日常・二――2
なぜか非常に扱いにくくなったアリサを宥めすかしながら、今回分の視察を終えた。
一体全体……どうしちまったんだろう?
時々、女ってのは謎だ。
俺には全く察知できないタイミングで怒り出すし、その理由を説明されても……全く理解できないことの方が多い。
なんとなく気まずい、会話の少ない雰囲気になってしまったのだが……先ほどとは別口の奴らの話が聞こえてきた。
なんとはなしに様子を窺う。
「ここ、他に比べたらかなり小さいね」
言われてみれば、そこの物件はやけに狭かった。ちょうど民家一件分程度の大きさだ。
「これじゃあ、建てられるのは……家ぐらいかな?」
「でも、これくらいのなら……買えるかも!」
「……いいね。ここが売り出されたときは……俺、買うよ!」
「二人のギルドホール……いえ、マイホームね!」
なんて甘い雰囲気になりやがった。このカップル、リア充か? 爆ぜろ!
まあ、リア充にしては着眼点がいいと褒めておこう。
狭いギルドホールは価格が抑え目だ。手頃感で人気物件にはなるかもしれないが、限度というものがある。
それに個人で購入する方が話は簡単だ。お金の話をしないで済む。
だが、『RSS騎士団』の目が黒いうちは、スイートマイホームなんて甘い考えを――
「素敵っ!」
「………………へっ?」
つい、間抜けな声がでた。
ど、どうしちゃったんだ、アリサ?
「小さくても旦那様と私の……二人の家……色は白で……それに出窓! タケルさん!」
「は、はひ?」
「私、子供の頃から出窓に憧れてたんです! お、お嫁にいく家には……小さくても出窓があったら良いなって」
「そ、そうなんだぁ………………も、もう時間かな? じゃ、残念だけど……そ、そろそろ……待ち合わせ場所に移動するか!」
いつのまにか……アリサの目は据わっているというか……少し変だった。
たまにこうなる。こうなるといつもの素直さはどこへやら……テコでも自分の意見を曲げやしない。意外とアリサは頑固なところがある。
「あと、犬! 大きな犬も飼いたいです! タケルさん……犬はお嫌いですか?」
「犬? どっちかというと……俺は犬より猫の方が……」
……しまった。
もの凄く悲しそうな顔をしている。ここは嘘でも良いから、犬派と答えておけば――
違う!
俺が犬派だとか、猫派だとかは大勢に影響ない! ……たぶん。おそらく。きっと。
「ま、まあっ! い、犬も悪くないよな。お、俺も別に……犬が嫌いだとか……苦手って訳でも……」
……なんだか間違えた。
我ながらハッキリしない答えだ。イエスでもなければ、ノーでもない。保留というか……煮え切らないというか……実に男らしくない。しかし、正直な気持ちでもあるし――
俺まで脱線に参加したら、収拾がつきそうもない!
まあ、アリサが嬉しそうにしているから、それはそれで良いか?
「本当ですか! でも……タケルさんが猫をお好きなら――」
「と、とりあえず! い、移動しよう! み、みんな待ってるかもしれないからな!」
「あっ! 両方飼えば良いんです!」
「よし、出口はあっちだぞー! ちゃんとついて来るんだぞー?」
「でも……犬と猫って喧嘩しないかしら?」
……そんな噛み合わない会話を続けながら、俺達二人は待ち合わせ場所に向かった。
街外れのあまり使われていない城門近くは、人通りもまばらで寂しい感じがする。用が無ければ誰も来ないからだろう。
ここで待ち合わせたのだが、まだ誰も来てなかった。
まあ、今日の主役というか、みんなに招集をかけたのはアリサだ。待たせないよう早めに到着したのだから、俺達が一番乗りで当たり前だろう。
目印の看板を眺める。
やはり、何と書いてあるか解らない。この看板に書いてあるのは、この世界の言語だ。もともと『知力』の低い『戦士』な上に、一ポイントもボーナスを振ってない俺には、この世界の文字は理解できない。
「アリサ、読めるか?」
「……やっぱり無理です。意外と不便ですね。『読解』の『タレント』入手します?」
アリサは慣れてないだろうから、不便に感じてるのかもしれない。
βテストの頃は、この文字を読めたのだろう。『魔法使い』はそれなりに『知力』の初期値が高い上に、ボーナスも入れてたはずだ。
しかし、アリサは正式サービス開始に伴い、『知力』を全く成長させない『魔法使い』という……非常に珍しいスタイルに変更している。
「いや、あれは割とレアで高いだろ? ゲーム的なのは日本語で書いてあるし……余裕できてからでいいんじゃないか?」
目の前にある看板の様な、この世界の文字で書いてある文章は珍しい。ほとんどがフレーバーテキスト――雰囲気だしの飾りだ。
ゲーム的な意味があるのに日本語表記でない場合……それはデザイナーが積極的に教えたくない、全てのプレイヤーが知る必要がない証拠なのだが――
「なにを眺めているのですか? 念の為に言っておきますが……βの時と変わらず、そこには『乗合馬車駅』としか書いてありませんよ? あとは時刻表です」
ようやく待ち合わせ場所にやって来たネリウムが、内容を教えてくれた。リルフィーの奴も、お供の様についてきている。
これが基本的な解決方法だ。
ネリウムは主流派の『知力』型スペルキャスターであるから、『知力』が高い。したがって、この世界の文字でも読むことができる。
べつに自分が読めなくとも、誰か仲間に読んでもらえばいい。一人で何でも出来るようになるのは無理だし、それはMMOの基本設計に逆らっている。
「あとはカエデさんだけっすか?」
そう言うリルフィーは……新しい鎧を着てやがる。
なかなかカッコいい。さすが我が『RSS騎士団』が誇る武器防具職人、ヴァルさんとデックさん謹製だ。やや、ゲームよりな雰囲気を感じるのは、ベースデザインをヴァルさんがしたからか? 俺のを伝統的とするなら、奴のは革新的なイメージがする。色もシンプルな鋼色だ。
……褒めてもらいたそうなのが癪に障る。
「……先に盾を揃えるべきじゃねぇか? 『盾』のスキルも取ったんだろ?」
「『盾』は次の予定っす! スキルが先になっちゃいそうっすけど……まあ、しばらくは我慢で」
軽くジャブのつもりでケチをつけたら、とんでもないことを言い出した。
次の検討なんて……そろそろ八レベルが視野に入っているのか?
おそらく、奴は『剣』と『危険感知』を持って開始。四レベル時に『威圧』を修得。そんなところだろう。
その次のスキル追加は八レベル成長時だから……現時点で七レベルか? ……油断すると追い抜かれてしまいそうだ。
どうやり込めてやろうか考えていたら――
「ごめん、遅れた! みんな、待った?」
と言いながら、カエデが駆け込んできた。
しかし、まだ約束の時間にはなってない。慌てずとも良いのだが、それよりも――
カエデの装いが大きく変わっていた!




