隠れていた失敗――1
素早く辺りを見渡す。
……いつの間にか、ほとんど城壁の近くまで来ていた! でも、どっちだ?
「あっちです、タケルさん!」
迷う俺へリルフィーが指し示す。
しかし、その指は僅かに角度がついていた。
……高度がある? どれか建物の屋根、もしくは城壁ということか?
そしてネリウムに呼び止められた。
「タケルさん、行くのですね?」
また「カガチに悪い」だとか「馬に蹴られろ」だのと言い出すのかと思ったが……全く違った。頼もしくなるほど真剣な表情になっている。
「もちろんです。あー……でも、二人は――」
「了解です。アリサ、『上級MP回復薬』の支度を」
「は、はい! えっと……緊急用のショートカットにして、それから――」
……駄目か。言っても止められそうにない。
それに俺とリルフィーだけで切り抜けられるかというと、疑問は残る。荒事で『戦士』に変更できる範囲は、おそろしく狭い。
「要りますか? 少しなら予備も?」
「いや、自前ので足りる」
リルフィーの差し出す『上級回復薬』を首を振って断る。
同時にアリサに倣ってショートカットグループを対人戦仕様へ切り替え、手袋を装備――『格闘』スキルのスイッチを入れておく。
それをしている間に、早くも抜刀を済ませたリルフィーの剣と盾が白く輝き始める。アリサの『魔力付与』だ。俺が腰に佩く『バスタードソード』も同様に光りだす。
「手袋はいいよ。警戒されたくない。ネリウムさん、負担とは思いますが、全員に――」
メニューウィンドウを操っていたネリウムが無言で肯くと同時に、俺達四人の体が薄い光の膜に包まれた。まだ初級の魔法であっても『守りの加護』は心強い。
「場合によっては躊躇うな。優先順位は自分、俺達、誰か……そして敵だ。あと二人は、やばくなったら、即座に『翼の護符』で逃げろ。その時はカイと合流して救援の手配を。まあ、すぐ俺らも後を追うけどな。――リルフィー、抜かるなよ?」
リルフィーは任せろとばかりに肯き返してくる。
……まあ、俺の方が危ういだろう。しかし、技量不足は知恵でカバーするしかない。
それよりもアリサとネリウムの方が気になった。なんというか……妙に粘ってしまいそうな気がする。
ここは確実に念を押しておかないと――
と思った瞬間、再び女の子の悲鳴が上がった。野卑な囃し立てるような声も続く。
距離があり過ぎて、どちらも意味を解せないが……少なくとも揉め事で確定だろう。それに女の子の声も、カガチのものに思えてきた。
「……静かに近づくぞ。急ぎつつも静かに。できれば不意を討つ」
「よろしいので?」
「騒いでいる段階なら――話をしている間なら、まだ最悪の事態じゃないでしょう。俺らの接近を気付かれたら……さっさと目的を済ます可能性があります」
なるほどとネリウムは納得したが、どこにいるのか――街の中か外かでも事態は変わる。
どうしてカガチはこんな外周部へまで? あの不良娘め!
しかし、文句を言う時間すら惜しい。いまは行動するべき瞬間だ。
なるべく静かに先を急ぐ。……『隠密』のスキルがあれば、現象として音を小さくしてくれるものを!
じれったく進む間も、断続的に女の子と誰かが言い争う声がする。それは俺達を導く役目を果たしたけれど、肝も冷えさせた。
女の子はカガチと断定できそうだ。
しかし、あの生意気な子供に、相手は平静でいられるだろうか?
世界は女の子に優しくできていない。それも生意気盛りだったら尚更だ。さらに女性だからという理由の厄介ごとは、数えきれないほどにある。
……口には気を付けろと、あれほど注意したのに!
ついに城壁へと行きついた。
ここから右へ行くべき? それとも左か?
「……どっちにします?」
当然の権利のようにリルフィーは訊ねてくるが……少しはお前も考えてくれよ!
記憶の中の地図を必死に再現する。正解はどっちだ? いっそのこと、こちらから知らせてしまうか?
考える間にも若い男の声がした。
……これはルキフェルか?
悲鳴ではないようだけれど、怒声にも思えない。しかし、事態の切迫具合は痛いほどに伝わる。
カガチとルキフェルが行動を共にしているのなら、多少は期待できるか?
そして少なくとも二人は城壁の上にいる!
「あっちに回廊へ登れる階段があったはずだ! 上へ行ってみよう」
押し殺した指示に三人も無言で肯く。
これで間違っていたら遠回り――つまりは時間の浪費で、手遅れとなるかもしれなかった。
しかし、正解が分からなろうと、選択はしなければならない。
精一杯に気配を殺し、ゆっくり音を立てないように、それでいて急いで階段を上る。
……ストレスで胃がやられてしまいそうだ。
しかし、どうやら当たりか?
漏れ聞こえた話し声からして、少なくとも回廊にカガチとルキフェルがいる。
……ただ、他の奴もいるようだが。
背中を城壁へ押し付け、手鏡を使ってそーっと様子を伺う。
見つからないことを祈りながら、狭い視界を動かす……なんとかルキフェルを捉えることに成功した。
「ルキフェル発見。でも、流血が見受けられる。返り血か? いや例の『死神の鎌』が……地面に転がってる。……戦ったのか?」
声を押し殺し、後ろにいる三人にも伝えておく。
こんなことならリンクスにハンドサインを習っておくのだった。いや、俺だけじゃ駄目だから、この場合は役に立たないのか?
「うん? ルキフェルの後ろに……カガチがいるな。いまいち角度が……倒れている? いや、安心しろ。死んでる訳じゃない。多少は動いてはいる。でも……両手を……いや、両足もか? 縛られているみたいだ」
……もう俺達の杞憂で話は終えられない。
これなら二人の邪魔をして馬に蹴られる方がマシだった。
「相手の奴らは――」
そして鏡に映った代物に黙らさせられた。見慣れた具足――『RSS騎士団』の装備だったからだ。
あそこには誰だか知らないが……『RSS騎士団』のメンバーがいる!
だが、その衝撃を受け入れ終える前に――
「誰だ、階段に隠れている奴! 出てこい!」
と誰何された!
バレた? でも、どうして? それに、この声は――




