隠れていた失敗――3
かつて俺はβテストにおいて、あるプレイヤーを引退へと追い込んでいる。
いや、加害者側から断言できないけれど、他にも引退させた者はいると思う。
……βの頃から『RSS騎士団』として暴れまわっている。その成果は否定しようもない。
しかし、積極的に引退させたのは、後にも先にも一人っきりだった。
『RSS騎士団』という組織力やゲーム知識、使える時間、コネ、才覚――とにかく全身全霊を注ぎ込んだ。
そして標的は、ログインするたび俺にPKされた。
何度も、何度でも。相手の意思が砕けるまで丹念に。消えない怒りを思い知らせるまで。
……いわゆる『粘着PK』だ。
MMOのマナー的には絶対に許容されない。厳密には規約違反かもしれなかった。
だが、それで標的はログインしなくなった。それが全てだろう。
当たり前とはいえば、当たり前でもあった。
ログインする度、一分もしないうちに誰かが殺しに来る。
なぜか誰一人として助けてくれない。お節介ばかりなのが、MMOの普通にも関わらず!
それどころか話したことすらない誰かが、所在を教える密告者かもしれなかった。
もちろん世間話をしようとも応えはない。目を合わせることすら拒否される。
……拒絶。ただ拒絶される。住人全てが――世界全てが否定の意思を示す。
ゲームの広告を見かけるだけで動悸は激しくなり、VRマシーンを使おうとすると嘔吐感が生じる。
終わらそう。このゲームを遊ぶのは、もう止めた方がよい。ただそれだけで自分は許される。
――とは決着しなかった……らしい。
可能性は考えていた。
だからこそ監視の手は緩めなかったし、こんな不具合が起きなければ発覚もしたと思う。
しかし、そうはならなかった。
人は記憶を改竄する。良きにつけ悪しきにつけ。
そして殴られた者は必ず怨む。原因が自分にあろうともだ。
「なぜ俺は、ここまで酷く痛めつけられなければならない? そこまでの罪は犯してないはずだ。いや、もはや公正さなんて関係ない。この悔しさを消し去るには、復讐あるのみだ!」
おそらく、この程度の料簡だと思う。
……二度とゲームなんて考えないよう、徹底に潰しておくのだった!
きっかけは正式サービス開始だろうか?
好機であると調べたのか、それとも偶然か……新規にアカウント登録をする。
さんざん痛めつけられた過去から逃げたのかもしれない。それとも悪魔か何かが囁いたのか。とにかく奴は、自分が正解を引き当てたことを悟る。
この新アカウントであれば、あの憎い敵は現れない!
だが、このままでは駄目だ。外見から何れは発覚してしまう。
「ベースアバターを改造すれば、完璧な変装になる!」と気付かせてしまったのは、エビタク類の奴らだろうか?
そうやって新たな二つ目のアバター――『モホーク』のデクが誕生する。
……身長二メートルを超える体格は変装と、もしかしたら戦闘的優位を考えたのだろうか?
徐々に……熱い風呂に慣れるまで、なるべく動かずにいるように……ゆっくりと再誕は果たされていく。
さらなる幸運――または悪魔の助力は、モヒカンとの出会いだ。
『モホーク』というギルドなら、多少は挙動不審も許されただろうし……ゲーマーとしてモヒカンは傑出している。
俺が煮え湯を飲まさせたのだって、一度や二度ではない。知恵やテクニックの宝庫といえたはずだ。
奴にとっては瞠目に値しただろうし……敵対ギルドに――俺の本拠地である『RSS騎士団』にスパイを潜り込ませるなんて、目から鱗の発想だったに違いない。
どうして現在のマネキン調なアバターなのかは、さすがに見当もつかない。
その気になれば必要なだけアカウントは確保できるし、それぞれで別のアバターに――外見を得れると……学んだ結果だろうか?
なぜなら全身甲冑は、デクのアバターから教訓を得ている節がある。
俺の――『鑑定士』の眼であっても、あそこまで過剰なアバターや鎧であれば見破れない。
それを奴は身を以て確認してしまった。……俺本人が気付くより先に。
だが、どんな理由があったにしろ、一つだけハッキリしていることがある。この不具合に際し、いま現在のアバターで巻き込まれたことだ。
おそらく奴だって、この大異変には驚いただろう。
もしかしたら怯え、震え……しばらくは、どこか安全な場所で隠れていたかもしれない。不運とすら嘆き悲しみもしたか?
しかし、喉元を過ぎれば熱さを忘れるように……閃いてしまう。
「本当に困ったことなのか? これは千載一遇、神様がくれたチャンスなのでは? なぜなら一度だけ殺せば……奴は永遠に死ぬ!」
――と。
そうして憎しみと狂気の声に従って、より本格的に動き始める。
間違いなくモヒカンは――標的である俺自身もか? ――参考にされたはずだ。
なぜなら、いくつもの成長した痕跡が見受けられる。
もう独りではない。なぜなら、どこからか同じような考えの人間を探し出している。
集団の力も侮っていない。その証拠に難しい潜入工作にも着手している。
ゲームシステムにも精通しだす。日を追うごとに、手口は巧妙になっている。
最終目的を俺と定めて!
いや、終着は……俺と関わりのあった人すべてか?
不具合を契機にゴブリンの森に出没した『強姦魔』は、復讐者にして本物の連続殺人犯と成り果てた。
逆恨みどころか、他者には全く共感できない怨恨で殺す。
いや、もっと刹那的に……不都合だという理由なだけでも、躊躇すらしない。
さらには善良な者を誑かし、堕落させ、利用する。
……俺への憎しみと恨みを晴らす為だけに。




