攻略分析チーム――1
システム解析チームが基礎研究だとしたら、攻略分析チームは応用研究にあたる。
ようするに手に入れた情報の活用を考える部門だ。
その日、俺は攻略分析チームに割り当てた部屋――と言っても、やはり宿屋の一室でしかない――で報告書を読んでいた。
同じテーブルではアリサが書類の整理をしてくれている。いつもの女性用軍服姿ではあるが、ニカーブは省略してしまっていた。『RSS騎士団』のルール的に差し障りがあるが、まあ……この部屋に出入りするのは総合戦略情報室のメンバーだけだ。問題にする者はいない。
しかし……他の奴らはアリサのことをどう受け取っているのだろう? 部外者ながら顔を出すリルフィーやネリウムと同じに考えているのだろうか? 口裏を合わせるためにも、そこら辺のことは聞いておかねばならない。
そんなことを考えていたら、ノックの音と共に誰かが入ってきた。おそらく俺を探しにきた誰かだろう。この部屋は実質的な俺の執務室になっているからだ。
だが、それはもう一人の部屋の主、攻略分析チームのリーダーであるカイだった。
「あ、ちょうど良いところに。献策したいことがあります」
にこりともせずにカイはそう言うと、勝手に椅子を用意して同じテーブルに着いた。
軍隊などでは決して許されない態度なんだろうが……情報室でそんな煩いことをいう奴はいない。目的の為に組織としての形を取っているが、あくまでもそれは方便である。俺個人の好みで言えば階級制度の導入にも反対だった。
こんなことを言うと、カチカチの『RSS騎士団』信奉者が集まっている第一小隊の奴らはいい顔をしないだろう。だが、もう少し肩の力を抜いても良いんじゃないかと、俺なんかは思っている。
それは周りにも伝わるのか、情報室には緩い奴らばかりが集まってしまった。
「……この前は心温まる報告をありがとうな。解析チームは嬉しい悲鳴をあげてたぜ? ……俺も相談したいことがあるんだ」
気を利かせたアリサが配ったコーヒーを受け取りながら、嫌味を言っておく。だが、カイは動じずに涼しい顔をしてやがる。
いつ見ても『RSS騎士団』にいるのが不思議なくらい整った顔だ。冷たそうとも感じるだろうが、落ち着きがあるともいえる。わざわざ作ったのであろう銀縁のメガネだって似合っていた。
カイが嫌がるだろうから伝えてはいないが、実は『聖喪修道院』の活動的な女性には人気がある。なんでも「キチクメガネソウなんとか」とあだ名で呼ばれているらしい。
最初の頃はあっちの趣味かと勘違いしたのだが、そうでないことは判明している。いまだってアリサと遠くなる位置を選んで座っているが、ただ単に女性が苦手なのだろう。……女性が苦手な奴は『RSS騎士団』では珍しくない。
「私に文句を言っても仕方が無いでしょう。それは隊長も判っているはずです。そういえば……大尉への昇進おめでとうございます。それと情報部への格上げも」
「人事のように言うけど……嬉しいか? 『課』を飛び越して一気に『部』だぞ? それに兵站と商業の部門も正式に配下になっちまった」
「いまだって隊長が面倒を見ているのですから変わらないでしょう。入れ物の名前が変わるだけかと」
「いやいや……商業部門と外交部門は独立させてだな、それこそ外務部だとか渉外担当部だとかにするだろ? それで兵站部門はそのまま独立。物資管理や財務管理は新設して……それこそ財務部でも作ればいい」
「で、財務部のトップにハチを据えるんですか? それはちょっと……今ですら信用が置けないのに。ハチはその財務部長にでもなったら、ごっそりと横領すると思いますよ? それに兵站担当も……ヴァルさんもデックさんも良い人ではありますが、どっちかを上に据えたら揉めますね。だいたい部門を増やしたって、結局は隊長が面倒を見るんですから同じことです。隊長の肩書きが変わるだけでしょう」
カイの分析にはぐうの音も出なかった。
情報室――いや、今後は情報部か――の頭脳はカイだ。俺は情報部の長などと祭り上げられているものの、その内情は何でも屋の雑用係でしかない。
「しかし……なんで団長は知ってたんだ? おかしいよな? 団長には内緒にしてたのになぁ……」
ちょうど良かったので、カイには疑問を伝えておく。
団長は不思議と情報通だった。他の部門の世話をしていたのは報告していないのに……いつのまにか団長は知っていて合併、昇進となってしまったのだ。
なぜかアリサは「あ、あははは……」と誤魔化すような笑いをしていて、カイの方は「これは……隊長流の冗談……なのか?」などといっている。二人ともどうしちゃったんだろう?
