PvP――1
「おい、シカとしてんじゃねぇ! 聞いてんのか!」
少しだけ考え込んでしまっていたらしい。焦れた『偽団員』の威嚇で現実へと引き戻された。
敵は四人。ゴブリンの森の強姦魔こと『甲冑野郎』、『偽団員』に『盗賊』、そして……ハンバルテウスだ。
「はんっ……ビビってんだろ、気高い『RSS』の騎士様はよぉっ!」
余勢に駆ったのか『盗賊』が叫ぶ。
どっちもどっちで育ちも知れているというか、俺とは系統の違う少数派コミュニティに属している。
伝わるか微妙だけれど、少年マガジンを定期購読している層というか……ピリオドの向こう側から帰ってきちゃった感じだ。平凡に少年ジャンプ派の俺としては、是非ともお引き取り願いたい。
そんな様子を『甲冑野郎』は楽しそうにニヤニヤ見ていた。
……屑の大人物ぶった振る舞いは、鼻につく。通常の三倍は効果的だろう。
敵意こそ萎えずにいるけれど、当たり前にバツの悪そうなハンバルテウスの方がまだ可愛げあるぐらいだ。
……冷静に。目の前の問題を、まず処理していこう。俺は五人の命を背負っている。
相手は四人。自由に動けるのは、こちらも四人。
ルキフェルとカガチは、悪いが人数外だ。計算に入れてしまったら、思わぬところで間違うかもしれない。
すでに場は『禁珠』で『護符』が封じられている。このままだと『翼の護符』を使っての逃走はできない。
だが、俺達は後四回も『禁珠』を使えるのに、あいつらは既に一回使っていて、残るは三回っきりだ。
こちらで『護符』以外に封印を書き換え、あちらで再び『護符』へ戻され続けても……四回目でこちらが勝つ。最終的には『護符』を使用可能で場を固定できる。
なぜなら再使用にはペナルティ分の時間が経過するか、『神殿』への寄付で解消しなければならない。
やはり一か八かな同人数での戦いより、一旦は引いて全戦力で叩き潰すのが正解だろう。
結果として四人対百人――いや下手したら二百人以上という、戦いとすら呼べないものとなるだろうが……知ったことか! 俺が望んだ話じゃない! 自業自得だ!
となれば問題は、ルキフェルとカガチが『翼の護符』を持ち合わせているかだが……そんなのは常識と甘える訳にもいかない。
マントの陰で隠しから『翼の護符』を取り出し、そのまま後ろ手に振る。
……気付いて貰えるか?
「俺が不思議でならないのは、その強姦魔の屑やハンバルテウスのことじゃなくて……お前ら二人の方だぜ? 駄目だろ、ゴミはゴミ箱で静かにしてなきゃ? まあ、俺は公共精神に溢れるから、お前らみたいな汚物も義侠心に従って処理するけどな。何か希望があったら先に行ってくれ。酸性洗剤は染みるから勘弁して下さい、とかよ?」
少しハイブロウ過ぎたか?
『盗賊』と『偽団員』の二人は、口をパクパクとさせてて……きちんと悪口として伝わったか甚だ疑問だ。もう少し焚き付けておこう。
「お前らの脳みそじゃ公共精神とか義侠心は難しかったか……屑にも分かるよう噛み砕くのは難しいな。絶対理解できないと思うけど大切なものなんだぜ? もし友人が持っ《・》てなかったら、俺の方から配るくらいに?」
そう言いながらも、後ろ手で『翼の護符』をピコピコと振る。
……誰かが受け取ってくれた! アリサか? それともネリウム?
とにかくチャンスがあり次第、ルキフェルとカガチへ放り投げてくれるだろう。
「調子に乗んじゃねぇぞっ! こっちには人質がいるんだ! 次に下らねぇことを口にしたら、まずこのガキから――」
「うん? まだ気付いてなかったのか? いいぜ、やれよ? やれるもんなら、な」
「強がったって無駄だ! お前にガキを見捨てられる訳がねえんだ! こいつらが心配なら、俺達の言う通りに――」
適当なことを口にする『偽団員』へ、肩を竦めながら首を振ってやる。
これは虚勢でもハッタリではない。ましてやテロには屈しないという信念の類や、コラテラルダメージと割り切っているのでもなかった。
「算数もできないようだと、馬鹿でも苦労するんじゃないのか? いいか、カガチに危害を加えたら、俺達がお前を攻撃する。これだけで四対一だぞ? もちろん、カガチだって簡単にはやられない。少しは抵抗する。そこにいるルキフェルだって邪魔をするしな。つまりは六対一だ。いいんだぜ? 俺達はお前からになっても?」
これは詐術の一種かもしれない。
俺の主張通りに六対一――もしくは六対四だ――とも考えられるし、やはり動きの制限された人質を取られたままともいえた。
そしてこれが急所ルールのないMMOの厄介な点でもある。なかなか一方的に相手を殺すことができない。
どちらかが逃げに徹したらなおさらだ。
仮に一対一などを想定しても……片方が走って逃げたら、まず倒せなかった。PKは戦争や決闘とは違う工夫がいる。
それでも冷静に考えると……やや不利か? 二人も庇いながらは厳しい。紛れが起こり得る。
「お、お兄ちゃんの言う通りなんだから! あ、あたしだって反撃するもん!」
「いや、カガチ! タケルは、お前に身を守れって――」
そしてルキフェルとカガチが喋りだした。
やっとパニックから立ち直ったらしい。
まあ、俺達が来なければ絶体絶命の危機だ。死の覚悟すらしていたと思う。そう考えると気の強い方か。
が、しかし――
「お前ら、こんなところで何しているんだよ?」
と、つい口に出た。
「いや……俺はっ! その……カガチが……ピンチだって聞いて――」
「あたしだってっ! ルキ君がイジメられてるって――」
…………俺はっ! 二人がっ! 反省するまでっ! 暗黒太極拳を止めないっ!
リルフィーはもちろん、おそらくアリサやネリウムですら参加してくれると思う。下手したら踊り終えるまで、『甲冑野郎』達も大人しくしていることだろう。
そんな現実逃避をしつつ……次の手順に移るべく、再び隠しを漁った。
サックりけりを着けてしまおう。




