俺を憎む『X』の考察――2
いや、考え過ぎてはいけない。
システムの支配者が相手なんて、絶対に勝てないどころか……いまだに無事なのが不思議なレベルだ。そんな相手に憎まれた瞬間、普通なら死亡している。
これが思考実験に過ぎなくとも、強大すぎる人物像の想定は無意味だろう。
つまり『X』がいるとしても、そいつは俺と同じく不具合に巻き込まれた一プレイヤーと考えるべきだ。
そして俺に起きた不幸を統率しているのであれば……不具合が発生して以来、いなくなってしまった者を時系列順に調べて――
思わず溢れそうになった叫びを押し殺し損ね、妙な唸り声を出してしまった。
心配そうに様子を伺うアリサへ強いて笑いかけ、「なんでもないよ」と軽く手を振って応えておく。
そんなはずがない。だから、その発想は間違えている。
誰にとっても、この不具合は突然の出来事だった。
かなり早い段階で俺は事態を把握できたけれど、それは単なる偶然に過ぎない。
気付くまで半日以上かかった者すらいるし、発生時に狩りへ出ていたプレイヤーのほとんどがそれに該当する。
だから発生直後の出来事――例えば『第三小隊』のアレックスやボブを見舞った悲劇などは、完全なる偶発事故といえた。
誰一人として、不具合が発生している前提で――色々なメリットを理解してなかったからだ。
考えながらの道行きだったが、再びルキフェルの目撃情報を得た。
しかも、どうやら距離を詰めれているらしい。これなら発見できるかもしれない。
教えてくれた親切なプレイヤーに礼を言い、先を急ぐ。
次にいなくなってしまった人というと……先生に代表される、生きるために自殺を試みた方々となる。
さすがに失礼だろう。
この名も知れぬ『X』などに、先生方のご選択を汚させはしない。あれは生きるための――最後まで諦めない人間の気高い選択だ。
無関係に決まっているし、そもそも他者に強要できる類のことでもない。
「……段々と人気が無くなってまいりましたね」
「タ、タケルさん! その……二人の邪魔をしたら……悪いというか――」
なぜかネリウムとアリサは嬉しそうだし――
「馬が実装されてなくて助かったなぁ。あれって痛いんですよ、VRでも」
などとリルフィーは意味不明なことを口走る。
三人へ怖い顔を作って応じておく。
保護者としては看過できる話じゃなさそうだし……万が一にでもルキフェル先輩とかカガチ先輩と呼ぶ羽目になったらどうする!
しかし、徐々に『X』の存在を否定できているか?
馬鹿げた思考実験だが、結果としては悪くないかもしれない。これだけで価値はありそうだ。
そして考察を続けるのなら、次にいなくなった人――ヴァルカンさんについてか。
いや、もちろん他にも『いなくなってしまった人』はいた。
でも、その人達とは縁がなかったというか……やはり遠すぎる。この考察からは外してしまって構わないはずだ。
そして『RSS騎士団』の誇る武具職人のヴァルさんだが……俺への悪意が原因で『いなくなるように』されたというのは、ちょっと考え難い。
確かに例のSS――秋桜たち『不落の砦』が襲撃されているSSには、ヴァルさん制作の鎧を着た仕掛け人が写っている。
だが、まず俺が二人に――ヴァルさん達に話を聞きに行くと知らなけれれば、『X』は俺への悪意としてヴァルさんを『いなくなるように』はできない。
次にヴァルさんであれば、一目でSSに映る装備が誰の物か判別できた訳だが……それを分かっていたのは、ヴァルさん自身と同僚のディクさんだけだろう。
俺にしてもヴァルさんが消えた後に知った事実だ。訊ねられなくなれば困るとすら、『X』には閃けない。
さらに『俺がSSから事実に行き当る』ことが『X』の不利益になる必要がある。もしくは俺の利益にだ。
やはりヴァルさんが『いなくなるように』なったのと、『X』を関連付けるのは難しい。
……それとも俺の見えていない理由がある?
次はジェネラル達となるが……さすがに他と一緒にはできない。
なぜなら不具合は誰にとっても明らかになっていて、死亡のリスクも十分以上に予想されていた。その前提で、さらに『殺人』として行われている。
この事実がなによりも重かった。
事故でもなく、ゲームと錯誤したからでもない。犯人は明確な意思を以て行動した。
からくも逃げ延びたメンバーが一人、事件を目撃した部外者も一人いて……もはや悪意の否定は不可能だ。
予測できていた不快感に――幻想の吐き気に襲われる。
……落ち着け。ここはVRの世界で、胃袋も吐くべき内容物も存在しない。
それに蓋をしたからといって、中身は臭いままだ。必要なら処理するべきだろう。
けれど、リルフィーが主張したような『X』を想定すると……恐ろしい発想の転換が起きる。
それは――
ジェネラルは『RSS騎士団』の大物という理由ではなく、一個人タケルの知り合いだったから殺された
という見方だ。
……俺へ嫌がらせとして!
そもそもの本命は俺で、その予行演習として行われた可能性も?
いや、違う!
心の奥底から否定の言葉が沸き上がる。あの時、最も取り乱していたのはハンバルテウスの奴だ!
………………そしてやっと俺は理解した。
リルフィーに示唆された瞬間から、『X』をハンバルテウスと同一に考えだしていたのと――
それでいて強く否定をしたかったのを!
本当にハンバルテウスは『X』なのか?
いや、そんなことはなくて……『X』なんて存在しない?




