PvP――6
「……タケルさん? このままでは、いつまでたっても……一か八かですど、アレを使って……」
相手に聞こえないようアリサは声を絞っていた。
……一考の価値はあるか?
アリサに教えたセットプレイなら、問答無用で誰かに致命傷を叩き込める。……成功さえすれば。
しかし、成功失敗に関わらずMPを立て直さねばならないし、下手したら決着まで戦線離脱も同然だ。
また、こんな乱戦下で仕掛ける技でもなかった。
基本的には不意討ちで開始して、仕組を知らない相手が首を捻る間に……いつのまにか必殺の檻が完成している。そんな『判らん殺し』に属する系統だ。
不意も討てなく、混戦の真っ最中では……日々練習していたとしても、成功率は極めて低い。
それに女性に――女の子に誰かを殺すよう指示を?
……できるのか、俺に?
そもそも戦いに参加させているだけで、男として失格だ。
男尊女卑を貫くのなら――
「女は命懸けの喧嘩に参加なんてしないで、家で静かに待っていろ」
ぐらい口にするべきだろう。
最悪の差別主義者であっても、言動をブレされなければ誇り高くいられる。数の利を失おうとも俺とリルフィー、そしてルキフェルだけで戦うべきだ。
しかし、そんな決断はできなかった。
この戦いには命が懸かっている。負ければ死だ。
俺は死にたくない。リルフィーやルキフェルだって同じに決まっている。
なによりアリサやネリウム、生意気だろうとカガチにも……皆に生きていて欲しかった。
その為に矜持をかなぐり捨てることになろうと、代償として殺人者になろうともだ。
アリサの提案へ、軽く首を横に振って応える。
……これは決断の後伸ばしか?
いや、まだ賭けに出るほど追い詰められてはいない。それどころか優勢を維持できている。
仲間は誰も窮地になく、増援――ルキフェルとカガチが加われば、一気に六対四で圧倒できるだろう。
それもすぐのことで――
「えっと……この画面?」
「それだ! 要請するプレイヤーの名前を、その空欄に入力すれば――」
「入力、入力ってどうやって――」
「タケルの名前を浮かび上がらせて、それを手で掴んで入れるんだよ! 視覚ドラッグ! やったことあるだろ!」
などとパーティ編入についての会話も、後ろから漏れ聞こえてくる。
このまま進行させれば問題ない……はずだ。
期待していた幸運――致命打が出ず、ずっと我慢の展開が続いている。だから急いてしまったのだろう。
……むしろ平等にラッキーと考えるべきか?
俺達側に致命打も出てないけれど、それは向こうも同様だった。
あちらが狙っているのは俺へ『同族殺し』を直撃で、さらにはそれが致命打となるのを期待している。
さすがに即死はないと思うけれど、間違いなく絶体絶命のピンチだ。続く不運やミスでの死亡すら視野に入る。
そして二人しかいない前衛が一人減れば、いかにリルフィーといえど皆を守り切れやしない。
……つまりは全滅だ。
そんなPvP特有の高ストレスに耐えながら、一向に訪れない幸運を呪い、相手の失敗を祈り続ける。
これはモンスター討伐とは、全く逆のプレッシャーといえた。
適切な戦力と正しい作戦ならば、モンスター相手に紛れは少ない。ようするに「どれだけ失敗しなかったか」を問われるからだ。
しかし、対人戦、それも集団対集団であれば、正解を選ぶだけでは足りない。どちらがより不運だったか――そして誰が最もツイてなかったかを試される。
つまりは運が良ければ、人殺しになるだけで済む。そして運が悪ければ、自分達が死ぬ。
やはり安全策をとるべきか?
均衡した戦力で競り合っているようで、実は違う。将来的には、俺達が優位に立つ。それは決定事項だ。
そして、おそらく奴らは最後の賭けに打って出る。
考えられるのは相打ちすら覚悟した突撃で、なんとか後衛を殺ろうとしてくるか?
そう都合よくはいかないし、他の選択をするかもしれないが……とにかく動かなければジリ貧だ。仕掛けてくるのは間違いない。
しかし、そんな自棄になった賭けに付き合うぐらいなら、相手に退路を与えた方がマシか?
両陣営で使えなくしている階段だけれど……逆にいうと俺達が譲れば、奴らには使えるようになる。
そして階段を譲り渡した場合、相手は戦闘を継続して偶然に身を任せるか、実現可能で被害のない撤退をするか……どちらかを選べさせれた。
もちろん、奴らは撤退する。誰だって『今すぐ』と『後で』からなら、『後で死ぬ』を選ぶに決まっていた。
そして俺としては、女の子や子供に殺し合いをさせずに済み、後で確実を期す人数で任務を遂行すればいい。
……まさにWin―Winか? 奴らには後悔する時間ぐらいしか与えられないけれど。
「降伏を勧告する。素直に従えば、嬲り殺すようなことはしない。望むのなら裁判も開いてやる。場合によっては、命も助けてやろう」
「参謀殿の口車には、もう騙されん!」
斬り結びながらの調略は、ハンバルテウスに打ち捨てられた。
……ほとんど脊髄反射じゃなかったか? どれだけ警戒されてるんだ?
「ならば……ここで裏切者として、誰にも理解されず死ぬか? それもいいだろう。六対四だ。俺達の勝ちは動かないしな!」
言葉を引き出そうと、煽っただけなのに……思わず戦慄させられた!
こいつら全く動揺していない!
すぐに六対四の大劣勢となり、敗色も濃厚なのに……余裕すら窺えてしまう。つまり――
何か隠している!
状況が望ましかったのは――待っていたのは俺達だけじゃなかった! 奴らも何かを?だが、何をだ?




