……の世界――6
失礼にならない程度の時間だけお邪魔してから、先生のお宅を辞した。
俺達の存在が、軽くストレスになられているように感じたからだ。
どうやらお独り――他にも『象牙の塔』や『妖精郷』の死亡した人はいるのに! ――で過ごされた結果、人との距離感を見失われてしまわれている。
「心配だったんだ。その……ずっと一人で……一日ぼんやりと悲しんでる感じで。いや、できる限り顔は出したんだよ? それでも、やっぱり……ボクじゃ……」
そういうカエデもしょんぼりしている。
生き延びるのは、どんな時でも正義なはずなのに……なぜ俺達は罪悪感を覚えてしまうのだろう?
「ありがとな。明日からは俺も通うことにする」
「いいね! そうした方がいいよ! ボクもつきあうし!」
もしかしたらカエデは、先生の話し相手として足繁く……それこそ煩がられても通ってくれたのかもしれない。
しかし、改めて考えてみると死後にコミュニケーションが取れるのは、思っていた以上に大変なことだった。
死後に親しい人と再会できる。それが肉親だったり愛した人だったなんてのは、まあマシというか喜ばしい範囲だろう。
だからこそ世界中で死後の世界やら天界、輪廻転生と……その手の心を慰めるシステムが想像されている。
あるとかないなんて無意味な議論で、信じるに値する証拠だろう。
けれど、人生で関わりのあった全ての死者と再会したいか問われれば……それには首を捻らざるを得ない。
まさしく先生は、そのようなお気持ちなんだと思う。だから誰かと会ったり、話したりせずに済むよう、お独りで過ごされているのだ。
俺だって偶然の計らいで『甲冑野郎』と『死亡待機所』では会ってないが……お互いに殺し合いを再開する前に、ちょっとだけバツの悪い思いをするかもしれない。
奴は泣き叫びながら「殺さないでくれ」と嘆願し、俺は俺で――
「言い訳は地獄で聞いてやる」
とか言い放っちゃってるし!
コルヴスの時だって酷い。なんせ――
「俺も祈るから、お前も祈れ」
などと吹いてしまっている!
どこの厨二主人公なんだ、俺は! もう布団に顔をつ込んで、絶叫しながら足をバタバタしたい気持ちで一杯だ!
全ての失言や失敗が、動かし難く証人付きで蘇る。それが死後の世界だったらしい。
生ある者は誰もが、死後に恥ずかしさで一週間は悶えるのではなかろうか?
「ねえ? もしかして……怒ってる?」
「うんにゃ。マジに感謝してるぜ? ただ、まあ……驚きはしたけどな。でも、どした?」
「さっきから、もの凄く微妙な顔してる!」
「ただ死生観を改めていただけだ。なんていうか……世の中?は広いな!」
そう答えたら、なぜか笑われてしまった。どこが面白かったんだろう?
まあ、カエデは楽しそうだし、それで良しとするか!
「タケル、凄く変だからね? 自覚を持った方がいいよ? ――驚かないよう先に言っておくと、これから向かっているのは、タケルが所属していた『番長連合』のおじさんのところだよ」
「……番長? ああ、『RSS』のことか。いや、まあ……いいけどな、細かいことは。それで『おじさん』? ……ジェネラルのことか!」
「うん! 面白いよね、あのおじさん! 色々と教えて貰ったし!」
なぜかカエデは、シャドーボクシングをしながら答えた。
……誰かと思えば先生役はジェネラルか! 何をしてくれてんだ、あのおっさんは!
しかし、筋的に俺は仇討ちの報告をするべき……なのだろうか?
そもそも達成というのであれば、『甲冑野郎』だけでなく残り三人も倒す必要があるだろう。まだ道半ばだ。
いや、実際にジェネラルは殺されてないのだから、そこまでの執念深くする必要はないか?
それに仇討ちの経過報告をするとしても、それを当の殺された本人にするのも……なんだか微妙な感じがする。
……人類が思っている以上に、この『死後の世界』というシステムは瑕疵だらけではなかろうか?
いや、実際に似たようなシステムだったとしての話ではあるけれど。
とにかく事前に予告してもらって助かった。もう驚くようなことはないだろう。
などと考えている時期が、俺にもありました。
カエデに案内された一画――『RSS騎士団』関係者で死亡した者が屯してる辺りでは……なぜかジェネラル達が集まってレスリングをしていた。
それも、いつの間に死んだのか――
ハンバルテウスとだ!
あまりの事態の推移に、リアルに開いた口が塞がらない! なにやってんだ、この人?
「おお、タケル少佐ではないか! やっと来たか、この暢気者が! だが、いまはハンバルテウス二等兵の相手で忙しくてな。少し待っていたまえ」
などと例の調子で回りながら迎えてくれた。
……回りながらだ。
そして俺に気付いたハンバルテウスは――
「こ、殺せー! 一思いに殺せー!」
などと自棄になって叫んでいる。
……やはり回りながら。
俺の知識が正しければ、これは『ローリングクレイドル』というプロレスの技だ。
相手を大股開きにして人間メリーゴーランドよろしく、一緒になって大回転するという……まあ、それだけの技といえる。
だが、掛け手がおっさんだと、技の凶悪さは跳ね上がる……たぶん。
考えても見て欲しい。おっさんと完全密着メリーゴーランドだ。その精神的苦痛は計り知れないものがあるだろう。
というか、むこうで何が起きているんだ?
誰なんだ、ハンバルテウスを『死亡待機所』へ落したのは?
そんなふうに茫然としていると、死んだはず――いや、先に死亡したヴァルカンさんから声を掛けられた。
「よう、タケル! ドジったみたいだな? それに……おれの作品が悪用されたんだって?」
……なんだろう。
この死んだはずの人が当たり前に話しかけてくるのには、慣れれる気がしなくなってきた。




