隠れていた失敗――2
とにかくバレてしまったものはしょうがない。こんな時は落ち着くのが一番で、つまりは慌てて行動へ移さないことだ。
もちろん返事なんてしない。こちらの素性を教えてやる義理なんてなかった。
背後で同じ様に隠れていた三人を振り返る。すぐに心強い肯きで以て応えられた。
……絶対にアリサとネリウムは無事に返そう。それが最低限度な男の義務だ。
リルフィーとは腐れ縁も長い。それなりに覚悟しているだろう。
「しらばっくれても無駄だ! 俺は『気配察知』のスキルを持ってる! 階段に隠れているのは、お見通しなんだよ!」
……ああ、そういうことか。
お互いにスーパーヒーローも同然で、こんな漫画のような芸当も当たり前な訳だ。
しかし、ご丁寧にも説明してきたり、頭の悪さは露呈している気もする。
そもそも漫画などで懇切丁寧に説明されるのは読者の為で、べつに利益があるからじゃない。敵に教えても良いのは嘘だけだ。
……状況に流されている感じか、相手は?
そして覚悟を決め、胸を張って堂々と残った段差を上がる。
慌てる必要はないからだ。何が起きているのか分からないけれど、手遅れにはなっていない。何であろうと取り返しのつきそうな段階だ。
また渋々でも従ったり、最初から弱みを見せるのは厳禁といえる。間に合った以上、戦いはこれからだ。
しかし、そんな覚悟と決意も――
「『禁珠』によって『護符』が封じられたエリアです」
というシステムアナウンスで冷や水を掛けられた。
確かに遅刻にはならなかったようだが、ギリギリだったらしい。すでに本格的な闘争の最中――もしくは始まらんとする寸前だ。
密かに歯を食いしばりながら、悠然と踊り場から回廊へ歩を進めた。
なにやら意味不明なことを言われているが、当然に無視する。
交渉事に当たるのなら、開始前に外堀を埋めておくのがベターだ。自分の領土は広ければ広いほどいい。
そもそも譲歩するには、余地がある必要がある。そして話し合いが始まってしまえば、嫌でも言い分は聞かねばならない。
ついで、当然の権利とばかりに剣を鞘から払う。
それは武力行使も辞さないという意思表示でもあり、武装解除には応じないという先手でもある。
……ちなみに問答無用で武器を構えられるのは、相当に嫌な気分となるそうだ。
幅数メートルほどの回廊へ出ると、まず手摺り側へ追い詰められているルキフェルとカガチが目に入った。
カガチは手足を縛られてるし、それを庇う様にルキフェルが立ち塞がっているけれど……徒手空拳で、すでに風前の灯火にしか思えない。
そのルキフェルへ、下卑た笑いで槍を構えていたのは……いつだか俺を襲撃した三人組の一人――偽団員を演じた野郎だ。
腹立たしいことに、今も『RSS騎士団』の鎧を身に纏っている。
となれば当然、先ほどから俺へ文句を言っているのも三人組の一人で――あの日と同じレザーアーマー姿だ。
スキルに余裕があったり、いつも軽装なところから考えても……クラスは『盗賊』で決まりか?
そんな二人を侮蔑の表情で見守っていたのが――
ハンバルテウスだった。
さすがにルキフェルとカガチへの攻撃に加担はしてない。けれど、止める気もなさそうだ。明らかに容認してしまっている。
そして、ただ俺を熱心に見ていた。
突然の登場による驚き、隠し事が暴露された焦り、何かを永久に失った後悔、誇りを傷つけられた羞恥……それらが綯い交ぜになりながら、その目は飢えにも似た憎しみに塗り潰されている。
……どうして俺達は、ここまで行違ってしまったんだろう?
しかし、いまにも斬りかかってきそうなハンバルテウスよりも、俺の警戒心を掻き立てて止まない人物がいる。
そいつは三人を――『偽団員』と『盗賊』、ハンバルテウスの三人を統率するかの如く、一番奥に控えていた。
……いや、事実としてリーダー格なのだろう。もう疑いようもない。
例の全身甲冑姿だったが油断したのか兜は被っておらず、全く見覚えのない顔が曝されていた。
VR整形を凝り過ぎたのか、時折、マネキンのように造り物めいた表情になるのに……それで却って燻るような強い恨みの念が際立つ。
その隠しようもない憎しみと狂気に濁った眼は、ある種の天啓を俺に授けた。
俺は……どうやら俺は、仕損じていたらしい。
奥歯を噛み砕いてしまいそうにな怒りに耐える。
この憎しみに満ちた目を見るのは初めてではなかった。
しかし、俺を殺したいほど憎む者など数えるほどしかいない。そもそも存在しえないはすだ。
これは当然ともいえる。俺は当たり前に平凡で平和な日本人に過ぎない。それで命のやり取りが普通の人生とはならないだろう。
あれだけ衝突し、もう憎しみの目で見てくるハンバルテウスですら……どうして殺意を抱くほど恨まれたのか疑問しか覚えない。
変な言い回しとなるけれど……俺への正当な憎しみを持って然るべきは、俺に断罪されたコルヴスの縁者だけだ。
いまだに誤った決断とは考えてないけれど、唯一の正解だったともいえない。あの瞬間から、俺は普通である権利を失った。
……だが、それ以外は全て逆恨みだ。
見慣れた恨みがましい目を睨み返す。
皮肉なことに脳裏では、真実への扉が開かれ続けていた。足りない部分が次々と想像で補われていく。
何一つとして不可解なことはない。いや最初から全てのパーツを、俺は持っていた。
最初からは言い過ぎであっても……こいつへ至るにだけ十分な道は示されていた。
あの戦争に際しても、森で再開した時でも……いやβで最後に見た時ですら、今現在の状況を感じ取ってもおかしくない。
悔しさを噛み締める俺を知ってか知らずか――
「よう、タケル! 久しぶりだな?」
と『甲冑野郎』は笑いかけてくる。
その表情は再開に――再びの対峙に、狂おしいほどの愉悦を隠しきれていなかった。




