……の世界――7
呆気にとらえてる俺のあちらこちらを、ヴァルさんは観察し始めた。リニューアルされた『ラフュージュ』仕様の鎧が気になるらしい。
「ぬぅ……ズルくないか、デックの奴!」
「な、何がですか?」
「ここでの分割は絶対に認めねぇって言ってたのに! 自分はちゃっかり新作に使うとか!」
そういえば『ラフュージュ』仕様のコンセプトは、『ヴァルさんテイスト』だ。
自分は代役と考えたデックアールヴ――デックさんなりの追悼とでもいうべき心遣いなのだが……伝わらないとズルになってしまうらしい。
「明日だ! 明日には、俺も作品を提出する! それで再コンペするぞ!」
「えっ? いや……うちは――新しく建てた『ラフュージュ』は、制服とか無くてですね――」
だが、俺の説明など右から左で、ヴァルさんはメニューウィンドを開かれる。早くもデザインを開始されたのだろう。
……どうしてスペシャリストってのは、誰も彼もが扱い難いんだ!
そして――
「悪かったな、タケル。どうも与えちゃ駄目な奴に、作品を渡してたみたいだ。まあ、俺も報いというか……それが理由で殺られたみたいだし……なんというか、とにかく悪かった」
メニューウィンドウから目は離さず、手も止めずに呟くように漏らす。
……悪かった? 作品? それに悪用とも言ってたような?
そこで初めて、大きな見落としに気付かさせられる。
『甲冑野郎』の身に着けていた全身甲冑だが……出来は悪くなかった。いや、それどころか名品と呼べる部類だろう。
さらに鎧としてはマイナー過ぎて、ネットに設計図が転がっている類の代物でもない。
VRMMOであっても、あの全身甲冑は誰にでも作れる物じゃなかった。
つまり、その筋で有名なプレイヤーに限定される。
『RSS騎士団』が総力を挙げて全身甲冑の持ち主を捜せば、必然的に制作者の耳にも入ったはずだ。
そして購入者こそ『甲冑野郎』なのだから、必然的に身元も割れる。
特殊で奇抜な装備など、用意する段階でアウト。捕まるために用立てるようなものだ。
また捜索側の俺達も、その観点から追い詰めればよかった。……この辺は素人の限界か。
そして、だからこそ『甲冑野郎』は、活動に先立って口封じを行った。
おそらくヴァルさんが殺された理由は、それだ。それなら全ての説明がつく。モヒカンを退場させたのも、似たような理由か?
将来に活動するために、予め殺しておく。普通とは順番が逆だった訳だ。
……狂人め。
「えっと……なんていえばいいのか……俺の不始末に……個人的な喧嘩に巻き込んでしまって――」
「そうなのか? うーん? その言い方は、少し人情に欠ける気がするぜ。まあ、俺もハンバルテウスに頼まれて、うかうかと鎧を作ってやっちまったからなぁ……人のことは言えないか」
微妙にズレた答えに思える。
でも、ヴァルさんにとって『甲冑野郎』は名前もうろ覚えなモブにも等しく、事件の中心人物はハンバルテウスという認識なのかもしれなかった。
そして名前の上がったハンバルテウスの方を、二人して何とはなしに眺める。
……絶賛大回転中だ。
さすがにぐったりしている。無理もない。『中年おっさん回転地獄』はきつそうだ。
「少しだけ意外ですね」
「なにが?」
「ジェネラルにしては……その……陰湿というか。まあ報復する権利は、十二分にあるとは思いますけど――」
「タケル、お前は勘違いしてる。そういう人じゃないぜ、俺らの大将は。あれは報復というより、ただの刑罰だな。でも、当然だろ? これからも仲間として扱うのに、さすがにペナルティ無しじゃな」
作業を止めて俺の方へ振り返り、まじめな口調で窘められた。
しかし、いまヴァルさんは「これからも仲間」と言ったか?
「ちょっと待って下さいよ! ハンバルテウスは、これからも『RSS』の一員として――仲間として扱うんですか?」
「謝罪を受け入れたんだから、そのつもりなんだろ。それに無罪放免とは程遠いぜ? これからは大将がつきっきりで更生させる。大将も物好きだけど……ハンバルテウスの方も断らないんだから、多少の見どころは残ってんだろ」
あまりに予想外の話で、文字通りにポカンと口を開けてしまった。
しかし、あのプライドの高いハンバルテウスに、ジェネラルの厳しい監督下で二等兵から再スタートなんて耐えれるのだろうか?
事実として『第三小隊』のアレックスやボブ、初期に自殺したメンバーなどは、回されるハンバルテウスを見物し、囃し立てている。贖罪の一環とはいえ、結構な精神力が必要そうだ。
しかし、当人は同意しているようだし、これも奴なりの落とし前なのかもしれない。
それに正しい可能性というか――期待感もある。
ジェネラルから若手への薫陶を、俺は独り占めしてしまった感があった。
それは俺が『RSS騎士団』に加入してなかったら、本来ならハンバルテウスが授かったはずの色々だ。
たらればに意味はないけれど、そうであれば全ての出来事は違った形で起きたはずで……つまりは、物事を正統へと戻すやり直し。そんな正しさを予感させた。
「俺、初めてハンバルテウスを応援したい気持ちです」
「あー? 止めとけ、止めとけ。そんなんだからお前ら二人は、いつも喧嘩になるんだよ」
的確過ぎるヴァルさんの評には、苦笑いを返すほかなかった。
しかし、俺などは今になって全体図が呑み込めたのだけれど……『死亡待機所』の人達にとっては違う。
先行していたヴァルさんとジェネラルが合流した段階で、同じく『甲冑野郎』に倒されたと分かる。
そしてヴァルさんにとって『甲冑野郎』は、少なくともハンバルテウスの関係者もしくは紹介された人物だ。
あっという間に人物相関図は完成され、誰が犯人なのか――少なくとも容疑者のリストアップぐらいは直ぐのことだろう。
なんというか……やはり殺害された被害者同士が話し合い情報交換をするのは、シュールを越えてチートだ。
それこそ推理小説に登場するような名探偵ですら、お役御免になりかねない。ましてや俺のような素人が出る幕じゃなかった。
「うーん? イジメ?ではないんだよね?」
「違う。嫌がらせの部類ではあるけど、イジメじゃない」
「ところで……あのグルグル回る技?あれってどこが痛いの?」
「正直、分からん。プロレス技は意図不明なの多いからなぁ……とにかく恥ずかしいのは間違いないぜ」
などとカエデに説明する間も、ハンバルテウスとジェネラルは回り続けた。
……そのうちバターになるな、きっと。




