戦う日々が始まるのか。こんどは大変な七十五日になりそうだ。
それにアリサにカエデ、秋桜、リリーと……これから四人掛かりで吊るし上げられるだろう。
小学校の帰りの会を――煉獄の炎を思い出し、咽そうになる。
誰かが俺の名を大声で叫ぶ――おそらく秋桜だ――と、それが開始のゴングとなるだろう。もう幻聴として聞こえてきそうなほどだ。
思わず天を仰ぎ、静かに溜息を吐く。それから――
俺は走って逃げ出した。




