……の世界――1
――気づくと天使に揺り起こされていた。
「ちょと起きて! 起きてってば、タケル! 目を閉じちゃダメ!」
……天使だ。天使がいる。
仰向けの俺を覗き込むように、顔見知りの天使が枕元に座っていた。
久しぶりでもカワイイ! ヤッター!
などと思いながら上半身を起こし、まずは現状の把握に努める。
……俺、死んだんだよな?
つまり、ここは死後の世界で――ようするに天国?
おお、神よ! 死後の世界は実在したのか!
現代日本人である俺の死生観だと、無になって消滅と思っていただけに……死後も意識が残っているのは驚きだ。
それに死の世界を司る神様だか閻魔様も、けっこう粋な計らいをする。俺を出迎える役に、カエデを抜擢するとは!
カエデほど可愛ければ、死後に数階級特進で天使を任命されて当たり前だ。もう天使どころか大天使でもおかしくはない。
それだけの実力がある。いや、もう大天使と呼ぶ方が正解なんじゃなかろうか? うん、これからは『大天使・カエデル』を正式名称に――
そこで事実に気付かさせられた。
嗚呼、やっぱりカエデは!
ずっと向き合ってこなかった――強いて見ようとしなかった現実を直視させられる。
大声で叫びだしたくなるような怒りや悲しみ、そして喪失感に囚われつつ……「でも、いまは大天使だぞ? それも天国に勤務の?」という慰めを――
アレ? 俺って天国へ行けるような人間だったか?
……色々と考えるうちに、当然な疑問に行き当たる。
さすがに人を二人も殺してたら、天国行きは無理だろう。
となると逆説的に、ここは地獄だ。まず、間違いない。
地獄落ちは覚悟していただけに、納得できなくもないけれど……となると大天使・カエデルに矛盾が――
そこで圧倒的ッ! 圧倒的閃きッ! 雷のような天啓が走るッ!
カエデは元々、小悪魔的な魅力に溢れていた!
そう、小悪魔だ! 天使じゃない!
不幸にも落命したカエデは、死後に小悪魔として覚醒したのでは?
いや、そうに違いない! なぜなら、いまも無意識に俺を魅了してくる!
嗚呼、カエデは本物の小悪魔で、来週からは『小悪魔のカエデちゃん』だとか『タケルくんと小悪魔さん』なんてシリーズが始まるのだ! よし、バッチこい!
「うぉぉーっ! 俺は魂を捧げるぞ、カエデぇ! だからムフフな――」
「寝ぼけちゃダメだよ、タケル! 死んでないの! しっかりして!」
そう言いながら繰り出された右ストレートは、実に見事なコークスクリューブローだった。
……誰だ、カエデにこんなの教えたの?
「――つまり死んでも死なない、いや……死んだらここへ移されるだけだったのか」
「うん。でも、けっこう大変だったみたいだね?」
辺りを見渡す俺を、カエデは窺うようにしている。
これは……まだ何かありそうだ。
「でも、あれだな。よく見たら……というか、色々と変だけど……それを差し引けば、ここには見覚えあるぞ。死亡待機所じゃないのか、ここは? 向こうに神殿も見えるし」
「あーっ! ボクが教えてあげようと思ったのに!」
正解だったらしい。
まあ特徴的すぎるし、知っているのなら簡単だろう。
「にしてはゴチャついてるな。あー……皆で色々と生活空間を作ったのか?」
「うん! ボクも自分の家を作ったよ! あとで見に来る? タケルも欲しかったら簡易キットを買えば?」
それが乱雑になった原因か。
本来、この通称『死亡待機所』は白くてだだっ広い空間に、ポツンと神殿があるだけで殺風景な感じだ。
なのに各自が思い思いにテントやら家やらを建てたものだから、雑然とした雰囲気となっている。
「……うーん? でも手順が違わないか? ここへ来るのは『戦争用区域』で……その……死亡した時だろ?」
生き返るまでのペナルティタイムが課せられるのは、このゲームだと『戦争用区域』だけだ。そこで死んだ場合に限り、『死亡待機所』で数分の待機を強いられる。
通常と同じように、死亡後の復帰に十秒もかからない場合を考えれば、このルールの必要性がよく解るはずだ。
もし即座に復活可能ともなれば、両陣営でゾンビアタックが選択される。
何度死んでも諦めない戦士による、果てしなく続く突撃。もう最悪の悪夢でしかない。
どれほど敵を屠ろうと、ほんの数分の優位すら得られない。倒した相手は十秒もすれば復帰する。
優劣を決めるのは「どちらが消耗に耐え続けられるか?」という指標のみ。
結果、あまりの消費にプレイヤーが萎え、『戦争』というコンテンツそのものが廃れていく。
……数多くのタイトルが通った道だ。
それを避けるために、この『死亡待機所』というシステムは存在する……らしい。
熱くなり過ぎなくて済むし、物資補給のタイミングにもなり、神殿復旧も可能、味方と再合流や相談もできたりと……俺なんかは認めている方だけど、古参プレイヤーからは『戦争』が温くなると不評だったりする。
逆にいうと黎明期のプレイヤーは、ゾンビアタックが基本だった?
……ゆとり仕様万歳だろう。
「いや、違うんだよ。実はどのタイミングで死亡しても、一旦はこの『死亡待機所』へ送られるんだって」
「あん? いや……そう言われると? もしかして死亡の時に視界が白くなるのって……ここを一瞬だけ見てるからか?」
「そそ。もう一瞬過ぎて、普通なら気付かないらしいけど」
説明するカエデは、会心のドヤ顔だ。……カワイイ!
「というか詳しいな。解析班ですら知らなかったぜ」
「ボクだって知らなかったよ! GMさんに教えて貰ったんだ! いいでしょ!」
「はぁっ? じ、GMいるのかよ!」
「いるよ! いるに決まってるじゃん!」
……どうやらカエデには、色々と説明して貰う必要がありそうだ。