「やっぱ諜報戦のプロかな? 団長直属部隊の人にいるんだろうな。諜報戦のプロって奴が」
トップに全てを明かしてもらえない寂しさを感じながら続ける。……なぜかカイは俯いているし……アリサはカイの方を凝視していた。
「……二人ともどうかしたのか?」
「いえ、何でもないですよ! ……ですよね、カイさん?」
「姉御の仰る通りであります!」
なぜか勢い良くカイは立ち上がり、直立不動で叫ぶように言った。まるで第一小隊の奴らみたいだ。
うちの奴らがたまにやるギャグなんだが……俺にはいまいち面白さが解からない。とはいえ、意味が解からないからとギャグの説明を求めるのも野暮だろう。
ばつの悪さを誤魔化して、俺はカイに食って掛かることにした。
「それよりもだ! なんだよ、この報告書!」
「今頃それを読んでたのですか? まったく……泥縄もいいところですね。良くできた報告書だと思いますよ。そのまま全団員に配布しても良いくらいです」
などと言ってまるで取り合わないが……カイの主張は正しい。報告書は過不足のない見事なできばえだ。そのまま『RSS騎士団』用のキャラクターメイキング手引書として使える。
カイが「泥縄」と俺を非難するのも、先日、正式サービス移行時の処理が正式発表されたからだ。いまになって目を通しているのは暢気としか言い様がない。
βテストプレイヤーが正式サービスへ引き継げるのは二つ――キャラクターネームと任意のアイテムが一つだけだった。ようするに一レベルからのやり直し。任意のアイテムも装備品は除外で、一見すると厳しいと感じるかもしれない。
そんなわけで正式サービス開始時には全団員がキャラクター再作成だから、情報部としては正しい方針を打ち出さねばならない。だが、この報告書があるのだから、すでに仕事は終わっている様なものだ。
「できばえには不満は無い。百点満点をあげたいくらいだ。いや……機密保持の観点で、このままの配布はまずいな。それに俺なんかはこれでも解るけど、団長や副団長とかの……ゲーム音痴の人にはこのままだと厳しいだろう」
「なるほど。団員用の手引書作成と機密保持対策ですね。基本的には階級に応じた開示に留めればいいですし……対外的にはデタラメを書いたのをわざと流出させれば――」
「いや、そこまでやるのは止そう。引っ掛かる奴が可哀想すぎる。下手したら何年もデタラメを信じて作ったキャラクターでプレイに――って、違う! 俺が文句のあるのはそっちじゃない!」
思わずカイに誤魔化されるところだった。だが、奴は不思議そうに俺を見ている。
「俺が問題視しているのはこの……『瞑想』不要論だよ!」
「それのどこが? 筋は通っていると思いますが?」
『瞑想』とは『魔法使い』や『僧侶』のスペルキャスター専用スキルで、MPの自然回復速度を高めるものだ。MP回復の問題はスペルキャスターにとって最重要であるから、簡単に不要などと言って良いことではない。
しかし、要するにMP回復さえできれば良いのだ。他の方法でなんとかできれば貴重なスキル枠を使うことは無い。それが『瞑想』不要論の骨子だ。
「理屈はあっているけど、これじゃパンクするだろうが! いま何人のスペルキャスターがいると思っているんだよ! 全員がMP回復薬頼りになったら……いくらかかるか判らんぞ? そんな予算は我が騎士団に無い!」
「予算で語られても……それでなくても私達スペルキャスターは、スキル枠に余裕が無いんです。それに予算が無いから……万が一の場合は死ねと言うつもりですか?」
嫌な返しをされた。
『RSS騎士団』が念頭に置いているのは対人戦だ。
対人戦で有用なスキルは多いし、対抗用スキルも数多くある。必須に近いスキルもある上に、スキルにレベルの概念があることすら発覚している。スペルキャスターに限らなくても、スキル枠に余裕は全く無い。
傍らで神妙な顔をして話を聞いているアリサが目に入った。
アリサには団員用とは別のプランを考えてはいるが……それでも「予算の都合で万が一の場合は死んでくれ」などとは言いたくない。MMOで死を忌避しすぎるのは問題があるが、なるべくなら死なないのは大事なことだ。基本思想に死亡を組み込むべきではない。
「……俺が間違ってた。『瞑想』不要論はそのままにして、MP回復薬の安定供給計画か資金繰りの強化で解決しよう」
「……私も少し修正しておきましょう。型によっては『瞑想』も強力ですから」
それでその話は落着した。




