PvP――3
馬鹿なことを考えている間にも、事態は進む。
「逃がすかっ! 『護符』を禁ず!」
「『石』を禁じます! アリサ、位置を変えましょう!」
すぐさま応じる『偽団員』も流石だが、うちの後衛司令塔だって負けてない。即座に書き換え返してプレッシャーを掛ける。
そして俺やリルフィーと、なんとか隅へ逃げたルキフェルにカガチの間へ入ってきた。
……やや狭いか?
「リルフィー、もう一歩前へ出るぞ! スペースを広げる!」
「アイサー! ネリー、お願い!」
再び『バスタードソード』を両手持ちし、旋風のように荒々しく振り回す。雑だが相手は避けるしかないし、無理矢理でも後退を強いれる。
その空間へ盾を掲げて体当たりするように、叫びながらリルフィーが前進した。
もちろん返礼とばかりに反撃される。
しかし、それは盾によってダメージ軽減もされるし、合わせたネリウムの回復魔法で結果的に無傷だ。
さらにはアリサも、適当な相手へ攻撃魔法を打ち込む。
乱戦下で派手な範囲魔法は使えないものの……システムアシストの恩恵で絶対に外れない飛び道具は、やはり脅威でしかない。この辺が弓や手投げ武器と大きく違うところだ。
喰らったハンバルテウスは半歩下がって『回復薬』を使っていた。
これは臆病と責められない。向こうは前衛ばかりで手数は足りてそうだけれど、後衛職がいなかった。つまり回復は自前ということで、小まめに処理しなければならない。
その間、『甲冑野郎』は敵前衛の陰で戦場を大きく回り込んでいた。
何を考えている? 奴らなりのポジショニングか?
そしてフリーになった『盗賊』が『禁珠』を使い、また『護符』が禁止された。
……敵ながら徹底している。褒めてやりたいぐらいだ。しかし――
これはチャンスだ!
敵の前衛は一時的に二枚へ減っていた。その内の片方はリルフィーが引き受け、もう片方――『盗賊』の方は『禁珠』を使用中だ。
そして下がらせた分だけ間合いも遠いけれど――逆にいえば思いっきり踏み込める。
「リルフィー、作戦通りに! 俺は……『盗賊』の奴を殺る!」
叫びながらプレイヤー・ヴァーサス・プレイヤーでは失策なまでに大上段へと構える。
だが、そんなのは知ったことかと渾身の力を込めて、『盗賊』の構える剣へ叩きつけた。
もちろん、このゲームでは武器や防具、アイテムの類は壊せない。
思いっきり振り切ろうとも、ほんの僅かなダメージボーナスがつく程度で、数値の上で大した差はなかった。
しかし、人ひとりの全体重を乗せた――それも『腕力』カンストした『戦士』の――一撃を受けて、全くバランスを崩さずに済むかというと……それはプレイヤーの技量に左右される。
これはVRMMOに慣れないと判らない火力型の――『腕力』を伸ばし切ったタイプの恐ろしさだろう。
スーパーヒーローだらけのMMOにおいても、その世界で一番に力持ちというのは非常に優れた長所となり得る。ましてやPvPなどであれば、それは顕著だ。
その証拠に衝撃を逃しきれなかったのか、『盗賊』はペタンと尻もちをついた。
おそらくダメージは――HPの減少は些細な量だ。いくら先生の剣といえど、クリティカルヒットでもなく、直撃でもない――武器によって受けた裁定で数字は出せない。
だが、ゲームデーター的な変化は無かろうと、最前線で体制を崩すのは致命傷だ。
慌てた様子のハンバルテウスが、フォローのつもりか俺を狙うが――
「『石』を禁ず! ――いまです、タケルさん!」
盾を構えたリルフィーに阻まれる。
当然に作戦指示も守り、その右手では『禁珠』を握りつぶしていた。
二本の腕で剣に盾、『禁珠』を使うなんて変態――いや、天才か? ……後でやり方を聞いておこう。
「この雑魚がっ! いつも大事な時にぃ! くっ――『護符』を禁ず!」
怒り心頭といった感じのハンバルテウスが叫ぶ。
まあ、リルフィーは童顔だから判りにくいが……これで凄腕、さらに性格もけっこう悪い。
……裏付けるように凄く人の悪そうな顔で、ハンバルテウスに応えている。信じられない煽り力だ。
しかし、それでも『護符』を使うのを忘れてない辺り、油断はできない。まだハンバルテウスも冷静さを残している。
そして千載一遇の好機だった。
奴らのうち一人でも行動不能へ追い込めば、自動的に決着する。
座り込んだままの『盗賊』へ、一方的な追撃を……と考えた瞬間、死角から銀色の光が目を刺した。
反射的に受けようと、左手で『ダガー』を手探りで――
「駄目だ、タケル! その刀は危ない! 避けろ!」
とルキフェルに警告され、寸でのところで我へと返った。
身体ごと仰け反る。倒れたら拙い。が、その危険も冒す。とにかく避けるしかなかった。
顔面スレスレに、日本刀が通過していく。
これは『甲冑野郎』の攻撃で……つまりは同族殺しによるものだろう!
さらに愉悦に顔を歪ませ、涎すら垂らしながら、『甲冑野郎』は追撃を加えてくる!
急所がないとはいえ、これだけは喰らう訳にはいかない!
万が一にでもクリティカルヒットでも起きたら……そのまま勝負が傾く威力がある!
しかし、嵩にかかって攻める『甲冑野郎』の顔面へ、火の玉が撃たれた。
感謝感激なタイミングのフォローだ!
堪らず奴も顔を背けて躱す。それはそうだろう。顔面への攻撃、それも火によるものを無視するには訓練が要る。
だが、システムアシストの恩恵があっても、際どい狙いは避けられ易くもなった。
得られるテンポや間合いなどの方が大きいので、仕方のないトレードオフか。結局は狙い通りで、アリサが『魔法使い』として熟練してきた証ともいえる。
……潮時か。
アリサの作ってくれた隙に乗じ、半歩下がりながら考える。
この場での勝利に拘らずとも、生還さえすれば俺達の勝ちだ。むしろ正体の判明してしまった奴らの方は、絶体絶命といえよう。
リスクを冒すよりは、素直に『翼の護符』で撤退した方がいい。
「『石』を禁ず! 退くぞ、皆! 『翼の護符』の準備を――」
しかし、安定を取ったはずの判断は――
「『護符』を禁ずる! ……逃がさねえぞ、タケル?」
相手側による五回目の『禁珠』で崩された!




