日常・二――3
『レザーアーマー』姿だ。
いや、これまでだって『盗賊』用初期装備の皮鎧だったが、いまは『鋼』グレードの『レザーアーマー』に変わっている。
「よ、よう! ……ど、どうしたんだ、その鎧?」
「へへ……気がついた? 良いでしょ?」
そう言って、カエデはその場でクルリと回って見せるが……とても可愛い!
驚いているのは俺だけじゃなかった。
「これはまた……素晴らしい」
「ええ……とても似合ってますよ、カエデさん!」
「かっけぇー!」
などと、皆も口々に褒めちぎる。
「みんな、ありがと!」
皆に褒められて満更でも無さそう――なんだか手柄顔の猫みたいだ――だったが、突然、慌てたそぶりになる。どうしたんだ?
「あっ! 忘れるところだった! この装備は『アキバ堂』製なんだよ! 『アキバ堂』をよろしく! みんなも『アキバ堂』で装備を買おう!」
などと、唐突に変なことを言い出した。
最後にポーズまで付けちゃったカエデの顔が、ゆっくりと赤くなっていく。
……そういうことか!
「カエデ……なにをしているのです?」
事情の飲み込めないネリウムが、容赦なくツッコミをいれる。
「えっと……約束なんだ。この装備を作ってもらったとき、製作者を聞かれたら宣伝するようにって」
眼をそらし、いつもの癖――人差し指同士をつつき合わせる動き――を繰り返している。……可愛い!
「それは多分……聞かれたら答えるだけで……良いのじゃ……」
「えーっ! そうなのぉ? ボク、真面目にいまの考えたのに!」
アリサの予想は正しい。
宣伝目的での提供は嘘ではないだろうが、それほど期待もしてないだろう。あの人達がそんな緩い手で済ますわけがない。真の目的は別だ。
「もー……タケルも黙ってないで、途中で止めてよ!」
そう言いながら、八つ当たりなのか……俺のことをポカポカと叩いてくる。
もちろん、加減はしてあるから痛くない。……小さな手だなぁ!
しかし、素晴らしい出来映えの装備だ。
まず特徴的なのは、二の腕まである長手袋だろう。
薄い布かスキンで作られたそれは、ピッタリとしていて、飾り気なく、黒一色だった。黒はどうかと思わなくもないが、これはカエデが『盗賊』なのを配慮した結果だろうし……白い肌が対比で強調され……見る者をドキリとさせる。
上はハードレザーなのだろうが、ホルターネックになっていて……肩が丸出しになっていた。見ていて眩しい。
下も同じ素材のようだが……キュロットスカートだ!
半ズボンかキュロットかで区別したら、ギリギリでキュロットと判別されるような曖昧さだが……間違いなくキュロットだろう。やはり、解ってらっしゃる。
そして僅かに……本当に僅かに、上半身と下半身を区切るような白い線があった。
姿勢によっては見えなくなってしまうが……これはカエデの生肌だ! も、もしかしたら、へ、へそが! いや、いまチラリと見えたか?
だが、せっかくの眼福を、上に羽織ったコートが隠してしまっていた。
こちらはノースリーブで薄く、膝丈より長めだ。羽織るだけで前は空けたままだから、サーコートを意識しているのかもしれない。
見ただけで、主張が聞こえた気がした。
露出があれば良いという訳ではない。そんな主張だ。
全体的に見て、露出部分は控えめですらある。細心の注意を払って少なめに絞ってから……覆い隠してしまう。これに主義主張がないわけがない。
そして止めが足の部分だ。
俺の視たニーソックスではなかった。かといって、ガーターとストッキングでも、タイツでもない。
膝上の――オーバーニーのロングブーツだ。
柔らかそうな皮でピッタリとした作りは、パッと見ではニーソックスと見間違えるかもしれない。
しかし、違う。
何よりもそれは防具であることを声高に主張している。いかにデザイン性が優れていようとも、どこまでいっても実用品だ。誰が装備していても、おかしいとは感じさせない。
さすがだ。やはり、俺ではまだ……あの方々の足元にも及ばない。
「あ、タケルに手紙を預かってたんだ」
やや、打ちひしがれていた俺に、カエデは手紙を渡してきた。
何だろう? 用があるなら個別メッセージの方が早いのに。そう思いながら手紙を開いてみれば――
『未熟者め!』
とだけ、墨痕鮮やかに、大きな字で書き殴られていた。
……全くを持って、返す言葉が無い。
「それにしても、カッコいいっすね。いや、もちろん、俺の鎧も負けてませんが……なんか別方向のカッコよさっす!」
「ありがとね、リルフィー! ボクも一目見て、気に入っちゃったんだ! リルフィーの鎧もカッコいいよ!」
などと、カエデとリルフィーはお互いの新装備を褒め称えあっている。
「……お知り合いなのですか? その……『アキバ堂』という方は?」
「『象牙の塔』と『妖精郷』で合同で立ち上げるブランドというか……屋号です」
俺の答えに、ネリウムはなるほどと納得して頷く。
「でも得しちゃった! 宣伝はしなきゃダメだけど……ほとんど材料費で作ってくれたんだよ! その……足りない分はローンになっちゃったけど。あ、あれだね! 見たらダメだね! 見るまでは我慢しようと思ってたんだけど……見ちゃうと、もう! あ、あははは……」
照れくさそうに、そして恥ずかしそうに笑うカエデ。
まあ、海千山千が揃った先生方が相手では、抗う術もあるまい。
先生方はカエデの鎧が作りたくなり、いつものように『本気で』カエデを篭絡したに違いない。目的はおそらく……カエデに『正しい』鎧を作ることだ。
それと、いつまでも手をこまねいてた俺への叱責か?
いや、生徒に課題を出すようなものかもしれない。アリサを見て、なぜかそんなことを思った。
「しかし……これは負けてはおられませんね!」
……ネリウムは力強く、意味不明な宣言をした。
それに重々しく肯いて返すアリサ。
あ、あれあれ? お、おかしいよね? そんな話の流れじゃなかったよね?
とにかく、手を打つべく、何でも良いから話そうとしたところで――
馬車がやってくる音がしたかと思うと、俺達の目の前で止まった。
……仕方がない。続きは馬車に乗ってからか。
馬車には、俺達五人しか乗らないようだ。
……馬鹿話をしている間、俺の鎧を見て回れ右をしたグループもいた。警戒されたのかもしれない。これでもオフのときは、なるべく大人しくしているつもりなんだが。
他のパーティと一緒だと、多少、ややこしいことも起きる。貸切に出来たほうが面倒がなくて良いか。
とにかく、ネリウムの発言に対処しておかねば。そう思って口を開いた矢先――
「わぁー! 待って! その馬車、出るの待って!」
と大声を上げながら、一人の女プレイヤーが駆け込み乗車してきた。




