PvP――4
「………………はぁ?」
思わず漏れた困惑の声は、奴らの嘲笑を誘った。
「逃がさねぇって言ったんだよ、タケルゥー!」
「相変わらず参謀殿は、抜けたところがおありで」
そして堪えきれないといった様子の下卑た笑いが起きる。
腸が煮えくり返る思いだが、歯を喰いしばって耐える。
戦いにおいて最も避けるべきは、逆上してしまうことだ。それは冷静さを保つことよりも大切だったりする。
……堪えろ。
ブチ切れて強くなれるのは、一部の許された天才だけだ。凡人であるのなら、積み上げてきた精一杯に頼れ。
「だ、だから……駄目って……言ったんだよ……タケル。俺達は脅されて……その……『禁珠』を使うよう強いられて――」
そしてルキフェルが申し訳なさそうに説明してはくれるものの……正直、驚く他にない。
このゲームで誰かを捕まえるなり、人質を取るなりしたとする。
捕らえられた側が狙うのは、もちろん『翼の護符』による安全確実な逃亡だろう。いま現在も俺達が狙っているのと同じに。
だからこそ、捕まえた側は『禁珠』で封じる訳だけれど……交渉、もしくは強要できるのであれば、捕えられた被害者自身に『禁珠』を使わせる方が合理的だ。
相手が使う権利を潰せて、自分は使用権を確保したまま。さらに自分でペナルティを払わないでも済む。
必要は発明の母などというけれど……どれだけこいつらは誰かを拘束し慣れているんだ?
もう推察できるトライ・アンド・エラーの回数には、吐き気すら催しそうだ。
いや、この嫌悪感すら、いまは不要か。
感情は後回しにできる。必要なのは現状を打破する力。そして正しく行動する意思だ。
まず当初予定だった『翼の護符』による離脱は不可能となった。
なぜなら敵味方合わせた全員が、すでに『禁珠』を使用してしまっている。誰も禁止状態を書き換えられなくなった。
つまりは敵味方の全員が『翼の護符』を使えない。……戦いの決着がつくまで。
そして謎だった戦闘開始直後の『甲冑野郎』がとった妙な行動も、やっと意図が飲み込めた。
ルキフェルとカガチを庇うためにした俺達の前進と、ほとんど同時に行われた奴の移動で……互いの位置を取り換えたは言い過ぎでも、戦場全体が軽く回転している。
結果、どちらの陣営も階段が使い難くなった。
相手を無視して回廊から降りようとすれば、一方的に攻撃されるだろう。強行したとしても、下手したら分断してしまいそうだ。
「これでも俺はタケル、お前のことをリスペクトしているんだぜ! お前ほど冷酷な奴はいない。非情な奴もだ。夜になると、お前に殺された時の傷が疼く! 数え切れない程のだ! 許さねぇ……絶対に許さねぇ! お前という優れた教師を手本に、俺はお前を殺す!」
……退路を封じ、優位に立ったつもりか? 素人のくせに調子に乗りやがって!
それに多少はトラウマを植え付けれていたようだが……あの野郎に心を壊された女性を思えば手緩かった。
しかし、反論は堪える。
あんなキチガイと理解しあっても意味はない。そもそも狂っているから狂人と呼ぶ。解り合えなくて普通だ。
それに場は『甲冑野郎』の狂気の演説を拝聴となっていて、敵味方が手を休める形となっていたけれど……それはそれで利益があった。
「いつまで掛かっているのですか! 急いで! PvPはスペルキャスターの数で勝負が決まるのですよ!」
「そんなこといっても……なかなかロープが切れなくて――」
「出来る訳ないでしょ! それは多分、武器か防具よ! 絶対に壊れないから、解いて!」
「ぱ、パーティ! パーティに入れて、お兄ちゃ――あ、あははっ! ル、ルキくん! 変なところ触るな!」
「ひ、人聞きの悪いこというな! それにジッとしてろよ! 解けないだろ!」
「こんな時にタケルさんが要請できる訳ないではありませんか! 自分で求めるのです!」
「えっ? そうなの? 入る人からできるの? どうやって?」
「あーっ! もうっ! いい、カガチちゃん? 『メニューウィンドウ』を開いて、そこから『パーティ』の項目へ移って――」
「あ、俺が分かるぜ! ……ア、アリサ――さん? だから――」
「いいですから! 貴方はサッサと縄を解くのです! そっちに専念を――」
と声を押し殺した口論が続いていて、うちの後衛は忙しそうだったからだ。
……普段なら怒るところだが、逆に頼もしくすらある。
また、頭が冷えてちょうど良かった。そうでなければ、憤怒に囚われきっていたかもしれない。
だが、そんな緩い?空気は後ろまでだった。
俺達前衛の二人は絶え間なくフェイントを掛け、また逆に釣られないように必死だ。
「……タケルさん? さっきの刀は? どうして無理を?」
真剣な、そして深刻なトーンでリルフィーが訊いてくる。
「いまのが同族殺し――同じギルドに所属してると特効の武器だ。お前が持てば『ラフュージュ』のメンバーに。奴が持てば……『RSS』の団員に特効を持つ」
「なんなんすか、その糞アイテムは! 仲間を攻撃する為の武器じゃないっすか! ――あの全身甲冑の奴は、俺が相手をします!」
俺と似たような感想なのか、さすがにリルフィーも不快感を覚えたらしい。
「……頼んでしまいたいところだけどな。でも、そうは問屋が卸さないみたいだぜ? あの野郎、後ろに下がってやがる」
徐々に相手の腹積もりも判明してきている。
『偽団員』に『盗賊』、ハンバルテウスの三人でフロントを堅め、『甲冑野郎』は遊撃というか、隙を――おそらく俺の隙を窺うつもりらしい。徹底している。
こちらの前衛も二枚で薄く、四対二で押されるより楽ではあるが……その分だけ集中力は削られそうだ。
「それじゃ……誰にしますか?」
面白くもなさそうにリルフィーは質問を変えてきた。
……俺も同じ結論だったし、それ以外に手もない。ここは戦果で以て状況を変えねばならなかった。
「決まっている。『盗賊』の奴だ。あいつの防御力が一番に脆い。可能な限りに集中して、運よく一回でも光れば……それで決着だ」
「了解です。それが最適だと……俺も思います」
感情を押し殺した同意で応えられた。
……二人して覚悟を決める。もう腹を括るしか、手は残されてなかった。




