……の世界――5
「……どうしてか分らんのだけど、生き長らえてしまったよ……俺だけ」
そう自嘲気味に微笑まれるけれど、明らかに無理をされていた。
「ほとんど駄目だった。俺達みたいに、僅かな希望に縋って……自殺してみた奴らはね。あの夜はシュールな光景だったよ? なんたって死んでも『死亡待機所』へ送られるだけなんだもの!」
ああ、涙が枯れるとは、こういうことなのか。
先生は泣かれていた。涙こそ流されてないけれど……お泣きになってる。
「GMの説明によると、切断した場合はクライアント側で強制ログアウトというか……VR上の再現を止めるんだってさ。だからゲーム内アバターも消えちまう」
努めて冷静に振舞おうとしてるのが、痛いほどに伝わる。
全員がログアウトできなくて困っているのに、どうして切断の場合だけは容易いのか? ……悪意ある何かの介入を疑いたくなってきた。
「おそらくは、たんなる運なんだ。どうしてこうなったのか、ずっと考え続けたけれど……結局は偶然の結果にしか思えなくてね。もしかしたら親切な大家か隣近所が、助けてくれたのかもしれない。それどころか、もっと酷いパターンで……お節介な空き巣にでも入られて、連絡を? ひょっとしたら小火でも起きて、それで発見された? とにかく誰かが俺の身体を、リアルで面倒見てくれたから……俺は生き残ったんだと思う」
なぜ生き残ったことを、まるで罪深いことのように語られるのか。
俺は弟子として、そして生徒として……先生を正すべきだ。なのに、どうしても口を開くことができなかった。
先生方は「リアルでの肉体は生きている以上、食事や水分補給は不可欠」なことに気づかれた。
さらに独居生活している――それも極度に社会との接点の少ない場合、ログアウトできないことそのものが、重大な生命の危機と見做せるとも。
何の対応もせずログインし続けられるシステムじゃなかったし、それができるほどに人間の身体も強くない。
遅かれ早かれ餓死――いや、それよりも先に渇死してしまうのは、火を見るよりも明らかだった。
そこで先生たちは『ゲーム的に死亡することで、事態の好転を狙う』という決断を下される。
合理的で最後まであきらめない正しい人の姿だったと、いまでも俺は思う。
だが、最後の賭けは空振りに終わる。……何も起こらないことで。
そして皮肉なことに渇死の予想だけが的中し、次々と切断が――おそらくは致命的な結果が起きた。
……あの先生が?
いつまでも俺を「坊主」と呼び、最後まで未熟者と扱われてたけれど……その分だけ、たくさんのことを教えて下さった。
ゲーム的なコツや考え方、先生が培ってきたテクニック……いやゲームだけに留まらない。
普通に年長の者として社会の常識や大人の知恵から、時にはPTAが耳にしたら目を三角にして怒りそうなことまで……とにかくありとあらゆることをだ。
最初は反発も覚えたし、裏付けなく偉そうだなんて思ってた頃もある。それでも最後には感服して、素直に教えを乞う関係になった。
つまるところ俺にとっては先生で、さらには師匠で、ちょっと年の離れすぎな兄貴分でもあり、烏滸がましいけれど友達ともいえて……なによりも大切な仲間だったんだと思う。
それなのに……お亡くなりに?
また、俺は『死亡待機所』へ落ちて緩んでいた。
確かに死んでも死なないで済む。でも――
だから?
という程度しか事態は変わってなかった!
その証拠に、誰一人として現実へ戻れたプレイヤーはいない。少なくとも確認できてないし、なによりも俺や知り合いからは皆無だ。
依然として不具合は続いていて、もちろん安全とも言い難い。気を緩めていいような状況ではない……どころか、実はさらに悪化している。
この何もないような『死亡待機所』から、どうやって現実への帰還を果たせば?
空流式コンピューター『キティ』制作計画や、その後の次元干渉を全力で推進する?
でも、それこそ成功は確約されていない、どころか……『死亡待機所』からむこうへの連絡方法すらないのに?
はっきりいって、もう敗北宣言を出してもよい頃合いだ。
おそらく俺が何を頑張ろうと、この不具合解決には何一つとして貢献できない。甚だ情けない限りだけれど、これが動かしがたい現実だろう。
まあ俺は、物語の主人公でもなく、ましてやスーパーヒーローでもない。たんなる一高校生なりのことが精一杯だ。
やはり不具合に巻き込まれた一被災者として、一喜一憂しながら右往左往しているのが相応しくすらあるだろう。
それでも――
「ちょッ! なに諦めかけてんっスかッ! 俺は認めないですからッ! この目で物証を見るまでは、絶対に納得しませんッ!」
ほんのちょっとだけ、リルフィーのお気楽な元気の良さを真似て叫ぶ。
……これが正しい! 正解のはず!
絶対に先生なら、最後まで諦めるなと叱咤されるだろうし……こうも仰っていた。「チートだ」と諦めたら、全部がそうなると。つまり――
「最悪だ」と諦めたら、全部が最悪になってしまう!
「……うん。そうだね。俺が間違ってた。ただ切断しちゃっただけだよね。俺らが諦めたら、そこまでになるところだった」
俺と同じように強いて背筋を伸ばされ、歯を食いしばるようにして先生も応えて下さった。
これが正解……ですよね?
そう思いを馳せながら、半ば習慣的に腰を弄ると――
先生達からお預かりした『バスタード・ソード』は、そこには無かった!
……やべぇ。
超大切な代物を、むこうへ置いてきちまった。
「ところでタケル君? 預けといた剣どした? いや、そのまま持っていて欲しいんだけど……なぜか佩いてないからさ?」
………………さて、どう答えたものか。
お怒りになられるだろうか? それとも直伝の技が役に立ったと、お喜びに?
どちらかは予想もできなかったけれど、背中には冷たい汗が流れた。




