……の世界――2
「しかし、GM? そんなのどこにいるんだよ? というか……こんな不具合が起きてるのに、こんなところで何を――」
「んーと……あっちの方! あっちに行列が見える? ピンク色のテントと変な小屋の間」
そう指さす方向には、なるほど行列ができていた。
当然といえば当然なのかもしれないが、それは長く伸びていたし……先頭では誰かが文句を言い、それへ誰かが平謝りしている。
謝っている方がGM……なのか?
「……なんだろう。思っていたのと違う」
「うんとねぇ……ほとんどの人は、GMさんがいるって聞いたら……とにかく文句を言ってやるって思うみたい。中には一度で気が済まない人もいて、何回も並ぶから行列も長くなって――」
言われてみると当たり前か。
そろそろ死亡したプレイヤーも五桁の数へ届くだろう。その十分の一が一日十分ほど文句を言ったとしても、のべ一千分以上の計算となり……一日は千四百四十分しかないのだから、とても足りやしない。
結果、GMは朝から晩まで謝り続けることになり、さらには加速度的に悪化していく。死人は増える一方なのだから。
「最初の頃は酷かったんだよ。皆で吊るし上げかねない勢いで取り囲んで! 危なすぎてGMさん、降りられなくなってたんだから」
「……降りられなく?」
「ああ、ほら……GMさんは空飛べるから!」
「……なるほど」
合理的といえば合理的なのかもしれない。
しかし、ふよふよと浮かぶGMを追い回す暴徒の群れを想像すると、不謹慎だが笑ってしまいそうだ。
「全員が被害者でツイてないとは思うけど……一番はGMさんかもね? バイトでもボクらからすれば責任ある人だし」
「バイト? 社員じゃないの?」
「専業――フリーターさん?――だけど、バイトって言ってた。基本的に社員さんが一人、アシスタントにバイトさんが一人の体制らしいんだけど……運悪く、社員さんが休憩中に不具合が起きたんだって」
それは業界的にどうなんだろう? 常駐GM二人体制は少な過ぎないだろうか?
だが、飲食店などで考えれば、社員一人にバイト君一人は普通にも思える。
「詳しいな?」
「えっ? あー……ボク、すっごく最初の方のプレイヤーだったから! ………………えへへ」
誤魔化し笑いでカエデは、バツが悪そうに上目遣いで見返してくるけれど……とてもカワイイ!
そして最初期に死亡したプレイヤー達も、それなりの大冒険があったみたいだ。
「ふーむ。でも、これでGMが黒幕という説は消える?」
「少なくとも、あそこにいるGMさんではないと思うよ。自分で自分を閉じ込めちゃうなんて……ちょっとマヌケ過ぎない?」
厳密にはバイトGMまで抱き込んでの自作自演が否定されただけで、より高次の権限を持った人物による犯行の可能性は残っている。
しかし、それより気になる言い回しをカエデはしていた。
「閉じ込められる? 『死亡待機所』へ落ちると閉じ込めらちゃうのか?」
「うん。GMさんは色んなところへテレポート?なんていうんだろ……とにかくゲーム世界の好きな場所へ、好きなように出現できるんだけど……一旦はここ、つまりは『死亡待機所』へ来るんだって」
「テレポートの使用条件というか……システム的にターミナルのような場所ってことか?」
「そうなの? ちゃんと伝わってる? で、異変に気付いたGMさんは、とりあえずGMさんの部屋へ戻ろうとしたんだって。GMさんの部屋って分かる?」
「おそらくデバックルームというか……仮想現実側に用意した管理用領域か? 色々なスイッチングなんかのできる?」
「たぶん、それ! その部屋に行けば色々と操作できるし、会社とも連絡付くって思ったみたいなんだけど……ここからはGMさんでも移動が――ログアウトができなかったの。手順的に……内部的に一瞬ログアウト?する必要があった?とかなんとか」
またもログアウト不能だ。
この不具合は、ログアウト不能になったことが全ての原因に思えてきた。
「話を整理すると……死亡してゲームへ復帰するのにも要ログアウト。GMがデバックルームへ行くにも――いや、ここから移動にも要ログアウト。もちろんゲームを終わらすのだって要ログアウト。……すべてログアウトって奴の仕業なんだぜ?――ってことか?」
「そ、そうだったの?」
カエデの説明で、少しは全体像も見えてきたけれど……ここで一つ反省するべきだった。
まず『デスゲームのような不具合に巻き込まれた』と『デスゲーム』は同じではない。きちんと区別するべきだった。
『デスゲーム』とは、ゲームで負けた――もしくはミスったら実際に死ぬのが最大の特徴だ。本義的には、ログインやログアウトのできる出来ないは関係しない。
そして俺達が強いられていたのは実のところ、何かの不具合で『決してログアウトできない』であって、『デスゲーム』とは違う。
また『内部的にはログアウトしてから再ログイン』という処理がなかったら、『デスゲームそっくりだけど、死んでも再起できる』という不思議な状況に陥ってた……のだろうか?
それも物語としては面白い――自分が当事者でないのなら――かもしれない。
MMO的にも本道とすら感じるけれど……『デスゲーム』としてクリア条件を提示されなかった以上、考えても無駄か。
「それで慌てたGMさんは、全体メッセージやシステムメッセージ、GMメッセージと……許されてる全てのメッセージを使おうとしたんだけど――」
「俺達と同じく、使えなかった訳か」
上手く説明できたのが嬉しいのか、何度もカエデは首を振ったり、ポフポフと俺を叩いたりで忙しい。
そんな久しぶりのカエデの可愛らしさを堪能したいところだったが……この説明にも引っ掛かりは覚える。
確かミルディンさんも各種メッセージについて、違和感があると仰っていた。
なんだろう?
すでに判断材料は持っているのに、どうしてか回答が分からない。そんなもどかしさを感じる。
『ログインおよびログアウト不能』と『各種メッセージ使用不能』に、なんらかの共通点でもあるのか?
しかし、この疑問は後回しにした方が良さそうだ。
なぜなら瓶詰とされたのか、それとも缶詰なのかは……つまるところ材質は重要じゃない。
真に必要なのは脱出方法だし――
ふと気付けば、思わし気なカエデに様子を窺われている。
……まただ。
俺は心配されるような状態なのか?




