PvP――5
ほんの僅かな隙に乗じ、リルフィーが『盗賊』へ斬りかかる。
奇妙な小休止も、それで終わった。応じて俺も攻撃を被せる。
リルフィーは剣で一人、盾で一人。俺が残った一人を常に牽制で……たまに『甲冑野郎』から奇襲されて驚く。それが基本形となりつつあるか?
相も変わらずなリルフィーの変態ぶり――いやさ凄腕ぶりには、舌を巻く他ない。だが俺も、悲観することはない……か?
なぜなら嬉しい誤算で、コンビの呼吸が甦りだしている。
リルフィーと対人戦を――それもシビアなのを共にするのは、何時ぶりになるのだろう? 少なくとも、このゲームでは記憶にない。
また、リルフィーはブランクのせいか、少しPvPの腕が鈍っていた。精彩を欠くは言い過ぎでも、らしくない動きに感じる。
だが、それは逆にいうと……徐々に思い出し、解れていくということだ。
リルフィーはPvPもしていた頃の感覚を取り戻し始め、少しずつ戦況を支配し始めた。
自転車の乗り方は、一度覚えたら忘れないというが……それと似たようなものなのだろうか?
また、不思議なもので腐れ縁も長いと、非常に短い言葉で意思の疎通も可能となる。
例えば「右だ」の一言で、「右から斬るから頭を下げて避けろ」ぐらいは通じてしまう。
同士討ちも辞さないような動きをする癖に、それでいて決して自爆はしない。……相手にしてみれば、堪ったものではないだろう。
順調な俺達前衛二人に比べ、後衛のアリサとネリウムは忙しくなりだした。『MP回復薬』の空瓶を放り投げ捨てる音で、そうと判る。
まずスペルキャスターにとってMPは酸素にも等しい。
高い数値で保持すればするほど、いざという時に無呼吸で魔法を連打できるからだ。
従って可能な限りMPを回復させておく。水に潜る直前は大きく深呼吸をするように。
また、絶対にMP切れは起こせない。重要な局面でMPが尽きれば、仲間の死亡と同意義だ。
しかし、最大の問題点は……いついざなのか、予想すらできないことだろう。
そして分からないのだから、まるで深呼吸をし終えた状態をキープするような苦行が続く。
だが、回復を担当するネリウムには申し訳ないけれど、被弾は避けられなかった。
リルフィーは盾を大いに活用している。けれど盾で受ければ、ダメージカットされていようと、HPは減少しているということだ。
それは剣で受けても同じで、全く減らしたくなかったら、完全に攻撃を躱さねばならないが……それは逆に危うい。
例えるならボクシングでジャブを全て避けようとするようなものだ。
そのコストとリスクを考えたら無謀だし、そもそも俺達二人はパーティを守る盾でもある。持ち場放棄は許されない。
そんな仕方なしに生じるHP減少を、ネリウムは回復し続けてくれている。
だが、それも考えなしにはできない。先にいったように『MP回復薬』との兼ね合いがあった。
発声式スイッチでショートカット登録にしても、実物の回復薬を飲むにしても……魔法の発動と回復薬の使用は、同時にできない仕様だ。
まあ「飲み物を飲みながら呪文を唱えるのは無理。だから不可能」といわれたら納得するしかない。
しかし、それでスペルキャスターの立ち回りは、更に難しくなってしまう。
常にMPを全快を心掛けつつ、前衛のHPも事故に備えて全快キープが基準だ。
当然に『MP回復薬』は飲むとしても、回復魔法を使う瞬間を阻害しないようにタイミングを見計らう。
また、持続時間切れを起こす付与魔法も上書きの必要がある。
……目の回るような忙しさな上、しくじれば味方が死ぬ。
ネリウムが口にした「PvPはスペルキャスターの数で決まる」も、決して過言ではない。
回復担当でないアリサはマシかというと、全くそんなことはない。一番に人数不足の割を食っていた。
そもそもアリサは付与魔術師だから、付与魔法を回した時点で役割は果たしている。
だが、それを台所事情が許してくれないので、火力役と牽制役も兼任の一人三役だ。
俺とリルフィーはなるべく『盗賊』にダメージを集めていた。当然、アリサも火力を合わせる。
『盗賊』にプレッシャーを与える続けるのはもちろん、『回復薬』切れにでも追い込めば買ったも同然だ。火力役として当然の任務といえる。
しかし、魔法の連打はできなかった。どんな魔法を使っても、一定のクールタイムが要求される。
そのクールタイムの瞬間、俺かリルフィーのフォローを――牽制目的の攻撃をしたくなったら?
やはり必要な時に撃てなかったら、牽制にならない。何も考えずに連打なんて厳禁で、出番を窺う必要があった。
結果、しばらく牽制は要らなそうと思える瞬間に『盗賊』を狙い、フォローが必要そうだったら手控えてと……高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変な立ち回りを求められる。
その上、定期的な付与魔法の掛け直しまでだ!
しかし、そんなエスパー養成訓練じみた荒行を、二人は難なくこなしていた!
たまに『のびのび君・一号』が俺とリルフィーの間を縫うように伸びてくるのは、手一杯になったアリサのフォローか?
そして時折――
「リルフィーさん、『回復薬』の使用を!」
などと指示が飛ぶのは、ネリウムが苦しい瞬間だからかもしれない。
俺やリルフィーがコンビネーションを駆使するように、アリサとネリウムも後衛としての連携を使っていた。
……俺達は強い! これなら負けないはず! いや、勝てる!
そんな確信を持てても、一向に実を結ばない流れに焦がされる。
相手の方が苦しいはずだ。あともう少しだけ、ほんの僅かなに幸運が転がり込んでくれば……例えば『盗賊』へ致命打がでるだけで……そのタイミングでオールインすれば、一気にケリも着く。
まだか? 急いでくれ、幸運の女神様! 愚図々々していたら、不運と踊るのは俺達となる!
息を止め、我慢をし、焦れ、歯を喰いしばりながら……必死に戦う。死の危険を感じながらも、懸命に戦うしかなかった。




